第17話 雷神の孔
ナナルは想像以上に強い。
なら、こっちも少し本気を出してやる。
5本の指で胸元を押す。
呼吸が止まる。
全身に力が漲る。
眠っていたオーガの血を、覚醒させる。
「目が赤く? ……ちっ、なんでもいい!! 次で確実に息の根を止める!!」
おいおい、殺すつもりだったのかよ。
ナナルはまた、自慢の素早さで周囲を走り回り撹乱をはじめた。
通常時なら絶対に追いつけないけど、いまなら。
ナナルの動きを読み、一気に距離を詰める。
「なに!?」
ソニックのスキルほどじゃないが、こっちだってかなり速いんだ。
懐に入り、拳を伸ばす。
「ちっ、バカめ!!」
ナナルは華麗に回避すると、後ろに下がりつつ、
「エナジー、解放!!」
短剣から斬撃を放った。
驚いた、まさか遠距離攻撃を仕掛けてくるとは。
おそらく、吸収したエネルギーを放出しているのだろう。
便利なスキルだよ、まったく。
けどいまの状態なら問題ない。
身を屈めて斬撃をかわし、再度突っ込む。
「くっ!!」
もう一度拳を握る。
腹に向けて、腕を伸ばす。
その腕を、ナナルが掴んだ。
エナジードレインのせいで力が抜けていくが、関係ない。腕力も大幅に上昇しているんだ。力が抜けてもかなりの威力だよ。
掴まれた腕を強引に振り、ナナルの脇腹に直撃させた。
「ぐはっ!!」
「……ぷは」
オーガの力を抑えるよう、呼吸を再開した。
終わりだ。
正直、浅いっちゃ浅いけど、ちゃんと真経穴に打ち込んだ。
「ぐっ……」
「立てないだろ? というか、それどころじゃない。すべての内臓が鷲掴みにされたような痛みでね」
「ぐ、うぅ……」
「普通なら痛みで失神するんだけど、根性あるね」
とはいえ、こっちも限界に近い。
オーガ覚醒はただでさえ負担が大きいのに、エナジードレインのせいで相当体力を持っていかれている。
ぶっちゃけ、頭がくらくらしている。
「負けを認めなよ。治してあげるからさ」
「ふ、ふざけないで」
「無理しないほうがいい」
「こ、こんなところで、あなた程度に、負けていられるか……」
嘘だろ、こいつ立ちやがった。
なんという執念。そんなに勝ちたいのか。
「まだ、終わってない!!」
イカれてる。
勘弁してくれ、こっちだって疲れているんだ。
くそ、まだ続けなきゃいけないのかよ。
面倒くさいなあ。
負けちゃうか?
キューネたちには申し訳ないけどさ。
これ以上はしんどい。
やはりチギトのリーダーには勝てませんでした。
真経穴もオーガの力も通用しませんでした、でいいんじゃないか。
しょせんは暇つぶし。
しょせんはギルドの部外者。
最低だけど、責任なんかこれっぽっちもないんだ。
……なんか嫌だな。
理由はわからないけど、言語化できないけど、なんか嫌だ。
だって通用してるし、圧倒してるし、ていうか勝てる相手だし。
叔父さんから教わった真経穴の力は、まだこんなもんじゃないし。
キューネたちだって見てる。
不思議だ、こんな感覚。
負けたくない。
とはいえ、戦闘を長引かせるつもりはない。
「なんでそこまで勝つことに拘るんだか」
「私は姉さんに追いつかなきゃいけないの。姉さんすらいなくなったら、私は本当に孤独になる!! 私は、姉さんに並ぶ強者になるのよ!!」
「よくわからんが、そんなことに他人を巻き込むなっての。全部が自分中心だと思うなよ」
「私の踏み台になれるのだから感謝してほしいけど」
「そうやって独りよがりで思い上がってるから、負けるんだよ」
「お喋りはもういい!!」
あぁ、たしかにもういい。
充分休めたから。
よし、アレやるか。
「来なよ」
もう一度、オーガの力を覚醒させる。
その上で、自分の顔をわしづかみするように手で頭部を覆い、五つの真経穴を押した。
瞼が重くなる。
腕がだらんと落ちる。
無気力状態に、自ら落とし込む。
「どういうつもり? 目を閉じるなんて」
「……」
「舐めるんじゃないわよ!! ぶっ飛ばしてやる!!」
感じる。ナナルの殺気。
すごいな、まるで上級のモンスター並だ。
「スキル……発動!! ソニックゥゥ!! エナジィィドレインッッ!!」
直後、短剣の鋭い感触が、首筋に走った。
その瞬間、自動的に左腕が動き出す。
「え?」
音速を超えた速度でナナルの腕を掴み、余った右手の拳を、彼女の顎を目掛けて下から突き上げた。
「がはっ!!」
ナナルが地面に倒れ、ピクピクと痙攣する。
今度こそ、再起不能だろう。
「ふう」
みんな、何が起きたのかと目を丸くしている。
単純な話だ。
叔父さん曰く、人は脳からの電気信号で肉体を動かしているらしい。
つまり、脳が認識する→脳が指示を出す→四肢が動く、となるわけだ。
その脳の働きを、消した。
皮膚が異変を感じた瞬間に、脳からの信号を無視して勝手にカウンターを行うのだ。
オーガの力と相まって、その速さは光速に匹敵する。
これが、奥の手。
雷神の孔。
「終わった」
決着だ。
ホッと一息つくけれど、恐ろしいのはこのあと。
限界以上の筋肉操作をするもので、翌日に来る筋肉痛がエグいのだ。
憂鬱だなあ。
「さて」
ナナルに近寄り、先ほど突いた『内臓を締め付ける真経穴』を解除してやる。
嫌なやつだけど、そんなに悪いことはしてないし。
「ムウ!!」
「おわっ!!」
背後からキューネが抱きついてきた。
「すごい!! すごいすごいよムウ!!」
「ちょ、重いって」
「だってだってえ」
マーレやドラゴリオンも嬉しそうに笑っている。
「ムウさんさすがです!!」
「本当に、助かったよムウ。はぁ〜。よかったあ」
大袈裟だなあ。
一方、向こうの連中は心配と混乱が渦巻き、ナナルのもとに集まって必死に声をかけていた。
ビックリだろうね。自慢のリーダーが、スキルもない人間に負けたんだから。
ま、関係ないけど。
さっさと帰ってゴロゴロするか。
「わぁ〜、面白いくらいに強いんだねえ」
誰かの声がした。
しかも、近くから。
振り向けば、金髪の女性が、間近に立っていた。
なんだ、こいつ。いつからいたんだ?
気づかなかった。
「だ、だれ?」
「こんにちは。ナナルちゃんのお姉ちゃん、ママルです」
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