第13話
ーーー
私は走った。教会の裏庭から庭園の壁を越えて
追手は屋根を飛んで、馬を駆って街の中でも構いなく攻撃を加えて来た。
私は路地の陰に隠れて一時的に彼らから隠れた。だが親衛隊相手にずっと逃げ回っているわけにもいかない。
こうなってはアッテンボローを頼って、砦まで走るか?
いや、この吹雪の中城壁の外を歩くのは自殺行為だ。
私は頭の中で様々な考えを巡らせてどうにか生き残る術はないかと模索した。
この厳戒態勢の中ではもはや城壁の中では安全な場所などないだろう。
「くそっ!これまでか」
私は頭を抱えた。
雪はどんどん強くなっている。この都市では隠れていてもいずれは凍死してしまう。
吹雪の間を冷たく縫って立つ建築物が、私をじっと見つめている気がした。
万策尽きた。もはやこれまでか。私は瞼を閉じ、その裏にエルザの面影を見た。
いや、待てよ。
私はその吹雪の合間に浮かぶ幾つかの建物のうち、ある物を見て妙案が浮かんだ。
だがしかし、確証もなければ、上手くいったとしてその先のビジョンも見えない。
それは賭けだ。もはや実力ではどうすることもできない。
第一、そういう行動は私の主義に反する。
だが今は、目の前に迫る死と追手から逃げなくてはならない。
私はそうやって自分で自分を納得させるとその建物へと急いだ。
ーー
「それで、私のところに来たと?」
女王アークウェット・リンドバーグは相変わらず血の気の通っていないような表情で私の事を見下ろした。
「ははっ・・!是非とも陛下に保護いただきたく・・」
私は宮殿の中の謁見の間で土下座をして彼女に願い出た。
「何故、親衛隊に襲われたのに私の元へやって来た?奴らは私の私兵だぞ」
「恐れながら、親衛隊は女王の命令だとは一言も申しておりませんでした。加えて神父の話によると、彼らはノルド人の支配を維持するために反体制派を独自に殺しまわっているとのことでしたので」
私は必死にその理由を彼女に説明した。
「それだけで、私の命令ではないとどうして確信できた?私が教皇の監視を邪魔に思って差し向けたとは思わなかったのか?」
「・・・陛下は私を”気に入った”と仰ってくださいましたので・・!」
私はまっすぐな瞳で彼女を見つめた。
死んだ虚ろな目や、慈悲を強請るような顔ではなく
この表情を選んだ理由は私が単純に腹芸ができないからだ。
彼女は暫く無表情で私の顔を眺めた。そしてしばらくするとにんまりと笑って「ますまる気に入った。お前からは生気を感じる。此処の連中にはない魅力だ」と告げた。
私は胸をなでおろした。流石に王の前では殺しはできないだろう。
ひとまず一旦の安寧を得た。
「だがしかし、私の私兵二人を殺したのは見過ごせん。お前にはその償いとして、私に従いながら宗教関係の仕事をしてもらうぞ」
アークウェットは対価として教皇との連絡役を命じて来た。
ホードリックの時も同じだったが、大王たちは聖職叙任権を握っていながらやはり宗教的な幾つかの部分を教皇に依存していた。
このロルドは自立した宗教観で知られるが、やはりその基礎となっているのは我らが教会だ。
教皇との連携の有無は、蛮族に対する布教の進度にも影響する。
「もちろんです。お引き受けさせていただきます」
当然私はそれを引き受ける。
「死中に活を求める、か。今の腐った教会騎士の連中にこんな男が居るとは。面白いじゃないか」
彼女は誉め言葉とを置いてその場を離れた。
私はそのままそこへ残り、続けてウラジンスキと云う王の影武者にあれこれと仕事の説明を受けた。
声に覚えがある。ああ、最初に謁見した時の偽の王か。
彼はどうやらまめな男らしい。
「君は、ロルド内部にある保守派の懐柔に当たってくれ。彼らはまだアークウェット様を神の代理人として認めようとしない」
私はそんなことできるか、と反目しそうになったが心の中で抑えた。
彼は説明を続ける。
「別に、隠すほどの事でもないから言うが我が国の内政はガタガタだ。あのお方が武力では押さえつけているものの、貴族の殆どは従順ではない」
「それは・・・・・アークウェット様と、その側近がノルド人だからですか?」
私は恐る恐る探りを入れるように尋ねた。
ウラジンスキは顔をしかめて「どこで聞いたんだ?」と逆に質問し返してきた。
「いえ。でも有名な話ですので」
「ふぅむ。困ったものだ。それは半分正しくて、半分間違ってる。確かに我々は遥か北方のノルドからやって来たがあのお方はそうじゃないんだ」
「というと、やはり転生者ですか」
「そうだ。あの方は、我ら流浪の民であったノルド戦士団を率いてこの地にやって来た。そして、蛮地たるこの国を滅ぼしたのだ」
彼は意気揚々と語った。それが50年前の事だという。
私はその説明を聞いて、合点がいった。貴族たちを招集するのは、王権を強化するためで
各地を王が回っているのは支配権がまだ盤石ではないからだ。
しかしそれでは魔女狩りは、市民の反発を招くだけで何の意味があるのだろうか。融和政策と同時に反動狩りを行っているのでは王の政治はあべこべだ。
「それについては、わからん」
ウラジンスキは薄くなった頭皮を撫でながら困り顔でそう言った。
「あ、今のは聞かなかったことにしてくれ」
彼は少しおどけてそう付け加えた。
ーーー
翌日、私は王の外出へと随行(貴人の行動に付き従う事)した。昨日までの吹雪が嘘のようにこの日は晴れていた。
城壁の内部は雪かきがされて、朝までには既に市内のあらかたは復旧していた。
だが、女王は壁外へ用事があるらしい。彼女は堂々と紋章を掲げながら門をくぐり外へと出た。
私は軍馬に跨って彼女の脇に控えた。
ヴァリャーグ親衛隊は私を鋭く睨みつけている。
彼女はその様子を鼻で笑った。
世間では表向きはウラジンスキが国王の為、先頭の最も目立つ位置には彼が立った。
女王はその後ろから、彼を眺めるように続いた。
「ウラジンスキはな、ヘタレに見えてよくよく気の利く男だ。ノルドと地元のハーフだが、優秀な調整役さ」
アークウェットは横で控える私にそう言った。
彼女はそのまま門をくぐって壁外の村まで行った。
親衛隊の歩兵たちが物々しく先行し、村までの露払いもとい雪かきをする。
私は少し訝しんだ。何かの視察や儀式ならここまでの重装備をする必要はない。
親衛隊の兵士たちは皆、斧や直剣。ハルバードまで持ってさながら野戦軍の様相であった。
「陛下、自由行動をお許しいただきたく」
私はいやな気配がしたので行列を離れることを願った。
女王は「いいだろう」と許可したが、監視役として親衛隊の騎兵2名を付けられた。
私は雪原を先回りして、村の方へ行く。
村は城壁から丘と森を超えた先の街道からも離れた林間にあるだいぶひっそりとした集落だった。
昨日の雪のせいもあって村は静まりかえっていた。
だが、煙突から煙が黙々と立ち上っているのを見て人々が活動していることはうかがえた。
「先に村へ入ってもいいか?」
「だめだ。お前はあくまで客将。主君より先に進むことは許さん」
「親衛隊はリンドバーグより前に行ったではないか。あんな村に隠し事でもあるのか」
彼らはその質問には答えなかった。
私は監視の二人の不愛想な態度に辟易した。
しょうがないので、私はしばらく付近を見回った。村は簡単な堀に覆われていて中央には幾つかの建造物が置かれている。この地方の伝統的な形の村だ。
雪はだいぶ積もったらしい。掻きだされた雪たちは村の裏側に積みあがって丘のようになっている。
一面の白い雪が太陽の光を反射して眩く輝いている。私は目を細めて、王の行列へ帰ろうと思った。
だがその時、遠くに小さな影を私は見た。
2人ばかりのフードを被った少年少女。さながら巡礼者の様な彼らは我々を見ると驚き、急に森の方へと駆けだした。
私は彼らを呼び止めるべくその先に回った。
「待て!君たちはそこの村の者か?」
私は彼らの後ろを追いながら話しかけた。
監視役の二人は少女たちの前に躍り出て馬体で行く手を塞いだ。
彼らは鬼気迫る様子でその二人をけん制した。
不気味に思えるほどの様子に私はたじろいだ。
「・・・・кто ты!?(お前は誰だ)」
少女は叫ぶ。
現地の言葉だ。私にはわからない。だが少女たちの鬼気迫った様子は感じ取れた。
彼女らは何かに怯えるかのように叫んでいる。
それに呼応して監視役の二人が怒鳴りつける。
「ты ведьма!!?(貴様が魔女か?)」
「дикарь!!Захватчик!!(野蛮人め!侵略者!)」
「Ты дурак・・・!Ведь ты ведьма!!(愚か者め!!お前は魔女だな!)」
暫くの問答の後、ヴァリャーグが彼女たちににじり寄る。
「待て、貴様ら彼女に何をするつもりだ?私の目の前で野蛮な行為は許さんぞ」
私はその不穏な空気に耐えられず、両者の間に割って入った。
彼らは一斉に私の方を向いた。
「貴方は・・・教会の方?」
少女が警戒の眼差しで私に問う。
「そうだ。君は?」
「・・・・」
彼女は一瞬顔をほころばせたかと思えば、再び私へ向けて警戒の目を向けた。
そして彼女を守る様に付き人の少年が前に出る。
「そう警戒するな。我々は君の敵ではない」
私はゆっくり話しかけるが、少年はその鋭い目で私を睨んだ。
そして震える手で剣を剥いた。
「待て!我々は君たちに危害を加えるつもりはない!」
「・・・そうやってお前らは、我の民族の誇りをすりつぶすつもりか?俺たちの帰る場所を返せ!!」
少年はそうやって大声で叫んだ。私はその覚悟にたじろいだ。一方で彼の勇ましくも痛ましい姿にどこか親近感を覚えた。
だがその瞬間、突如として少年は背後から切りつけられた。
私は驚きのあまり、後ろへのけぞってしまった。
斬りつけたのは親衛隊の兵士だ。しびれを切らして彼らを攻撃したのだ。
「何をしている!!やめろ!!」
私は親衛兵に叫ぶ。
少女が駆けだす。私の警告など耳にとどめず、親衛隊の二人は逃げる彼女の背を追いかける。
また斬りつける気だ。
私は態勢を立て直し、彼らを止めようとしたが間に合わない。
ああ、殺されてしまう。彼女は必死に白い雪原を走る。その可愛らしい首筋に親衛隊の剣がかかろうとしている。
その瞬間、投げナイフが親衛兵の背中に刺さった。
親衛兵は斬りつけようとしていた剣を治めて、誰がそれを投げたのかと確かめようと振り返った。
それはあの少年だった。彼は血だらけの肩を抑えながら最後の力を振り絞って少女の為に腰の投げナイフを投げつけた。
親衛兵は、怒りのあまり踵を返し彼に向って馬を走らせた。
16ぐらいの少年は直剣を抜いて猛然と相手に立ち向かう。どう見ても絶望的だ。
だが彼の面持ちはどこか満足げだった。
「・・Я не мог сказать тебе до конца・・(ああ・・・俺は結局・・・・最後まで・・言えなかった)」
彼は最後に何かを言い残すと、向かってくる騎兵に対して剣を振り下ろしたが、その力は及ばず切り殺された。
だがその間に少女は林の中へと消えてしまった。
馬ではあの森は進めない。もはや彼女を追う事は不可能だろう。
親衛兵は叫んで怒りを表しながら私の方へとづかづかと歩いてきた。
「おい、どういうつもりだ?邪魔をするなと言っただろう!!?」
彼は兜を私の前へ投げつけ激怒した。
だが、詰問したいのはこちらの方だ。私は彼の激怒に対して毅然と答えた。
「どういうつもりだと?こちらの台詞だ!!自国の領民に対して剣を振るうとは何事か!貴様らそれでも王の親衛兵か!?」
「こっちは大まじめにやってんだよ!!テメェが教皇の騎士だかなんだか知らないが、俺たちは俺たちの王朝を守るためには手段を選んでられないんだよ!!」
私と彼はにらみ合った。だが、此処で斬りあう訳にも行くまい。
両者は互いに剣を抜きそうなところで何とか堪えてそれぞれが自分の馬へと戻った。
「このことは王へ報告させてもらうぞ!」
私は彼らに捨て台詞を吐いた。
こんな蛮行を許してなるものか。私は王の行列へ向けて馬を走らせた。
ーーー
私は数十分かけて村の反対側から王が陣を敷いた丘まで帰還した。
そこで私は唖然とした。
囂々と燃える家屋。寒空に響く女子供たちの悲鳴。
阿鼻叫喚の地獄と化した村を見て私は暫く立ち尽くした。
私は王に、親衛隊の悪行を報告に来たがそんな悪行が小さく思えるほどの地獄が今、眼前に広がっている。
王は魔法を放って、村の周りを炎で囲んだ。そしてじわじわとその幅を縮めて、村を破壊した。
「何をしているのですか!!?アークウェット女王陛下!!」
私は叫ぶ。
女王は村を一望できる位置に陣取ってその様子をツンとした表情で見つめていた。
私は進路を塞いだウラジンスキをはねのけて彼女の元まで走った。
「ご乱心ですか!?あなたが焼いているのは、貴方を慕う民たちなのですよ!!?」
私は余りの衝撃に彼女の馬回り(親衛隊の中でも、特に彼女の傍に仕える精鋭)に肩を掴まれながらも叫んだ。
「・・・・見て見ろ、エルマー。あの村は魔女の村だ」
「貴方は・・・・正気ですか?神がこんなことをお許しするはずが無い・・・!!」
「お前はまっすぐだな。すぐに怒って、すぐに絆されて、まさしく人間だ」
彼女はこちらに首を向けず、横顔で話を聞いていた。
目には相変わらず光が籠っていない。
彼女は眉一つ動かさずに、まるで作業でもしているかのように冷淡に燃え盛る村を見つめていた。
私はそれがなんだか適当に茶化されている気になって腹が立った。
「・・・・馬鹿にしないでください!!あなたは、神にでもなったつもりか!?無慈悲な神の怒りのつもりか!!」
「お前のことは気に入っている。そうやって直情的になんでも言えるところも、な」
「だが、だからこそ腹が立つ」
彼女はそう言うと、立ち上がって私の方へ歩み寄った。
そして、馬回りに私を離させるとそのまま腹を蹴飛ばした。
恐らくは魔力で強化した蹴り。私のチェーンメイル(鎖でできた鎧)を超えてその威力は内臓に届いた。
「ぐふっ・・・」
私はそのまま後ろに転がり、うずくまった。
そのまま彼女はのしのしと歩み寄り、私の髪を掴んだ。
そして村の方へ私の首を向けさせた。
「見ろ、エルマー。この村はな、私に楯突こうとした。素晴らしいじゃないか。だから滅ぼした」
「貴方は・・・・正気ではない・・・・」
「だからなんだっていうんだ?今更」
その瞬間、村の反対側から鬨の声(戦闘の際に兵士たちがあげる声)が響いた。
ウラジンスキが狼狽えて付近に「何事だ」とうるさく聞きまわっている。
「敵の反撃です!!武装した民兵が数十人ほど!!」
斥候の報告を士官が申し上げる。
「そう来なくてはな。よし、親衛隊!反撃!」
彼女はその報告を受けて、即座に反撃命令を下達する。
村の炎に紛れて親衛隊は突撃を敢行した。
女王はその様子を高台から眺めている。
「エルマー。見ておけ、私の残虐さを。知っておけ、私の嫉妬を」
彼女は相変わらず綺麗な、されど血の気の通っていないような冷たさを持った表情で私にそう言った。
私にはその言葉の意味が計りかねた。
蹴られた腹は未だにずきんずきんと痛む。私は掛けられた声を頭の中で反芻させながら痛みが止むまでうづくまった。
ーーー
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