第4話 都内某所、鹿野素直自宅
宍戸が持っている情報はそこまでで、ふたりは夜パフェの店を後にした。
宍戸にも見えている? 灘らしき男の手が?
どんな手ですか、と鹿野は尋ねた。白い手だ、と宍戸は答えた。白くて──左手の中指に翡翠の指輪を嵌めている、と。
「宍戸さんってそういうの見えるタイプでしたっけ?」
「いや全然」
「じゃあどうして……」
だから気になってるんだよな、と宍戸クサリは小首を傾げて見せた。彼が単に、好奇心やそれに類する感情で鹿野素直を厄介ごとの中に引き込もうとしているわけではない、ということは何となく分かった。
鹿野に見えるものは、大抵の人間の視界には入らない。だが今回は、奇妙な例外が発生している。
どうしたことか。
京王線に揺られ、二度ほど乗り換えをし、終バスに乗って自宅に戻った。疲れていた。化粧も落とさずベッドに入ってしまおうかと思ったが、それはそれで何か悪いものを家の中に引き込んでしまいそうな気がして嫌だった。
鉛のように重い体を引きずって洗面台に向かう。服を脱ぎながら、不意に鏡に目を向ける。肩。鹿野はひどい撫で肩だ。世の中のほとんどの鞄を滑り落とさせるという能力を持つ肩である。
あの日。
不田房と最後に顔を合わせた、新宿、純喫茶カズイで目にしたものを思い出す。
能世春木の両肩に乗る白い手。
あれが宍戸クサリにも見えているという。それも。
(能世春木に限らないんだ、俺の場合)
脱いだ服を洗濯籠に放り込みながら、宍戸の言葉を思い出す。
(能世春木に限らない?)
(そう。だいたい俺も鹿野も、能世春木と直接顔を合わせる機会なんてほとんどないだろ?)
(まあ、それは、まあ)
(俺も不田房がどうしてもって言うから一度だけ飲みの席に顔を出して……そん時鹿野を怒らせたっていう話を聞いて……)
(はあ)
(で、ふっと能世の方を見たら、あったんだよな。肩の上に手が)
(それが例の手との初対面ですか?)
(うん。初対面。さすがに驚いたけど、見えないふりをした。俺はほら、鹿野とは違うし)
(違う、を強調しなくていいっすよ……それで?)
それで?
中途半端に服を引っ掛けた格好でクレンジングを使い、それからバスルームに足を踏み入れる。
バスルームにも鏡がある。撫で肩が映り込む。
この肩の上に──例の白い手が現れたとしたら?
(嫌だ嫌だ嫌だ!!!)
首を大きく横に振り、目をぎゅっと瞑って顔、髪、体を洗う。せっかく自宅にいると言うのに全然心が休まらない。不田房のせいだ。宍戸のせいでもある。トリオ解散だ、こんなの。
風呂を出て、髪も乾かさずにベッドに倒れ込んで寝た。明日も稽古だ。
夢は見なかった。
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