第10話 マーレの新生活

 ベゲリンが叫んだ。


「スキル発動!! 抜刀!!」


 身を低くし、腰に差した刀を握る。

 同時に、彼の足元に魔法陣が出現した。


「この魔法陣に一歩でも踏み込めば、瞬時に俺の刀がお前を切る!!」


「ふーん」


 そこから動かないなら、このまま逃げちゃおうかな。

 なんつって。


 構わず近づく。

 普通なら、あいつの真経穴を押す前に切られてしまうだろう。

 ほーん、戦法としては悪くないじゃん。


 まあ、関係ないけど。


 徐々に距離が縮んでいく。

 右足が、魔法陣の縁を踏んだ。


「バカめ!! 死ねえ!!」


「バカはどっちだ」


「!?」


 抜かれた刀身を、指で摘むように止めた。


「なっ!!」


「あのさあ、抜刀って本来カウンターの技だろ? 相手の攻撃に合わせて放つものなのに、踏み込んだと同時に切るって……そっちから攻めてどうすんの」


「え……」


「いつ、どの角度から切りかかってくるのかハッキリしてたら、喰らうわけないじゃないか」


「あ……う……」


「さては、ランドたちにバカにされてたな?」


「て、てめえ!!」


 図星か。

 これならマーレの方がよっぽど強いよ。


 さて、どう痛めつけようか。

 ……よし、決めた。


 左手でベゲリンに触れようとした、そのとき、


「うわあああ!!!!」


 甲高い咆哮が鳴り、ベゲリンが横に倒れた。

 まるで突き飛ばされたかのように。


「マーレか?」


 姿を見せぬまま、答える。


「い、いまですムウさん!!」


「てめえマーレ!! よくも奴隷の分際で!!」


「私はもうあなたには従わない!! あなたの家に言って、私を買ったときの証明書を焼いてやります!!」


「そんなことしてみろ、通報して即指名手配だ!!」


「一生逃げ続けたっていい!! 束の間の自由でもいい!! 私は、あなたから解放されたいんです!! さ、さあムウさん!!」


 ふふ、別に助太刀なんて必要なかったのに。


「ありがとう、マーレ」


 ベゲリンのコメカミに触れる。

 そこにある真経穴を押す。


「な、なんだ!? あ、熱い!! 熱い熱い!!」


「体温をコントロールする機能を奪った。放って置くとどんどん体温が上昇していくよ」


「熱いいいい!!!!」


 ベゲリンが川に飛び込んだ。


「はぁ……はぁ……」


「一生、川から離れて生活できなくなるだろう。安心しなよ、この川は魚がたくさんいるし、岸には食べられる植物が結構生えてるから」


「そ、そんな……。お願いだ!! 助けてくれ!! こんなの嫌だ!! 俺を自由にしてくれええええ!!」


「時々釣りをしにくるから、パンでも恵んであげるよ」


「い、嫌だあ!! 許してくれえ!!」


「……マーレを解放するか?」


「する!! するから!!」


 よし、あとは書類の手続きだな。

 確か釣り用バッグに紙とペンがあったはず。


 適当に同意書っぽい文言を書いてっと。


「これにサインして」


「は、はい!!」


「うん、いいね。じゃ、ばいはい」


 踵を返し、歩きだす。


「え!? た、助けてくれるんじゃないのかよ!!」


「そんな約束したっけ?」


「ふざけるな!! じゃあそのサインは無効だ!! 無効だろ!!」


「無効じゃないよ、残念ながら。ほら、ここよく読んでよ。『絶対に契約の解除は致しません』って書いてあるだろ? それにサインしたのは、お前だ」


「あ……あう……」


「よく読まないと」


 なんだか悪徳商売というか、悪い金貸みたいなことしちゃったな。


「元気でね」


「待って!! 待ってくれえ!! お、おいマーレ、俺を助けろ!! 助けなきゃぶっ殺すぞ!! おい!! 聞いてんのか!! 返事をしろ!!」


 懲りないやつだ。

 運良く氷系の魔法を使う人間が助けてくれることを祈るんだな。

 その前に濁流に流されなければいいけど。


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「ムウ、いるー?」


 夕暮れ、ギルドの仕事を終えたキューネが家にやってきた。


「やあ」


「ねー聞いてよ、今日さー、って……」


 キューネがポカンと口を開けてる。

 無理もない。だって、マーレがいるのだから。


「な、なんでいるの!?」


「うーんとね、それが……」


 マーレはトテトテと前に出ると、キューネに向けて頭を下げた。


「あ、改めまして、ムウさんの家で暮らすことになりました!!」


「はいぃ!? だ、だってあなた、ムウを殺そうとして……」


 代わりに説明する。


「実はカクカクシカシガで、マーレは住むところがなくなっちゃったわけ。もうベゲリンの奴隷じゃないから。で、しばらく家の手伝いをしてもらいながら、ウチで預かることに……なった」


「わ、私頑張ります!!」


 叔父さんも「やる気のある助手が欲しかった」らしく、了承してくれた。

 悪かったな、やる気がなくて。


「けどマーレ、本当にいいの? これじゃ奴隷生活と大して変わらなくない?」


「ムウさんなら全然嫌じゃありません!! それに、いつかは自立するつもりですから!! そのためにも、ギルドでお金を貯めていきたいです!!」


「おー」


 ギルドなんて辞めたいとか言ってたのに。

 でも、心なしか楽しそうだ。

 しがらみから解放されて、喜色満面といった具合。


 生きることの喜びを噛み締めている顔。いつか、自分もあんな風に笑えるだろうか。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき

お、お、応援よろしくお願いしましゅ……。

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