第15話

ーーー



私はその日、眠れなかった。

夜中であっても、「16日に決起する」というアッテンボローの言葉が私の耳を蟠って頭をがんがんと鳴らした。


やがて、部屋に光がさして私の体を照らす。

こうしてはいられない。あと二日で、決起がなされる。


私は朝日に促されるまま体をベットから起こして王城へと向かった。



アークウェット女王はその日、ある貴族との話し合いをするための会合を開いていた。

王侯貴族の大会議はいわば、デモンストレーションでその決定事項はあらかじめ

前日に行われる大貴族のみの会談で審議される。


私は、そこで教会の使者として侍る様にウラジンスキに命じられていた。

その部屋は、大食堂だった。勿論、昨日ノルド人たちと食事をした下食堂ではなく

貴族用に設えられた純白のテーブルや椅子が並ぶ貴賓室である。


開かれた造りに、美しい照明や彫刻が置かれているこの部屋は

大きな窓が特徴だ。王の座る玉座の後ろには大きな窓がこしらえられていて、街を一望できた。


「まだ、王は来ないのか!」


玉座の対座に腰かける大男が机を叩いて彼女を糾弾する。


「無礼であろうバザロフ、王の御前であるぞ」

ウラジンスキがそれを見て彼の行動を諫める。


しかし、彼はそれを鼻で笑って言い返す。

「偽りの王が偉そうに何を言うか。貴様こそ無礼であろう。我はクニャージ(公)。

張りぼてにどうこう言われる筋合いはない」


大男はウラジンスキを睨みつけた。

一触即発の雰囲気に、その場にいる誰もが息を呑んだ。


此処に呼ばれているのは、前述の通り大貴族だ。

バザロフはこの国でクニャージと呼ばれる強大な軍事力を持った公だ。


前王朝では、軍事力を背景に彼らは半ば諸邦国として独立していたものの

アークウェットが持ち込んだ封建制によってその権力は削がれていった。


しかし、このバザロフは頑強に抵抗して王の統一に最後まで抗った。

終には手を焼いたアークウェットは彼に従来のクニャージ称号を認め、領内の自治権を認めたのだ。



間もなくアークウェットが女王の装束を纏って現れる。

バザロフと3人の公爵は彼女に平伏した。


しかし彼女はその儀礼を歯牙にもかけない様子ですぐに玉座に座った。

そして間髪入れずに会議の始まりを告げた。


「此処に貴様らを集めたのは、定例の会合の為だ。無論、明日の諸侯会議はパフォーマンスだ。

政策並びに諸方針はこの密室でのみ決定される。まぁ、さしずめここがこの国の最高意思決定機関だ」


彼女は判り切ったことを、初めて出席する者の為にもわざとらしく確認した。


暫くして彼女はウラジンスキに地図を持って来させた。

ロルドの地図だ。

4人の貴族はそれを覗き込むように見る。


「最近、北の蛮族と連携して旧王朝の残党が動き回っていると聞く。

それだけなら、教会の騎士共を使って駆除させるのだが問題はその背後に幾つかの貴族どもの影がある事だ。

ボヤールや伯爵などの中にも奴らと通じている者も多い」


彼女は不敵な笑みを浮かべながら語る。

4人の貴族は平静を装っていたが、皆ほんのりと冷や汗をかいていた。


「ここにいる方々も、心当たりがあるだろうが私は追い詰めはしない。資金援助や武器供与ぐらいなら目をつむろう」


「だが、実際に兵を送ったり訓練を施しているのには目を瞑れんな。なぁバザロフ」

女王はクニャージことバザロフを挑発的な視線で見つめた。


彼は驚きと緊張で目を見開いた。


「陛下・・・・それは・・・どういうおつもりか」


「簡単な話、クーデターを事前に潰そうと思っただけだ。惜しかったな。魔女狩りで捕まったお前の部下が吐いたぞ」


バザロフは進退窮まり、席から立ち上がった。そして腰に帯びていたフランキスカ(投げ斧)を引き抜いた。


「ふっ・・・売女め、俺を殺してみると良い。今に万を超える軍がこのオストロルドに向かって来るぞ。

それに俺が無策でのこのこやってくると思ったのか?お前が一歩でも動けばこのフランキスカで頭を真っ二つに割る」


「呆れたよバザロフ。お前は、私の魔術を知らないのか」


「試してみろよ。俺のフランキスカは速いぞ」


彼女はニヤリと笑って手を掲げた。

その瞬間バザロフは持っていたフランキスカを彼女の頭めがけて放つ。


だが、彼女はまるで落ち葉でも払うかのようにフランキスカを魔法で弾いてしまった。

バザロフはすぐに直剣を引き抜いて飛び掛かろうとする。しかし、飛び道具が無くなった彼は丸腰同然。親衛隊が素早く飛び出して彼を突き刺した。


「ぐふっ・・・・」


彼は血をにじませて跪いた。親衛隊は捕虜にできるように致命傷は与えなかった。


ウラジンスキがすぐに彼を縛って連れて行くように命令した。

だが、アークウェットはその命令に割って入り、親衛隊を退かせた。


「バザロフよ、私は誰だ?」

女王は甘いしっとりとした声で彼に優しく尋ねた。


「・・・・お前は悪神だ。神がかかった力を持つ化け物だ。

寄るな!!悪魔め!!」


大男は叫ぶように彼女に言い放った。

彼女はそれを聞いて一瞬とても悲しそうな顔をした。


「そうか・・・」

彼女はそれを聞き届けるとすっと彼の前に手をかざして指を弾いた。


その瞬間バザロフの衣服からみるみる炎が立ち上り、やがてからはその焔に捲かれて火だるまになった。


「・・・・あああっ!あっ熱い!!ぎゃぁぁああ!!」

彼は炎を消そうとのたうち回る。しかしその炎は消えることはない。

他ならぬ彼自身が燃えているのだから。


「どうした、さっきまでの気勢は?転がっているだけか?バザロフ?」


彼女は面白がるように尋ねる。

もう火だるまは口もきけなくなっている。


やがて火は彼を焼き尽くして収まった。床の装飾が少し焦げついている。

他の公爵は腰を抜かしたり傍観したりして動かなかった。


その様子を尻目に女王は宣言する。


「見たか、裏切り者はこのようになる。勿論一族郎党ともどもだ。誰が正当なロルド王があるかを今一度自分の胸に聞いてみろ」


席に着いたまま公爵たちは皆バツの悪いような顔をした。

女王はゆっくりとした歩調で彼らに近づいて行った。


彼女の長身は女性にしては高く、加えの厚い靴を履いていたため非常に威圧的であった。


「お前らは、奴ほど愚かじゃあるまい。誰が王かを、小さな貴族たちにもよく聞かせておくのだな」

彼女はハスキーで色気がかった声で彼らに命じた。

貴族たちはもう顔面蒼白という感じで諾々と頷いている。



「よし、それでいい」

彼女はその答えに満足すると再び立ち上がって、今度は部屋の隅の方へ行った。


そして「後のことはウラジンスキと詰めろ」と言い残して退出しようとした。





私は張りつめたそのやり取りの一部始終をずっと見ていた。

介入するな、と反体制派からもアッテンボローからも釘を刺されていたのでバザロフ公の処刑ついてはただ部屋の隅から眺めているのみだった。


それらの騒動が一通り終わって、女王アークウェットは退出しようとした。

彼女はそのまま扉をくぐろうとし、護衛についてくるように命じた。


だが、その去り際に突如彼女は何かを思い出したかのように振り返った。


「あぁそうだ、小姓のユリアと・・・エルマーは着いて来い」

と彼女。


私は突然の指名にポカンとしていたが、駆け足で向かう小姓にせかされて一緒に部屋を出た。

一体、彼女は私の何が気に入っているのだろうか。


ずっと気になっていたが、いまだにその答えは自分でもわからない。


ーーーー


アークウェットはそのまま城館を離れて、自分の生活空間へと向かった。


オストロルドの城は増築に増築を重ねたせいで非常に入り組んでいて、住みにくい。

だから彼女は滞在するときに住むための離れを城の裏庭に新造した。


「こじんまりとしてかわいらしいだろう」

とアークウェット。

こじんまり、というにはあまりにも大きいそれは白無垢の壁と四つの塔によって構成された立派な居館だった。


私の所領に在る屋敷よりも断然大きい。”こじんまり”がこれだとするならば、私の家はどうなってしまうんだ。

という価値観の違いに私が呆気にとられているのを横目に見ながら

彼女はそのまま居館の中へと入って行ってしまった。



中は薄暗かった。

手入れが行き届いていないとかそういう事ではなく、単純に自然光も灯りも少ない設計で

しかし真っ暗ではないその塩梅はお抱えの設計士に上手く作らせたのだという。


彼女は居館一階の奥まった部屋へと向かった。

古代風の柱が設えられたその入り口は清廉で暖かい風が中から吹いてきていた。


「二名の護衛はここで待て」

と彼女は言って馬回りを待機させる。私と世話役の小姓(高位の貴人に仕える若い従士)はそのまま奥まで進むようにと言われた。


私はなんだかその部屋の様子に不安になってきた。

もくもくと立ち上る湯気、私はその部屋の暖かさにローブを脱いだ。

私は直剣をその時一緒に置いた。おそらくは、この先は貴人の個人的なスペースだろう。そういう場において帯刀しないのはマナーなのだ。

いざとなれば、懐刀もある。


だが、私がそれらの荷物を壁に寄りかけて雑多に置いたところ、

「無礼であるぞ、陛下の前であろう」

と凛々しい顔をした女小姓にその振る舞いを注意された。


「よい、私が許した」

女王が背中で言う。


「陛下・・・ここは、何の部屋でしょうか?」

私は全く様子がつかめず彼女に尋ねる。


それを横目で聞きつつも彼女は何も答えない。それどころか少し笑ったような気さえした。

すると突然彼女は装束を脱ぎ始めた。

女小姓は複雑な女王の服を解くのを手伝っている。


私はその光景に驚きつつも、下手に動くことをせず目を伏せてその場で立ち止まった。

彼女は服を小姓にたたませて、その彫刻のごとき美しい体をあらわにした。


「顔を上げよ、エルマー」


「蒸し風呂ではなく、湯を張った風呂ですか。これはまた豪華な・・・」


「一緒に入るか?破戒僧になるのもまんざらではあるまい」


「恐れながら、遠慮させていただきます」


「教会の騎士たる誇りか」


「いえ、信仰ではなく・・・」


「そうか」


彼女は私の方へゆっくりと近づいてきた。

私は彼女の目を見た。やはり、何時かと変わらず冷たい唯物の様な目だ。


生気が感じられない。


「なぁ、私がお前のどこが気に入ってるか教えてやろうか」


「・・・・貴方は、私の心根が気に入ったと仰りました」


「そうだ。エルマー、お前は私にもウラジンスキにも、この国のだれも持ってない物を持っている」


彼女はそう言うと湯船の方へ向かった。

小姓と同じく私は彼女の声が届くよう、薄布一枚隔てた脱衣所で待機した。


「私はな、お前の人間性に惚れたんだよ」


「人間性・・・」


「そうさ、お前の性格や振る舞いさ」


「私の無鉄砲さや、短気なところが人目を惹くとは思いません」


彼女はバシャという音を立て顔に湯を浴びた。

そして一間置いてから私の質問に答えた。


「そうさ、お前は若さと激情に任せて動く。しかし、それでいて神学校で受けた教育の高さや宗教的な敬虔さも見せる。

その矛盾のはざまでお前は生きている。そしてその揺らめきは、これ以上ないほど人間らしい」


「だから、貴方は私が気に入ったと」


「そうさ、私はどうやら神らしいしな」


「それは驕りです。私は教会騎士としてそれを認めるわけにはいかない」


「気味の良い言葉だ」


彼女はそう言うと風呂から上がって、脱衣所へと戻った。

小姓が用意した布巾で彼女は体を拭う。


引き締まった腹、張りのある胸。魔女という形容にも頷けるほどの妖艶なその体つきは後ろから眺めても分かるほど美しかった。

だが私は、色欲よりも、もっと別のモノが心の奥底から湧いてくるのが判った。


思えば、この風呂場に入る時も彼女とその部下は私の身辺を改めなかった。

私は服の下に短刀を隠している。


もしかすると、意識の外からなら。それも一糸纏わぬ彼女の背後からなら心臓を突けるのではないか。


私はそう思うや否やゆっくりと腰へ手を伸ばして短刀を引き抜いた。

そして息を吸い込んで、彼女の背中めがけて刀を突き立てた。





「お前は、どこまでも愚かだな。でも、だからこそ愛おしい。自分の使命なら寝首を掻くことも厭わないか」

アークウェットは長い髪を整え、髪飾りを付けながら言った。


私が突き立てた短刀は、刃先が彼女の背中に少し触れただけで、後は進まず空中で止まった。


「弾くだけが、私の魔術と思ったか。見ていなくとも、意識を向けていれば刃ごとき防げるわ」


私は震えながら刃を握り続けている。汗が喉を伝い、鎧の中へと染みて行く。


彼女はゆっくりと振り返ると私の顔を撫でた。

風呂から上がってしっとりとした手のひら。柔らかな彼女の肌が私のがさついた頬を確かめるように滑っていく。


そしてその手が喉ぼとけに達すると彼女は力を込めて、私の首を絞めた。


「うっぐ・・・・」


私は息が出来なくなって、目の前がくらくらしだした。

彼女は手を私の首から離して、拳を握るような動作をした。


おそらくは魔法か念動力で締められている。


「お前はバカだ」

彼女は悲し気な表情で私を見つめる。


そのまま私は地面に倒れ、彼女の裸体を見上げる。

やがて段々と意識が遠のいて、視界が暗くなる。


彼女が倒れた私に向かって何かを言っている。

だが私はかすむ景色の中ではそれを耳でとらえることができなかった。




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