第12話

ーーー


「お前は、やはり私を殺しに来たのだろう?ホードリックを討ち殺したように」


女王はしっとりした声で、私に向かって言い切った。


まさか看過されているとは。私はどう返答しようか迷った。

しかし、そのうちに彼女は笑顔になってけらけらと笑った。


「殺したいならやってみると良い。できないだろうしね」


彼女は挑発的に腕を広げてそう言った。

私は不気味な彼女の様子にタジタジで、剣を抜いてしまった。


それをみたヴァリャーグ親衛隊が斧と剣を剥いて私の前に立ちはだかる。

「よい、下がれ海賊ども」


だが彼女は親衛兵を煙たがって下がらせた。

彼女は首をもたげてかかってこいと告げた。


私は高速の剣を上段から振るう、と見せかけて

左から切り上げた。


だが、彼女はそれを見切ってこちらの剣を弾いた。

私は吹き飛ばされて後ろに尻もちをついた。


逆さまの視界から私は何が起きたか判らず混乱した。

恐らくは魔術の類だろう。


「ほら、できないだろう」


彼女は腕を掲げて、あきれた様子で私を見下ろした。だが、それ以上は彼女もどうするつもりもないようで

また椅子に座って首をもたげるのみだった。


私は殺されるかと思ったが、彼女にどうやらその気はないらしい。

ヴァリャーグに起こされると私は再び彼女の前に跪いた。


「何故、私を殺そうとする?」


彼女はしっとりとした美声で私に聞いた。

美しげだが、どこか人間味にかけて恐ろしい彼女の様子は私の気持ちをざわつかせた。


「・・・・神のご意志です。今や、この世界は端から崩れようとしております!!」


「その原因が、我らだと?」


「そう神はおっしゃりました」

「だから、貴方を殺します」


私はもはや死ぬ覚悟で言い切った。

ヴァリャーグの海賊どもになぶり殺しに合うだろうが、かまわない。


この分では、暗殺など望むべくもない。

私はせめて最後くらいは正々堂々とありたいと再び剣を握って吠えた。


その様子を見て、親衛隊は吠え返した。さながら獰猛な熊のように彼らは斧を振り上げて今まさに飛び掛からんとした。

「待てと言っている」


だが、アークウェットは再び彼らを諫める。

親衛隊は我慢ならんようで、王の方を見た。


「こいつは気に入ったぞ。教皇の騎士で嘘つきじゃない奴は初めて見た。そんなにまっすぐな目をする奴はロルドでも珍しい」

彼女は伊達に髪をかき上げて、私の顔を覗き込んだ。


「好きに我が国へ滞在せよ。私を殺したければいつでもかかってくるとよい」


彼女は言い置くとマントを靡かせて後ろへと去って行った。

私はその行動に呆気にとられて暫く身動きが取れなかった。


ーーーー


私は彼女と謁見してからしばらく街の中の教会に世話になった。

流石に、王殺しを任務としている以上普通の宿屋には泊まれない。


この教会でさえ、神父は怪訝な顔をしたほどだ。それどころか、私の行くどこにでもヴァリャーグの監視の目は光っていた。

教会の中で事務仕事をしているときでさえ、殺意の籠った視線を背中で感じることができた。


例えば、教会の催事に従事しているときは祈りにやってくる市民の列に刺客が紛れて居たり、街に出て見れば、常にツーマンセルの監視員が私の後ろを付けて来た。


こんな事では、教会も迷惑だろうと思う。

私はひとまず教会を去ることを決めた。


「神父、ご迷惑でしょう。私はこの教会から去ります。祭事を邪魔しては本末転倒です」


私はその日の夕食に神父へ告げた。

彼はスープを啜る手を止めて、表情を変えると「それは残念です。お料理がお口に合いませんでしたか」と優しく私に問いかけた。


「いいえ、とんでもない。敬虔な食卓で、感銘を受けました」

私は少し失礼な物言いをした、と言い切ってから気が付いた。

だが神父は相変わらずニコニコしていた。


「時に、エルマー様。貴方はこの後にどこへ行くかお決めになっておりますかな」

神父は2個目のパンに手を付けながら私に聞いた。


私は突然のことで虚を突かれて、少しどもってしまったが素直に返した。

「いえ、どこにも」


「それは残念だ。では、餞別に私の友人を紹介して差し上げましょう」

神父はそう言うと、奥の扉をシスターに開けさせた。

私はそれを椅子に座りながら眺めていた。

商人か何かが出てくると思ったが、そこに現れたのは屈強な戦士であった。


「親衛隊が、貴方を泊めてくれると言っておりますよ」

「永遠に、ヴァルハラにね」

神父がにやりと笑った気がした。


私はそれを見て瞬時に椅子を立ち、壁に立てかけてあった剣に手を伸ばした。

しかし、振り返った先にはそんなものはなくただ逃げ道を塞ぐ石造りの壁がそびえるだけだった。


「剣を・・・隠しましたね・・?」


「あなたは、リンドバーグ様に無礼を働いたと聞きます。都からお越しになった雅な方はご存じないかもしれませんが、この国ではあの方に歯向かった者は皆変死を遂げておるのです」

神父は相も変わらず笑顔で告げる。しかし、その顔はさっきの何倍も不気味でさながら悪魔の様であった。


「貴様、神に仕える身でありながら世俗に屈するとは。情けなくないのか?」



「世俗に屈服?とんでもない!私は、神に忠実ですよ。むしろ、あのエルドリッチ教皇とかいう紛い物の方がよっぽど世俗的でしょう」


「だまれ!大王にこびへつらう貴様はもはや聖職者ではない!教会を愚弄した愚か者め!!」


私はありったけの語彙を用いて神父を愚弄した。

だが彼はそれら一切を意に介さず、いまだに不気味な笑みを浮かべている。


「この国では、あのお方こそが神の使徒なのですよ」


彼はそう言うと右手を掲げて合図した。

それを見た親衛隊の兵士は斧を抜き、私の前までどすどすと歩み寄った。


剣が無い。しかし、やらなければやられる。

私は何か武器になる物はないかと探し回った。そして、机の上に置いてあった燭台とナイフを手に取った。


「そんな短ナイフで、俺を殺せるのか?」


親衛隊の男は立派に蓄えた口ひげの合間から大きな声でそう吠えた。

そして次の瞬間私めがけて飛び掛かった。


私はすぐさま、机を蹴り上げた。机はそのままひっくり返り戦士の足元へ飛んでいく。

「こんな目くらまし!」


彼は大声で叫ぶとその足で机を叩き割った。

そして斧を追撃に備えて上段に構えた。


だが、私は上段ではなく机よりさらに下。彼のアキレス腱を狙って超低空の攻撃を放った。

机は、視点を上へ向けるためのおとりだ。


戦士の男は完全に虚を突かれて、斧を振り下ろす間もなく足首の健を斬られてしまった。

そして靭帯を失った体はそのまま後ろへ倒れる。


私は切れ味の悪い短ナイフを捨て、燭台へ持ち替える。

そして立ち上がろうとする戦士の頭上めがけて思いっきり振り下ろした。


直撃を受けて彼はそのまま気絶した。


「はぁ・・・はぁ」

私は肩で息をしつつ、燭台を手放した。

そして、倒した男の手から斧を奪った。


「くそっ!全部親衛隊の罠か!」

私は誰にでもなく叫んだ。


神父はまさかこの大男が負けると思っていなかったらしく、壁に張り付いて怯えている。

私はもう彼の事などどうでもいい。


追手が来る前に装備を整えて教会から逃げ出さなければならない。

斧と隠されていた自分の直剣を取り出すとすぐさま部屋を飛び出して、私は裏庭へ走った。


裏庭は畑になっていて、開けていた。柵を超えればそのまま市街へ逃げれそうだ。だが外の天候はそうとうに悪く前が見えないほど吹雪いていた。


「くそ・・・!」

私はもはや迷っている暇なく、薄着に1枚のローブをまいて外へ飛び出した。

だが、そんなことで逃がしてくれるほど彼らも甘くない。壁の上に気配を感じ振り向くと斧と曲剣を持った男が今度は2人で裏庭へ飛び降りて来た。


「逃がしてはくれないな」

私は冷や汗をかきながらロングソードを引き抜いた。


「・・・王の命を狙う、教皇の刃よ。ノルドの王朝に異を唱える気か」


「ノルド?ノルド人はもっと北西に住んでるだろ」


「・・・王は、我らノルドの戦士団を私兵としてこのロルドを征服なさったのだ・・・・貴様はどうせ、現地の土民を先導し我らの王朝を打倒する気なのだろう」


親衛隊の男はよく喋った。なるほど、この地域は単にリンドバーグの思惑だけで動いているわけではなさそうだ。

だが、それをわざわざ今ここで時間をかけて聞く必要もないだろう。


そもそも彼らの様な見た目の男がこんなに饒舌に喋るのはなんだか不気味だ。

さしずめ、十中八九時間稼ぎだろう。


私は増援が到着するまでに決着を付けたかったので彼らの話を無視してすぐさま斬りかかった。

2人は連携して私を取り囲むように動いた。正面の男は円盾を構えて私の攻撃をいなした。そして回り込んだもう一人は短槍で持って私の脇腹を狙った。


私はあえて左の脇腹を晒して攻撃を誘った。そして誘いに乗って突いてきた槍を脇で挟み、その穂先を叩き斬った。

彼はそれにタジタジだ。一方で、それを見ていた正面の男は防御を解除し斬りかかってきた。


私は体をよじらせ、攻撃を薄皮1枚で回避した。そして返す刀で男の体に斬撃を与えた。斬られた正面の男が倒れる。

もう一人の方は折れた槍を捨て直剣を引き抜いた。互いに向かい合い、一騎打ちの様相となった。


私はすぐに決着を付けたかったので、攻撃的な上段の構えをとった。

相手と自分ではかなり体格差があって、つばぜり合いになっては蹴りやぶちかましで吹き飛ばされてしまうかもしれない。


そういう危機感から、剣をあてに行くのではなく急所狙いの必殺を繰り出すことにした。



先に動いたのは相手の方だった。右に構えた直剣を素早く平らにし、刺突をしてきた。

洗練され、素早い動きであったがいかんせん体の大きさゆえに脇が浮いていた。

「貰った・・・っ!」


私は相手の攻撃を剣で弾き、そのまま敵の懐に潜りこんだ。

そして鎧で防護されていない脇に剣を這わせて一気に切り上げた。


男は血を噴き出しながら、雪の上に倒れて絶命した。


ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る