第6話






中庭には、馬車と護衛の騎士が幾人か揃っていた。

彼らは僅かに3人で、そのうちの1人はすでに買収されていた。



王女がそこへ向かう途中にリップ卿とエルマーは計画を準備するために下がって、先回りする。


だから彼女は、たった一人で王の待つ中庭に向かった。



「・・・・皇太后、久しぶりよの・・・・」



王はそのおぞましい姿を隠そうともせずに、堂々と振舞った。

老醜だとて、王たる風格は未だ衰えていなかった。



「ご機嫌麗しゅうございます、王陛下」


彼女は深々と頭を下げる。

だが、王は彼女の振る舞いに懐疑的なようだ。



ヘレナもヘレナで、王に対する冷たい視線は普段の物であったし、その態度は決して夫に見せるそれではない。


王はいつも通り馬車に乗って、対するヘレナは馬に乗ってその横に付いた。


二人は窓越しに会話を交わす。


「・・・貴様は何故、狩猟に吾輩を誘ったのだ・・・?」


「陛下は最近、奴隷食い以外に、お外に出られていないようでしたので。気分転換に」


「・・・・吾輩は・・・・王である。易々と・・・城の外には出ん・・」


「そうですか、当然ながらそのお姿では出るところにも、出られませんでしょう」


ヘレナは相変わらずツンとした表情でその応答を聞いた。

間もなく一行は、城から出て西側の坂を下った。この道は郊外の王家の森に続く道だ。


途中から路地のように狭くなる地区がある。此処は地下にワイン樽の保管庫がある酒造地区だ。

石畳によって保護されたその地区はこの都市でも最も古い区画で、いまだに古い町並みが残っている。


「王陛下、一度ここらで下馬してみてはいかがでしょうか?」


ヘレナは馬を止めて王に歩く様に促した。


「ここからは、狩猟地を一望できます」


そこはどうやら階段が付いた展望台らしい。へレナは下馬してその階段を駆け上がった。



王はやはりその右手で体を支えながら同じように段差を登っていく。

ヘレナは彼の事を待ってやらない。


王はゼイゼイとその体をほてらせながら上へと上がってゆく。


「・・・・まて、皇太后よ。吾輩を置いてゆくな・・・・待て」



そんな呼びかけも聞こえずか、皇太后は背中も見えないほど上へと昇って行ってしまう。



「吾輩を・・・俺を、おいてゆくのか・・・・皇太后・・・待ってくれ。ヘレナ・・・!」

王は手を伸ばして藻搔いた。

しかし、それでも彼女は彼を振り切って階段の上にまで行ってしまった。



王は躍起になった。何故ならばそれが恐怖だったから。


彼女が自分の目の前から消えてしまう。そして自分は置いてけぼりで、独りぼっちになってしまうのではないか。

そういう妄想に取り憑かれた。


王には、自分と彼女との距離が、文字通り二人の時間軸の距離のメタファーに思えた。

だから、必死に手を伸ばした。




やがて王はそのゆっくりとした足取りで少し高い石造りの建造物の上に登った。


ヘレナはそこで彼を待っていた。


「アール。貴方は、なんでそうまでして力を得ようとするのですか?」


ヘレナは昔の様な親しみを込めて王に語り掛けた。

王は面食らった。


「・・・・その名で呼ぶな。我は今や、偉大なホードリック王であるぞ」




王は調子を取り戻すと、再びきっと鋭い視線で彼女を見つめた。

そしてぶくぶくに膨れた体をほてらせながら叫ぶ。


「俺は、神聖なるホードリックの大王だ!グレイブラントで不世出の神に選ばれし信徒だ!!」



「貴方は、なんでそうなってしまったの?」



「吾輩は、この大地を統べる唯一の王である。そうであれば、吾輩は永遠でなければならない。この中王国が永遠であるのなら」



「永遠なんて、存在しえないのよ」


ヘレナは言い切った。

王は、たじろいだ。






その瞬間、王の立つ石畳が崩落した。


その下は狭い地下室の様なワイン工房で王の巨躯には大きすぎた。彼の体はすっぽりはまってしまった。





「今だ!奴を殺せ!!」



建物の陰に控えていたリップ卿が合図を出す。


それを聞いた刺客たちは一斉に隠れていた場所から飛び出して地下室にはまった王の体めがけて槍や剣を突き刺した。




王はその瞬間、奇襲された事に気が付いて瞬時に”チート”能力を発動。彼は一時的に背中の防御力と体力を引き上げた。


背中の、背中ともいえないような膿の塊に7本の剣と槍が刺さる。



「くそっ!!こいつ!チート能力を!!」


突き刺したはいいものの致命傷にはならない。刺客たちは狼狽した。



王の背中からは濁った血が流れる。それは悪臭を放ち、剣と槍に絡みついた。

彼はそのままぶんっと右腕を振るって刺客たちを薙ぎ払った。




しかし、下半身と左腕は未だ地下室から出れていない。王は脱出しようとして却って瓦礫に埋もれて行く。




「エルマー!!やれ!!」

リップ卿が合図を出す。



屋根の上からその始終を見ていた私は抜刀し、王の頭上から勢いをつけて斬りかかった。


王は体をよじらせた。そして右腕で急所を守ろうと掲げた。




私は勢いのまま、目の前を塞いだ王の右腕を切り落とした。

どうやら彼のチート能力は背中の方の傷を癒すので手いっぱいのようだ。



腕はぶよぶよの腐った肉のようにすんなりと切れてしまった。




「ぐるるっ!!この!痴れ者め!!我を誰と心得る!!神に選ばれし、中王国の君主。ホードリック王であるぞ!!」


王は切断された右腕からおよそ生物のモノとは思えないようなおぞましい色合いの体液を流しながら喚いた。


私は、返り血を払いながら再び上段に構えなおした。



「若者喰らいの人身供犠を行う狂王よ!教皇エルドリッチの名において、このエルマー・ギースベルトが裁きを執行する!」


私は彼にはっきりと教皇の御名を告げて、教会騎士として討つことを表明した。



すなわち、これは”異端”の宣告である。



王は叫びながら、肥大化した体の一部を自ら引きちぎった。

そして、部位が減って身軽になったのか彼は瓦礫から脱出した。




リップ卿はその様子を見て、狼狽えた。彼の計画ではこのまま王を拘束して餓死させるつもりだったが、落とし穴から彼が脱出してしまった。



「歩兵下がれ!クロスボウ隊前へ!!」



卿は急いで後詰のクロスボウを呼び出す。


「手を出すな!!リップ卿!!」


私は卿に攻撃停止を停止するように言った。




「こいつは、俺の得物だ」

私は鋭い視線で王を睨みつけながら、宣言した。






王はそれまでふらふらした足取りで、疲れ切った老人の様な顔つきであったが

私の宣言を前にして、顔をほころばせた。




「・・・・ほう龍殺しの一族か。久々に面白そうな男が来たな」




彼はだんだんと、戦士であった自分を思い出すかのように、堂々とした歩きを見せ始めた。


そして、残った左腕の攻撃力を”チート”能力で引き上げると一気に飛び込んで私に殴りかかった。




私はそれを左へ転がって回避する。拳が地面に突き付けられると共に発生する地響き。


これを剣で受けては、恐らくそれごとへし折られてしまうだろう。




「どうした、その程度か。教皇の騎士よ」




王は闘志を持って私の前に立ちはだかった。


その顔は往年の英雄そのものであった。




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