第18話 ママル

 突如現れた金髪の女性。

 ナナルの姉を名乗る女が、ニコニコと頬を緩ませながらぐいっと顔を近づけてきた。


 その端麗な顔つきに、思わず目が奪われる。


「凄いんだねえ、真経穴って」


「な、なんで知っているの?」


「へー? んー、説明すると長いから、秘密!!」


 じゃあ、こいつか、ナナルに経穴のことを教えたのは。


 彼女の登場に、先ほどまでナナルを囲んでいたチギトのギルドメンバーたちが、背筋を伸ばして整列した。

 まるで軍隊だ。


「あはー、みんな久しぶりだねえ」


 ふと視線を横に向ければ、ドラゴリオンさんは額から大量の汗を流し、青ざめていた。


「ドラゴリオンさん、この人は?」


「ママル。前のチギトのリーダーだよ。そして、いまはマスターギルドの第2位」


 ナナルが入りたがっていた、例のギルドか。


「強い、なんてもんじゃない。彼女は化け物だ。ナ、ナナルの異名は知ってるかい?」


「いや」


「閃光の天使。そして、ママルの異名は……絶対勝利の女神」


 天使に対して女神か。

 閃光の天使、もといナナルの意識が戻る。

 上半身を起こし、姉の存在に気付く。


「ね、姉さん……」


 けれどママルは、妹に見向きもせず、こちらをジロジロ見つめている。


「んー? 君、男の子? 女の子?」


「どっちでもいいでしょ」


「あは、そうだねえ。ねーねー、マスターギルドに入らない? 一緒に仕事してみたいなー。君ならすぐになれるよ、きっと」


「興味ない」


「へー? お金もたくさんもらえるし、チヤホヤされるし、世界中を観光できるよ? ご当地グルメも食べ放題なのだ〜!!」


「それが興味ないの」


「ふーん、面白くなーい」


「それより、妹の心配したら?」


「お?」


 ようやく、妹の方を見た。

 ゆっくりと歩み寄り、膝を曲げて、優しく抱き寄せる。


「頑張ったね、ナナルちゃん」


「あの、姉さん……」


「でも驚いちゃったあ。久しぶりにナナルちゃんが戦っているところを見たけど……めちゃくちゃ弱いんだね!!」


「……」


「良いスキルを持っているんだから、もっと頭を使わないとダメだよお? あーあ、なんかがっかり」


 ナナルがガタガタと震えだす。

 ボロボロと涙を流して、まるで怪物を前にした無力な子供のようだ。


「ご、ごめんなさい」


「いーよ。これからもっと頑張っていこうね。でも、うーん、あの程度じゃ当分マスターギルドには入れないなあ。今度、ヴァンパイア族を懲らしめる仕事があるから、一緒にやりたかったのに〜」


 ママルが立ち上がる。

 こっちに向けて、手を振ってくる。


「じゃあ、またね」


「ちょっと」


「うん?」


「いくらなんでも冷たいんじゃない? 妹に」


「そうかな? ふふふ、優しいんだねえ」


「別に。ただナナルは、あんたを目標にしているんだろ?」


「目標にしているわりにはまったく成長していないのはなんでだろー? うーん、よくわかんないぞー?」


 ナナルが歯を食いしばる。

 恐怖と、悔しさの粒を必死に堪えようとしているが、溢れる感情は止まらない。


 こんなやつに好かれていたいのかよ、ナナルは。


「あはは、でも頑張ってるナナルちゃんは好きだから、報われてほしいなー。才能もあるし」


「あっそう」


「ふふ、ばいばい」







「……あれ?」


 いない。

 ママルがいない。

 いきなり視界から消えた。


 スキルか?


 ナナルが、部下に支えられながら立ち上がる。


「調子に乗ってごめんなさい。負けた以上、あなた達に従うわ。どうしたい?」


 慌てるように、ドラゴリオンさんが答える。


「べ、別になにも。これからもお互い、それぞれの地元で頑張りましょうってことで」


「……ありがとう。なにかあったら、協力するから」


 明らかに浮かない表情で、ナナルたちは去り始めた。


「ねえ」


 ふと、ナナルを呼び止める。


「あの姉さん、そんなに強いの?」


「……これは、身内贔屓でも、あなたへの恨みでもなく、客観的な意見」


「?」


「もし姉さんとあなたが戦ったら、あなたは指先一つ動かせずに、殺される」


 そんなにか。

 なんとなく、ナナル以上なのは察するけど。


「ナナル」


「なに?」


「個人的に、あんたは強かったよ。その……落ち込まないで」


「なにそれ」


 なんだろ。

 自分でもなんで口走ったのかわからない。

 たぶん、姉からの扱いを見て同情したのかも。


「あなたこそ、強かった」


 その一言が、僅かに胸を熱くした。

 喜んでいるのだろうか。

 勝って、満足している?


 自分のことなのに、判断できない。

 ただ、この胸の高鳴りが、妙に心地いい。





 なんにせよ、チギトのギルドとの抗争は終わった。

 サマチアギルド、正式には『ランド様最強軍団』だったか? の平和が戻ったわけだ。


 このギルド名、変えたほうがいいと思う。

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