第6話 新大阪駅発、東京行き新幹線内

 占い師改めふゆとの面会を終え、不田房ら三人は大阪に戻る。「まあいつでも連絡してや」と冬は軽薄な笑顔で言った。「の紹介やろ? それやったらまあ……初回料金は無料でええで」と。

 間宮という名前に、心当たりがあった。東京にいるはずの舞台監督・宍戸クサリの旧い馴染みである私立探偵だ。


美令みれい


 帰路、助手席に座る異父妹いもうとに不田房は尋ねる。


「おまえにあの情報屋のこと教えたんは、探偵か?」

「知らんよ、そんなん……」


 不田房が宿泊しているホテルに乗り込んできた時の勢いはどこへやら。肩を縮めて、異父妹は大きく溜息を吐く。


「SNSでよく演劇の話とかしとるサークルがあって……そこの常連の人でなんか、占い師とか、そういうんに詳しい人がおって」

「それで?」

「で──個人的にDMで。兄が今問題の舞台に関係あるんやけど何かアドバイスとかないですかって言うたら、占い師のこと……」

「俺のこと、他人ひとに軽々しく言うな」


 口調が自然と強くなる。「不田房」と後部座席から桔梗が声を掛けるが、彼女には口を挟んでほしくない。これは、不田房栄治とその妹、砂川美令の問題だ。更に言うならば、不田房栄治と──彼が捨てた家族の問題なのだ。部外者が口を挟んで良い話ではない。

 はい、と呟くように言った美令が顎を引いて俯く。新大阪駅で美令を降ろし、レンタカーを返却し、不田房と桔梗は歩いてホテルに戻った。

 ホテルでは、『底無活劇』の出演者及びスタッフが帰り支度をしているところだった。


「一旦東京に戻るって話になって」


 舞台監督代理を勤めている王城おうじょうという男性が言う。


「名古屋についてはそのあと検討しましょうっていう」

「了解っす」


 大阪公演がたとえ無事に終わっていたとしても、名古屋公演に繰り出す前に一旦東京に戻る予定ではあった。それが繰り上げになっただけだ。不田房と桔梗も各々の部屋に戻り、少ない私物を抱え、共演者・スタッフとともに駅に向かった。新幹線のチケットは、既に王城が手にしていた。


 進行方向右側の指定席。不田房と桔梗は並んで腰を下ろす。桔梗が窓際の席だ。


「……どうなると思います?」

「なにが」


 桔梗が尋ね、不田房が応じる。我ながら冷たい声だと思った。桔梗は一瞬ぎょっとした様子で目を見開き、だがすぐに、


「冬さんの言ってたこと」

「どれだよ」

なだ一喜いっきさんの──」

「別に、おばけが出たって何も問題ないだろ」


 心底そう思っていた。灘一喜は死んだ。二年も前に死んだ。その彼が今、幽霊としてあの世からこの世にやってきた。


 


 灘は公演中の舞台の書き割りを壊したりしないし、出演者の頭上に金属製の棒を落としたりしない。ステージに文字通りの穴を開けたりは、絶対にしない。

 だから、今起きている奇妙な事件と灘一喜は無関係だ。

 不田房は灘を知っている。学生の頃を知っている。亡くなったことを二年間も知らずにいたではないか、と詰められれば返す言葉もなくなるが、それでも、灘が自ら命を絶つまでのあいだに能世春木とともに幾つもの舞台を作り上げたことを知っている。


(……とはいえ、美令が灘のファンだったってのは想定外だったが)


 灘は、たしかに能世が関係する舞台での前説を引き受けていた。もぎりにも参加していたし、時には物販でパンフレットやTシャツといったグッズの販売を手伝っている姿を見かけることもあった。

 灘のファンが、わざわざ、灘のために能世の舞台を見に行っていたなんて。知らなかった。


(灘)


 おまえはいったいなんだったんだよ。なんで死んだんだよ。俺はおまえのことが分からないよ。

 気分を紛らわせるために、新幹線に乗る前に買った缶チューハイを開ける。「飲むんですか?」と桔梗が鼻の上に皺を寄せている。


「飲んで寝る。っといて」

「不田房、ほんとに……」


 その瞬間──そう、まるで狙ったかのように、その瞬間。

 デニムのポケットに押し込んでいたスマートフォンが振動し、不田房の飲酒を妨害した。

 発信者は──


透夏とうかくん!?」


 思わず席を立ち上がる。「コオロギさん!?」と桔梗が声を上げるのを一旦無視し、人が少なそうなトイレの方に向かう。


「……透夏くん? 不田房だけど」

『あ〜良かった繋がった……今どこです不田房さん?』

「新幹線。俺以外のみんなもいるよ。東京に戻るところ」

『東京に』


 それ、誰の指示ですか。コオロギ透夏が低く尋ねる。不田房は僅かに眉を寄せ、


「俺は王城くんから聞いただけだけど──え、東京の誰かの指示じゃないの?」

『あ、やっぱり何かおかしい。いや俺、俺とカンジ、毎日警察で事情聞かれてるんですけど』

「……まだ疑われてるっぽい?」

『いや、もう疑いは晴れてるんすわそもそも動機もないし。でも警察的には「それじゃあ誰がなんのために」みたいな』

「なるほど……え、で、俺らは東京に戻っちゃ──」

『ふたふ さ さ』


 透夏の声が遠ざかる。「もしもし?」と不田房は声を上げる。


『こ  いの 画 主     知  ま  か』

「え、何、ちょっとなんだ? 全然聞こえない、ちょっと、おーい!」


 通話が完全に途切れる。コオロギ透夏の声が聞こえなくなる。

 同時に、新幹線が動きを止める。ここはまだ、駅でもなんでもないというのに。


『今日も、新幹線をご利用くださいましてありがとうございます。お客様にお知らせいたします──』


 透夏との通話が途切れるのを待っていたかのように、車内アナウンスが流れ始める。

 車内で急病人が出たため、予定していなかった駅に停車をするのだという。


(──本当に?)


 東京に帰ることは、できないかもしれない。

 そんな予感が不田房の中で静かに揺れる。

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