第4話


ーーーー ホードリック地方 トルン 120年前




男は雨ざらしの中で、目を覚ました。

彼は、自分が何故こんなところに居るのか判らなかった。



ただ、自分には何やら特別な能力がある事だけは何となく、体が認識していた。




彼は自分の名をアールと名乗った。前世は不幸であった事だけは覚えている。

でも、その詳細はぼやけて何も思い出せない。




彼はまず、近くの町へ行った。だが、彼には言葉がわからなかった。だから彼は自分の”能力”を使った。


次に彼は食うに困った。だから彼は”能力”で剣をしたため、盗賊を襲った。


その街は自由市だったが、教皇が司教座を置く様に命令してきた。


彼は自衛する術を持たない町の人々の為に、自らの”能力”を使って教会が雇った傭兵団をことごとく殲滅した。


やがて彼はトルンの名士となった。




そのうち彼は周辺の諸侯に遠征してそれらを征服し始めた。


ホードリック地方は一度王を失ってから、長く統一王権を持たなかった。

彼は英雄として、ホードリック王国を再建し、その宰相となることを目論んだ。



一方で、彼にはもう一つの目標があった。




「エルフの伝説?」




彼はあまりの突拍子のなさにもう一度聞き返した。


部下は続ける。

「左様でございます。アール様。この地はかつて長命種、エルフの里があったと伝承があります。その多くは野望に身を焦がしたり、教会の魔女狩りで姿を消しましたが・・・


その生き残りがこの地で暮らしているというのです」




アールは生返事をした。彼の性分、こういう伝承は話半分に聞くのが常であった。


だが、部下の目があまりにもキラキラしているもんだから彼もなんだか信じてしまいそうだった。




「まぁ、探してみんでもない。タイミングが合えばな」




















その夜に行われた、敵の奇襲攻撃によってアールの軍は壊滅状態に陥った。

彼は軍を2手に分けて、合流地点を目指したが、いかんせん地元の者をなめていた。

この地域を治める敵であるボーデンホッホ家は土着した貴族で、山岳戦に関してはプロ中のプロであった。




流石のアールもチート能力がありながら、矢傷を負った。普段なら、体力のパラメーターを上げて無視するのだが


どうやら毒が塗られていたらしい。体にしびれが出始めた。おまけにもう何本か矢が刺さっていて、そちらはだいぶ深いところまで傷になっている。




「俺もしくったな・・・らしくもない」

彼は山中を一人でさまよった。

心音が早まり、チートの回復能力でも足りないほどの失血が、足を巡り、下半身を染め上げる。




「・・・動脈をやられたか。いかん・・・回復速度を上回るスピードで・・・」




ふらふらと視界が暗くなって行った。


そして、死がひしひしと首を登ってくる様を恐怖と共に感じ取った。




彼はもう一歩足を延ばそうとしたところで転んだ。そしてそのまま仰向けに寝転んだ。

瞼が重くなる。




「・・・天使が・・やってくる・・・」




お迎えだろうか、彼は薄れる視界の中に誰かの人影を見た。

それは天使の様な容貌で、ブロンドの青眼だった。












ーー




「はっ!!」


アールは混濁から覚めた。

倒れた後すぐに意識を取り戻したと思ったが、景色がだいぶ違う。




足元にはふかふかのベット。そして頭をぶつけるほどの低い天井。木々の匂いと、少し湿った布の香り。


余りに生活感があるそれらの様子から推察するに、どうやらここは天国ではないらしい。




「目を覚ましましたか?」



声の方へ振り返る。そこにはブロンドの長髪と笑顔を携えた美しい女性が佇んでいた。


「おお、天使さまか・・!」


アールは手を組んで、跪いた。このチート能力も神からの頂き物。彼は信心深かった。




だが、ブロンドの天使は「やめてくださいな、そんな風に祈るのは。私は教父さまじゃありませんよ」と洗濯物を持ちながら断った。




アールはポカンとしていた。


やけに生活感のある天使だなとは思いつつも彼は感謝を続けた。




「あんたが天使だろうがそうでなかろうか関係ない。あんたは命の恩人だ。感謝する」




アールはそう言って再び跪いて礼を申し上げた。


彼女はそれを聞いて、嬉しそうに答える。


「ふふっ、あなたの治りが早くって良かった。並の人なら死んでいる傷だったのよ」




彼女は耳に掛かる髪をかき上げた。そのブロンドの後ろ髪の合間からのぞかせた彼女の耳は長かった。


人間のそれとはまるで違う、彼女の鋭い耳は遠目にも分かった。








アールはそれを見て、死んだ部下の言っていた伝承を思い出した。


「あんた・・・エルフか・・!」




彼女はその言葉に驚いて振り返った。


「びっくりした、まだその名前を覚えている人が居るなんて」




「あぁ、ああ!知っているとも。君は何百年も生きてるんだろ!」




「いやいや、私はまだほんの40年だよ。まだ君たちでいう所の10代ぐらいさ」




彼女は今度は机の周りを片付けながら語った。

アールは目をキラキラさせていたが、彼女はそんなことなかった。




「あ、名前言い忘れてたね。あたしヘレナ。あんたは?」




「俺の名前はアール!聞いて驚くな!俺はチート能力を閊えるんだぞ!」




「へーそうなの。じゃ、これ持って」


ヘレナは話半分でアールの話を聞くと手に持っていたローブを彼に手渡した。




「これは・・?」




「あんた王子様?外に干してくんの。傷はもう癒えてんだから、治療分くらいは働きなさいよ」


ヘレナはアールに命令した。




彼は渋々それを引き受けた。家の戸を開いて外に出ると、そこは林の中だった。


木で作られたその家は、珍しい見た目をしていて彼の興味をそそった。




アールは洗濯物を干し終わると、部屋に戻り興奮気味で彼女に尋ねた。


「おい!この家は、エルフの特別な魔法で作ったのか!?」




「いいや、下の里の大工のおじさんに作ってもらった」

ヘレナは何食わぬ顔で答えた。




「えぇ・・・エルフは森で孤独に暮らしてるんじゃ・・・」




「どんなイメージよ。私はここでとれる山菜と木材を下の里で売って、そのお金で食べ物と取引したりして生きてるのよ」




アールはここに来てやっと彼女がだんだんエルフの理想像とはほど遠い事に気が付かされ始めた。


しかしその様子がむしろ親近感を彼に覚えさせて、憧れはだんだんと淡い恋愛感情へ変化していった。




「なぁ・・・あんた、結婚してるか?」


アールは彼女に迫って、突然変なことを言い出した。




ヘレナは思わず吹き出してしまった。


「はぁ?どういう意味よそれ?」




「あ、いや・・・年が行ってるからそう言う事もしてんのかなって」


率直すぎる物言いをアールはした。




「気持ち悪いわね」


ヘレナはちょっと意地悪な顔できつめに言った。




「うっ・・・・」




アールは自分の行動を恥じた。


しかしヘレナはまんざらでもない様子で、ちょっとからかっている風だった。


「それよりあんた、行かなくていいの?里の方で、アールってやつを探してる兵士たちが居たけど」




アールはまたもや目を丸くして、立ち尽くした。


そして突然慌てだすと、「そうだった!!」と言って家を飛び出した。




そして去り際に「エルフのヘレナ!また戻ってくる!絶対にだ!!」と付け加えて丘を下って行った。




ヘレナは椅子に腰かけたままそれを眺めた。そして去る彼の背中に手を振りながら言った。


「私は、ずっとここにいるよ。エルフは長命だからね。何年経ったってね」














ーー 数時間後、里から北方のある地点 




ボーデンホッホ家の軍は2000の軽装歩兵部隊である。


正規兵も多く、精鋭で固めていたがその数は少なかった。




そのため、アールのホードリック王国軍を相手にするには分が悪かった。


だが猛将フリッツ・ボーデンホッホは得意の山岳地帯での奇襲作戦を駆使して、アールの部隊に大打撃を与えた。




重武装を牽引しつつ山越えを行うホードリック軍が山道しか使えないのに対して


軽装のみで、補給も地元の村から行えるボーデンホッホの部隊は山岳地帯を縦横無尽に駆け巡った。




「急げ!この先の盆地が奴らの集結地点だ!要地を素早く確保して、奴らに対して防御陣地を敷け!!」


フリッツは林から兵たちを鼓舞する。此処を抜けて、敵の後背を突く。それだけで勝てる。




彼は焦っていた。と同時に勝利への確信も持ち合わせていた。


攻撃開始をするには隊形を整えなければならない。彼は今か今かと陣形整列完了の報告を待ちわびていた。




まもなく、部下が早馬で彼の元へ駆けて来た。


「申し上げます!!」



「陣形整列が完了したのか!?」



「いえ、違います!!突如として後方に・・・!!」

「アールの部隊が!!!」




フリッツはその報告に耳を疑った。アールの本隊は完全に崩壊して、逃げ去っているはずそれなのに。


彼は伝令の前で固まった。


そしてその瞬間に、林の中からばっと軽騎兵の集団が飛び出してきた。

彼らは、ホードリック軍の紋章を掲げていた。






「陣形整列の一瞬の隙を突かれたのか!!近衛兵!ここに集結しろ!他は密集隊形!!」


フリッツはそれを見て、が鳴り声で周りに指揮を行う。

だが、その声の張りが仇となった。


















アールは散逸した味方の敗残兵を素早く収容すると、すぐさま軽騎兵のみを用いて山越えを敢行した。


そして、ボーデンホッホ軍の本陣に、陣形整列の時の部隊同士の連携が弱まる隙を突いて突撃を行った。




これはほぼ賭けであったが、付近の敵部隊はまるで反応できていなかった。


アールは先頭で一番槍をとった。そして、大きな声で指示を飛ばす大将、フリッツ・ボーデンホッホを見つけた。




「いたぞあれが大将首だ!!」




アールはパルチザンを掲げて、一番槍で突っ込んだ。


フリッツは敵に気が付いて、近衛兵を呼び寄せたが間に合わないと判断して剣を引き抜いた。




「来い!!若造!!」




すれ違いざまの一閃。




フリッツの刀は宙を舞い、彼の胴体には槍が突き刺された。


一撃でフリッツは絶命した。


アールは馬上で彼の兜飾りを奪うと、それを掲げて高らかに宣言した。




「デュイスブルクを治めるフリッツ・ボーデンホッホ。このアールが討ち取ったり!!」










ーーーー




数年後になって、アールはこの山岳地帯の諸侯を一掃しホードリック西部の支配権を盤石なものにした。


そして彼はこの戦いが終わってから、再びヘレナの家に向かった。




「僕と結婚してください」




「じゃあ、あと100回通って」



ヘレナは意地悪なクエストを課した。

3年も待たされて、いくらエルフと言えど流石に頭に来ていたのだ。




だがしかし彼は本当に通った。国政の責務もあるだろうに来る日も来る日も。


最後はヘレナが根負けし、14回目で止めた。




「いいよ、あんたの妻になるよ。その代わり、”永遠”に愛しなさいよ」




「ああ、もちろん」



アールは泣いて喜んだ。


ヘレナもそんな彼の純粋さに絆されたのだな、と自分の甘っちょろさに辟易すると同時に感謝した。






やがて彼はホードリックの東部と北部に遠征した。


その二つはそれぞれエーベル公爵とノルトツォーリンゲン公爵がもっていて、彼らは二人ともホードリック王位を請求していた。


この二人の大貴族は手ごわかった。婚姻同盟を結んでいたため、付近の貴族も参戦して戦争は長引いた。




彼の”チート”能力をもってしてもやはり個人にできることは限られている。


30年してやっと両公爵を下した時には、アールはすでに55歳になっていた。


彼はヘレナが離れてしまわぬか心配になった。




「それでも、君は愛してくれるか」




「もちろんよ。貴方は、一度だって浮気しなかったしね」




今度はホードリック統一の最終段階として自由都市ヴァイスブルクを攻撃した。


この街は司教座がおかれていて、何十もの城壁に鎧われた城塞都市であった。




おまけに、此処の司教座はヴァイスブルク大司教が鎮座していて教会の騎士団や宗教騎士団がその増援としてやってきた。


アールは、焦った。彼ら強大な敵を前に、ホードリックは勝てるだろうか。否、自分の命がもつだろうか、と。




やがて、幾つかの攻城戦と野戦を経て彼はついにヴァイスブルクを包囲するに至った。


ホードリックはこの時すでに64歳。彼は急いだ。


人間の短い一生と比べれば、ヘレナの命は永遠に思えた。


そんな矮小な自分が、道半ばで死んでしまったのでは彼女の愛も消えてしまうのではないか。




彼は、この老齢になって複雑な心境を抱えていた。


「だがしかし、人間の自分に残されている時間はあまりにも少ない」


彼はそういう焦りを心の内で増幅させていった。




だからそのためには残虐な手段をも厭わなかった。




自分の”チート”能力で、城壁内に伝染病を流行らせ、井戸の水を干上がらせ


投降した大司教や騎士は愚か、一兵に至るまで皆殺しにした。




そうすることで、ヴァイスブルクは僅か1か月で落ちた。


英雄としてほしいままにした名声を汚そうとも彼はちっとも気に留めてなどいなかった。




やがて彼はホードリック中王国を打ち立てた。


もはや、大陸中部に彼に歯向かう者は誰も居ない。




それでも彼の増大した、矮小な猜疑心は収まるところを知らず


”国内の安定のため”という名目でかつて歯向かった貴族たちを宴に呼び出して皆殺しにした。










彼の老いは止まら無かった。


彼はヘレナを遠ざけた。ヘレナも彼の行いには何度も諫言をしていた。それを疎ましく思ったのだろう。と周囲は噂した。




彼はそれより少し前からアールという名を使わなくなった。


彼は自らの事をホードリック王とだけ名乗った。



やがて王はホードリック中王国が自分なしには存続しえないという妄執にとりつかれていた。


だから、彼は”チート”のうち禁忌とされた寿命伸ばしに手を出した。



彼の能力は何かを強化したり、習得したりする分には有用であったが、


運命に抗う行為には不向きであった。彼はその代償か、どんどん醜い姿へと変貌していった。


ブクブクと体躯は太り、その体表はぶよぶよとした膿のようになった。


「永遠なのだ、吾輩は永遠の君主である」



彼は”永遠”という言葉にこだわった。それが、誰によって教えられたのかも忘れても。




「吾輩は、永遠に吾輩でなければならない。そう、永遠に・・・・」



そして今日も彼は永遠の”チート”を求めて若人を貪る。




ーーー

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