第14話
ーーー
私はあの戦いの後、オストロルド市へと戻った。
女王の差配で、私は独居房の様な地下室でケガの療養をしていた。
流石にここにまでは監視の目はなく、私はのびのびと過ごす事が出来た。
そしてそれを見計らったかのようにある人物が私の元を訪ねて来た。
「なかなか大変そうではないか。エルマー」
アッテンボローはあいかわらず嫌味な調子で開口一番そう言った。
「相変わらず、気に入らないな。お前は」
私は痛む体を起こして彼の来訪を歓迎した。
地下の治療室は薄暗く、密談にはもってこいだ。
彼はそれを知っていたのか少数の供回りと共に突如として私の前に現れた。
「あの女王は、個人崇拝を強めているみたいだな・・・巷では神様みたいな調子で恐れられてるぜ」
「神・・・」
私は彼女がその言葉に強く反応したのをうっすらと思い出した。
アッテンボローは横目で、私の表情を眺めながら話を続ける。
「・・・・まぁ、こうやって素敵な部屋を貰っているのを見る限りなかなか上手に立ち回っているようじゃねぇか。
だが、ここに俺が来たのはテメェの調子をどやしに来たんじゃない。耳寄りな情報を持ってきたからだ」
「耳寄りな・・・情報?」
「そうさ、この王国をひっくり返せるほどのどでかい情報をね」
彼はまた得意な顔をした。人より上に立つことが好きな、もとい無駄にプライドだけは高い彼は
情報一つだけでもマウントをとりたがる。
私は彼のそういう所に辟易している。
「お前がこんな独房で道草を食っている間に、俺は方々から情報を集めていたのさ」
「きたる16日、貴族が集まるリンドバーグの御前会議で旧王家の生き残りと大貴族が決起する。俺はそれに乗じて騎士支団2000名と共にオストロルドに乗り込む」
私はぼんやりと彼のいう事を聞いていたが、最後の文言だけは聞き逃さなかった。”決起”私はその言葉を聞いた瞬間にベットから飛び上がった。
「決起だと?正気か、それじゃあまるで戦争ではないか。我々はあくまでも穏便に暗殺することが任務だろう」
「相変わらず馬鹿だな。君主を殺して穏便になど済むものか。いいか、これは革命だ。我々が居なくても、国にはどのみちひっくり返る。
ならば、時流に乗って引導を渡すことに何のためらいが居る」
アッテンボローはそう言って私に詰め寄った。
私は先ほどの王の悪行を思い出した。村を魔女狩りの名の下に焼き払ったのはまさに狂気、暴政の行為だ。
だがしかし、それならば彼一人でそれを決行すればよかろう。
彼がわざわざ私の元まで尋ねてくるのは私に汚れ役を頼みに来たからに違いない。
「それで・・・アッテンボロー。お前は何を私に求める?」
私は彼の魂胆を見透かして尋ね返した。
彼はにまにまとした顔で私を見ている。
「・・・話が早くて助かるよ。お前は今、王の客将なのだろう?であれば、決起が起こった時に王の動静から目を離すな。そして、王の情報を逐一をれに報告しろ」
「・・・万が一、彼女が逃げ出したら?」
アッテンボローは一瞬眉を潜めた。しかし、彼はそれを一旦は聞き流して続ける。
「その時は、お前が足止めしろ。いいか、殺してはいかんぞ」
私は無茶苦茶だ、と心の中でつぶやいたが
今は、彼の計画に乗るしかないので仕方なしに了承した。
「精々頑張る事だな」
彼は去り際にまたにやりと笑った。
ーーー
私はアッテンボローの去った後に、市街へと出た。
あの部屋では傷が癒えそうもない。
暫くは、街の宿かどこかで厄介になろうと考えた。
私は貴族たちの集合でにぎわう市街をよそに裏路地へと入っていった。
行列はうるさく、また表通りの宿や店はあらかたが貴族のお付きの者達によって占拠されていたからだ。
しばらく路地をゆくと、その一角に私は何やら不気味な雰囲気の廃工房を見つけた。
別段使われていない建物は珍しくない。ここは表通りの大きな建物の陰に隠れてしまって日も差さない。
だから、こんな風にさびれた家屋が一つや二つあったところで何ら驚きはないのだが、奇妙なのはそこに人の気配がある事だ。
私は目を細めて、ゆっくりと路地を進む。
やがて建物に近づくと、ざっと物音が室内でした。私は恐る恐る覗こうと首を伸ばしたときに、突如背後からの視線を感じた。
体はまだ痛んだが、私は剣を引き抜いて背後からくる気配に対して威嚇した。
後方の足音はそれを見るやいなや立ち止まって躊躇した。
私は振り返る。
「私を教皇の騎士と知っての狼藉か。一体どういう了見でこんな路地裏にて怪しい会合を開いている」
背後から忍び寄ろうとしていた男は私の質問にたじろいだ。
「お前は・・・・王の客将だろう!!であれば我々の敵だ!!」
彼は口笛を吹いた。
その瞬間廃屋の中から数人の武装した者達が出て来た。
やはり、此処は反体制派の集会所だったのか。
「殺れ」
男が合図を掛ける。そしてその瞬間彼らは一気に飛び掛かってきた。
私は剣を素早く持ち替えて、自分から集団の中へと飛び込んだ。
これだけ狭い路地なら、人数が多くても邪魔になるばかりだ。
相手はとても手練れのようには見えない。ならば、こちらから相手の集団に飛び込んで意気で押した方がいい。
この目論見はうまく行き、4人の刺客はすぐに蹴散らされてしまった。
「つ、強い・・・!」
「くそ、姫を呼んで来い!」
彼らはそう言うと廃屋の中へ人を呼びに行った。
「もう少し骨のあるやつは居ないのか。剣を抜いたなら少しは気合を見せろ!!」
私はアドレナリンのまま叫んだ。
少し苛ついていたせいもあって戦いにのめりこんでしまっている。
やがて彼らは廃屋の中から”姫”を呼び出してきた。
それはちんまりとした少女だった。フードを被っていて判らなかったが、肩にかかる茶色い髪の毛は確かに女性のそれであった。
「こんな子供に私の相手をさせるのか」
私は剣をぶんと振って彼女の後ろに立つ男に言葉を突き付ける。
しかし少女はそんなやり取りを無視して、私の前へと進んでくる。
そしてそのまま手を何か儀式めいた動きで線を描き、ぶつぶつと何かを言い始めた。
「まさか・・魔法か?」
この世界に魔法はもともと無い。だからこそアークウェット・リンドバーグが特別視されているのだ。
王は魔法を貴族に下賜したりしているが、この少女はそんな身分には見えない。
しかし私は妙な気を感じ、回避行動をとった。
そしてその予感は的中した。彼女は目を見開くと、光と共に攻撃を放った。狭い裏道に一本の光が雷の様な音を立てて走る。
路地は石畳の床の湿り気を蒸発させ、蒸気があたりを包んだ。
私はとっさの回避でそれを何とか避けたが、彼女の攻撃は本物だ。
だが、第二撃を放つまでには時間がある。私は考えるより前に駆け出した。
彼女は私が蒸気の中から出て来たのに驚いて反応が一瞬遅れた。
私はその隙に剣を片手に彼女に飛びついた。
そして取っ組むと、すぐさま腕を相手の首に回し短剣で喉元に刃を突き立てた。
「お前ら武器を捨てろ!!何が目的かは知らんが、俺に攻撃するのを辞めろ!」
私は教会騎士には似合わぬ乱暴な口調で脅した。
そして、まだ16くらいの小娘の喉元にナイフを突きつけた。
私は彼女のこまい体に触れて初めてその幼さを感じ取り少々いたたまれなくなった。
「俺はリンドバーグの言いなりではない!教会の密命を受けて来た!!あんたらと戦いに来たんじゃない!!」
私はナイフをぎらつかせて叫ぶ。
それを見た敵は及び腰で、私を見つめる。
「・・・武器を降ろせ。早とちりしたのはこちらだ」
暫くの沈黙の後、彼女はフードを降ろして命令した。
それを聞いた男たちはじっと私を見つめていたが、しまいには剣を収めた。
私はゆっくりとナイフを下ろして彼女を解放した。
フードの下から現れた彼女の顔に、私は見覚えがあった。
あの村の少女だ。
「失礼・・・君は・・・以前私と会ったか?」
私はさっきまでとは打って変わって落ち着いた様子で尋ねる。彼女はそれを聞いて、私の方へ振り返った。
振り返って少し驚いた表情を見せたかと思えば。彼女はまた毅然とした態度で話した。
「・・・・数日前ですか。えぇ、貴方と私は会いました。
あの時も教会の騎士と名乗っていましたね」
「・・・あの時の二人組か」
私は言い終えてから”二人”という言葉が少し無神経な言葉選びだったと反省した。
しかし彼女は眉一つ動かさず。いや、目の下がぴくついたが依然として平静な様子を保った。
「・・・あの時も、貴方はしきりに自分は敵ではないと叫んでいましたね。
今日の振る舞いを見て、少し信じてもいい気になりました」
「・・・・君たちの正体はおおよそ予想がついている。
いわゆる反体制派だろう」
「その呼び名は、不本意ですね。我々はかつての王家です。正当にこの地を治めるべきは、我々なのです」
「となると、君が・・・」
その質問には、彼女は直ぐに返答しなかった。
そして一呼吸を置いて彼女はゆっくりと返答した。
「・・・私こそが、旧王朝たるコズロフ家の分家でありその子孫。ロルドの正当な皇位請求者アリーナ・アガフォーノヴナ・マスリュコヴァ(Арина Агафоновна Маслюкова)である」
ーーー
私は、彼らに自分の状況。そして目的を赤裸々に説明した。
彼らは半信半疑で私の事を完全には信用しようとはしなかった。
しかしリーダーであるあの少女。もといアリーナ・アガフォーノヴナ・マスリュコヴァは私の事にやや興味があるようだ。
「そう、貴方はあのアッテンボローの知り合いなのですか」
「ああ、知っていたのか。そうだ。彼と私は同じ教会騎士だ。彼からは何か提案が?」
「はい。決起した暁には助力を約束していただきました」
「そうか・・・・・」
私は彼女の顔を再び眺めた。
弱冠16歳という少女は、その齢に似合わないような顔つきを携えていた。
革命の成就。そして、現在の封建制を破壊して農民を解放する。
その心意気は、きっと貴族たちはおろか、国王でさえ凌駕するほど強固なものなのだろう。
だが私は、その信念の硬さを不憫に思った。私も、人の事を言えるほど自由の身でもないが。
彼女はもはや、これしか選べる道はないのだろう。それが痛ましい。
王国は強固な親衛隊を保有している。この革命が成功する見込みは正直少ない。
つくづく私は自分が甘い男だと思う。
「きっと、この私も助力しよう」
私はまた勝手な約束をしてしまった。ホードリックの時もそうだった。
こういう口約束は自分の首を絞めるだけだというのに。
彼女はそれを聞くと、それまでの硬い表情を崩して微笑みかけた。
そして「・・・ありがとう。貴方に神のご加護がありますように」と聖母の様な口調で祈ってくれた。
私はそれを教会のやり方に則って受けた。
「だが、彼女をどうやって殺す?」
私は一通りの問答の後に一番知りたいことを彼女に投げかけた。
「・・・”かつて、コズロフの一族は熊の声を叫ぶことができた”という伝承をご存じですか?」
「熊・・・?」
「この地では、かつて熊が神の使者とされていたのです」
「知っております。このロルドの民は熊の真名を避けるため、遠回しに”メドヴェーチ(蜂蜜を舐めるもの)”と呼びますね」
「教会の騎士様に、異教の風俗を説くのも阿漕かと思われますが。この伝承には続きがあります。
”マスリュコヴァの一族は、その声でもって聖なる力を放ち、魔女を討った”という話です。これはリンドバーグが教会の教えを持ち込んでからは人々の記憶から消えてしまいましたが、
我が家の中では細々と言い伝えられてきました」
「それが、さっき見せた雷の力か。だが、君はそんな伝承に依って彼女を殺すのか」
「ええ、私達にはもうそれしか残っていないですから」
彼女は覚悟の座った眼でそう告げた。
ああ、きっと彼女はもう戻れないんだろう。
廃屋の上には、また降り出した雪が幾重にも重なって
地面を白く染め始めていた。
そして肌に当たる風は、以前よりも冷たかった。
ーーーー
私はその後に城へ戻った。
あとは傷を癒して、革命の時を待つのみだ。
私はそう決めると再び地下へつながる回廊を急いだ。
だが、その地下へ向かう階段に差し掛かるところで私は意外な人物から呼び止められた。
「おい、エルマーと言ったかな。ちょっと来て手伝ってくれないか?」
私が振り返った先には、ウラジンスキが居た。
彼は表の王として担がれているノルドとロルドのハーフの男性だ。
中年くらいの痩せた男で、王の威厳はあまりない。
私は一応客将なので彼の命令には従わざるを得ない。
「・・わかりました」
彼は従者と共に城の台所へと向かった。
私はその後ろに続く。
キッチンは大忙しだった。どうやら御前会議の為の料理を用意するのに人手が足りていない様子である。
私はそれを見てなんとなく手伝いの予想が付いた。
「ここだ。エルマー、料理はできるか?」
「はぁ、多少は」
「なら話が早い。よし、生地をこねるぞ」
そう言うとウラジンスキは服の装飾品を降ろし腕をまくった。
この部屋は、煮炊きしているので温かい。
「それっ!もう少し力を入れて!」
彼はそう言うと、自分でも料理をし始めた。
その様子はまるで王の責務からは離れて見えた。こうしてみると、ただの気の良いおじさんにしか見えない。
私はなんだかおかしくなって手を動かしながら彼に尋ねた。
「なんで国王陛下自ら?食事を作るのは下賤では?」
「馬鹿いえ、俺は張りぼての王様さ。貴族の息子だったが、ノルドの女との不倫の子だ。そんな私に下賤な行動なんかあるか」
彼はそう言って魚の頭を落とす。
私は彼のフランクな姿勢に絆されて、自然と包丁を手に取っていた。
私は仕事をしながらあたりを見回した。
どうやらここで働いているのは、従者達だけではないようだ。
屈強な戦士たちが干し肉を運んだり、皮をはいだりしている。
「ヴァリャーグの戦士にもさせてるんですか?」
「ああ、彼らはもともと漁猟民でもあったし農耕民でもあった。略奪だけしていたわけじゃない。こういう事もできるのさ」
彼云う通り戦士たちは手際が良い。
何なら私の方がだいぶぎこちない。
そのまま、数時間。我々は厨房で働いた。
私はへとへとになった。
間もなく、ウラジンスキが厨房の全員に終わりの合図を出す。
戦士達はそれを聞くと、どやどやと扉を開けて食堂へと進む。
私はポカンとしてそれを見ていたが、ウラジンスキに誘われてそのまま席に着いた。
「作業が終わったら皆で席を囲うのだ。戦士団時代からの習わしだ」
ウラジンスキはパンとスープを手渡しにしながら、説明し始める。
「俺らノルドはな、どこから来たか忘れちまったんだ」
「通説では、北西の海からと・・・・」
ウラジンスキは一呼吸おいてその通説を横目で聞いた。
そして答えあぐねているのか、無言でパン頬張り始めた。
「・・・・そうだ。北方の、ずっと先。氷河の先に俺たちの故郷はあるはずなんだが・・・・」
彼は振り返って戦士たちの方を向く。
「ここに来て100年。故郷を出てからは200年たってしまって、もう誰も故郷を思い出せないんだ。見ろ。こいつらの顔を」
「・・・・」
私はそれにどう答えてよいかわからずただ閉口した。
確かに戦士たちは、享楽的に生きているようだ。だがそれでいて、このロルドを二度と失うまいという気概も感じる。
ウラジンスキはさらにずいと体を乗り出してさらに一言付け加える。
「だから、あの女王様はな。俺たちにとっては神様も同然なんだ。俺らを暗闇から救う、最後の灯なんだ。それを絶やそうっていうんなら俺たちは全力で立ち向かう。覚悟しておけ」
彼は真剣な面持ちでそう言った。
いつもの、頼りない親父の面ではなく覚悟の決まったノルドの戦士の顔で。
私は息を呑んだ。それは明確な牽制でもあったからだ。
教会の刺客たる私をわざわざ食事に招いてその話をするのには明らかな意思があることは明白。
そして、その意味は彼のまっすぐな瞳を見れば明らかだ。
だが私も引けなかった。乗り出した彼の体と表情を見て、つい血が騒いだ。だから私は、教皇からの命令で仕方なくやっているという建前を乗り越えて、心根にある敵愾心をあらわにする。
「いまや、世界は端から崩れようとしている。この地帯がかつてない冷害で、山ほど死者を出したのも記憶に新しい。それなのに、貴方は一民族の繁栄のためだけに、それを是正するというのか?私はそんな事させない。この世界を救うのは我々だ」
私は、今までの様な遜った態度を改めて彼らと対等に、
そして何より教皇の騎士としてではなく、”エルマー・ギースベルト”個人としてそのように言い放った。
ウラジンスキは最初、睨みつける様な表情で私を眺めていたが、私の宣言を境にだんだんと顔をほころばせてしまいには笑顔になった。
「・・・アークウェット様がお前を気に入るのも、なんとなくわかる。それだけまっすぐで、活力に満ちた青年は今の時代に珍しい。
新しい時代を拓いてゆくのはお前みたいなやつなのかもな」
「だが、俺らも譲れない。お前はたまたま家族なり自分なりの利害が、世界の趨勢と合致しているのかもしれないが俺たちノルドは違う。
俺たちには、どのみち死ぬしか残っていない。だったら、少しでも別の路を見つけるしかないだろ」
ウラジンスキはそう言うと席を立った。
彼はその細い体には似合わないほど重い重責を背負っている。
だが、それが女王の差配で簡単に揺らいでしまうのは痛ましい。
もっとも、彼はそんなこと百も承知なのだろうが。
私は彼の背中をじっと見つめた。
翌16日に起こる大革命。
後の世に薄暮の革命と呼ばれる騒乱がこの日のこの会話から始まることは、まだ誰も知らない。
ーーー
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