第25話 ナナルとムウ、喧嘩する

 昼頃、近所の小川で釣りをしていると、ベゲリンを発見した。

 マーレの主人だった男だ。体温が上昇する真経穴を突かれて、いまでは体を冷やし続けるためにずっと川にいる。


 なんだかんだ、すっかり小川での生活に慣れたらしい。

 川でとった魚を、そのまま生で食べていた。

 お腹を下さないのかな。


「よっ、元気?」


「ひっ」


 ベゲリンはこっちに気づくと、下流まで泳いで逃げていった。


「もはや川のモンスターだな」


 誰かが近づいてくる気配がする。

 振り向けば、見慣れた銀髪の女がいた。


 チギトのギルドリーダー、ナナルだ。


「久しぶり、どうしたの? こんなところまで」


「あなたの家に行ったら、家の人がここにいるつて」


「なにか用?」


 ナナルは隣に座ると、川を眺めながら呟いた。


「ルナク」


「るなく?」


「来た? あなたのところに。イカラビのギルドリーダーなんだけど」


 イカラビって、チギトを挟んだ先にある街か。


「来てないけど」


「近々、あなたに決闘を申し込むそうよ」


「なんで?」


「あなたが、私に勝ったから」


「意味がわからない」


「界隈じゃ有名人なの、あなたは。ギルド管理委員会でも、マスターギルドでも、少し名が売れている」


「ふーん、なるほど。で、倒せば箔がつくってわけね」


「そういうこと」


 くだらない。

 ギルドの人間なんだから、クエストをこなしたり凶悪なモンスターを退治して名を上げればいいのに。


「嫌いなの、ルナクのこと。負けないでよ」


「え、勝ちたいんでしょそいつ? なら勝たせてあげるよ」


「は?」


「そいつがどうなろうと知ったことじゃないし」


「ふざけないで。じゃあなんで私とは真剣に戦ったわけ?」


「……暇つぶし」


 ナナルが纏う圧が増した。

 憎々しそうに顔を歪めて、こっちを睨んでくる。


「バカにしないで!!」


「バカにはしてないよ、暇つぶしでも本気で戦った」


「そうじゃない。あなた本当に、何もせず勝ちを譲る気? あなたはそんな人間じゃない。カッコつけて嘘をつかないで!!」


「嘘? 嘘なもんか」


「そんな程度の気持ちのやつが、あんなになるまで戦えるわけがない。あなたにだってあるはず、勝ちたいという願望、闘争心、そして、自分の技でねじ伏せたいというプライドが!!」


「……」


 思い当たる節はある。

 あのとき、ナナルとの決闘のとき、自分じゃないみたいに熱くなっていた。


 叔父さんから教わった真経穴と、オーガの力を見せつけてやりたくなった。


 けど、あのときはあのときだ。


「うるさいな、関係ないだろあんたには。関係ないし興味がない。ギルドも、勝負も。勝手に有名になればいいじゃん、ルナクとかいうやつなんか」


「あなたはもはや、サマチアの代表なのよ? ギルドの人間じゃなくても、ヒーローなの」


「そういう変な期待が面倒くさいの。……あのときだって、別に、サマチアのギルドがあんたのとこに取り込まれても良かったし、ただちょっと、キューネたちが心配だっただけだ」


「なんで大人ぶろうとするの?」


「そんなつもりはない」


「ビビってるんだ」


「相手に?」


「違う、本当の自分に」


「……帰ってくれ」


「やっぱり、つまんないやつ」


 ルルナが去っていく。

 なにも知らないくせに偉そうに。


 責任とか、期待とか、嫌なんだよ。

 ストレスなく、平穏に暮らしたいだけなんだ。


 でないと、延々と戦いを続けていたらそのうち、乗っ取られてしまう気がする。

 自分の体に眠る、オーガの血に。





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※あとがき

小川を下ると池があるそうで、そこがベゲリンの家らしいです。

冬の間だけは陸地に上がってこれるのかなあ。


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