第3話

ーーーー




「そうか、見たか王の所業を」




リップ卿は高壁の上で市街地を眺めながら私の話を聞いた。


私は、自分の使命以上に王への殺意を覚えていた。



「あんないたいけな少女を丸のみするなんて、私は教会の騎士として許せません」



「そうだな、このままいけば自分の市民にまで手を出しかねん」



リップ卿は依然として落ち着いた態度で喋った。

これがこの国では当たり前のようにまかり通っているのだと、態度で言わんばかりに。



「しかし、奴のチートスキルとやらでこの国がもっているのも事実。あれだけ異形になれ果てても、戦場に出ればお得意のチートスキルとやらで一騎当千さ」




卿は頭を撫でた。私は今すぐにでも王城に乗り込んで討ちたいほど激昂していた。

私は熱しやすい男なのだ。



「まぁ、待てエルマー。奴を物理的に殺すのには無理がある。あるいは、餓死させるにも正面切ってでは分が悪い」



「では、どうするのですか?」


私は純粋な疑問を彼に投げかけた。もったいぶるところがある伯爵は少しカッコつけてるのも相まってイラっと来た。


その装いだってベレー帽なんかを伊達に着て、太っていることをごまかしているようだった。



「私が、単に勤めの為だけに王都まで来るとお思いか?私がここに来たのは、協力者を招くためさ」




「協力者?」




リップ卿は指を鳴らして部下にその協力者を連れてくるように命じた。

そして間もなく、高塔の扉が開いてある人物が現れた。



それは女性だった。彼女は背が高く、ブロンドの美しい髪が特徴的だった。




「・・・このお方は」




彼女はフードを取ってその顔をのぞかせた。耳は長く、切れ目の美しい女性であった。


その特徴はまさしくエルフの特徴であった。




「エルフの方ですか!?初めて見た。長命種は皆、混血や戦争で死滅したと聞いていたが・・・」



「ご名答だ。このお方は、死滅したエルフの正当な生き残り。それもただのエルフじゃない。現ホードリックの皇太后さまだ」



私はそれを聞いて仰天した。そして焦って地面にひれ伏した。



「初めまして。ホードリック中王国の王妃のヘレナです。そう、畏まる必要はありませんよ。騎士様」




彼女は静かに笑いかけた。落ち着いた声だ。

私は畏れ多くて、首を上げよと言われるまで、額を地面に突き付けていた。



「皇太后殿下に王殺しのお手伝いをさせて頂くのですか?失礼ながら・・・何故ですか?」

私は恐る恐る聞いた。




「それは私がホードリック王をすでに愛していないからです」


とヘレナは言い切った。




私は度肝を抜かれた。ここまで夫婦というのは冷え切れるのか、と驚くとともにそれがどうしようもなく物悲しく感じた。


彼女は長命種で、王も延命を繰り返しているともあれば100年近くの結婚生活となるだろう。


永遠の愛などないのか。




私は新婚だったので、そこがどうしても心に引っかかった。



「殿下。失礼ながらお聞き申し上げます。貴方は、王を何故愛していられないのですか?」



「それは貴方達が王に感じた物を私が彼に感じてしまったから。彼はすでに恐怖と虚栄心に支配されている」

ヘレナは振り返り、高壁から市街地を見下ろしながら呟いた。




「皇太后殿下、これは個人的な質問なのですが・・・・やはり、永遠の愛など存在しえないのでしょうか」




リップ卿はその質問に少し眉を潜めた。私もこの質問が如何に無礼かは重々承知していたが


心の声が止まず、せざるを得なかった。




ヘレナは表情を変えなかった。そして振り返りもしなかった。その焦点は遥か、王城に向けられている。




そしてしばらくの沈黙の後、彼女は内に秘めた複雑な心境を感じさせる面持ちで


「・・・それは、王殺しを成したときに、お答えしましょう」


とだけ告げて、高壁を後にした。






ーーーー エルマー・ギースベルトの故郷




大陸の南部、オーカー・ヒルはギースベルト家の発祥の地であり、故郷である。


ここには小さな村が3つと教会。そしてギースベルト家の城館がある。


のどかな牧草地で、馬や畜産の生産も豊富だ。ギースベルト家はこの地の代官である。




しかし、この土地の本当の持ち主は教会の封臣である大司教で、エルマー・ギースベルトはさらにその封建騎士だった。


だから教会の催事や、教皇への出資で財政はかなり疲弊していた。




エルザは隣のコスターフィールド男爵家から嫁いできたは良いものの、旦那のエルマーは教会騎士として出ずっぱり。


領土の管理は結局エルザにすべて任せっきりだ。




最初、エルザはエルマーの逞しいところに惚れた。




彼は早くに親を亡くし、コスターフィールド男爵の庇護の元とは言えたった一人で家を守っていた。


彼はそのためには、戦場で傷を負う事も厭わなかったし、教皇の前で屈辱を受けることも厭わなかった。




だから、エルザは彼のその泥臭さに惹かれた。


しかし、いざ結婚してみればどうだろう。

彼は女性に対しては全くの奥手であった。




お互いに文を交わしたり、一緒にデートに行くようになっても彼は絶対に手を出してこなかったし


キスさえしなかった。




やがて、二人は男爵の許しを受けて結婚した。


エルザはいよいよ、初夜だという事で緊張していたがエルマーの方がよっぽど緊張していた。


普通は、男性の方からこういうことはリードすべきなのだろうが、”敬虔”に生きて来たからなのだろうか、或いは”経験”が無いからなのだろうか。




エルザがベットに大の字で寝ころんでも彼はあたふたして、とりあえず胸を揉んだ。


そして見当違いな場所を押してはいじくりまわした。




「・・・順序が違うでしょ」



彼女はそう言うと、もう我慢ならんという調子で、彼を押し倒すと服を引っぺがして今度は彼女がリードした。




それが、彼という人間だ。エルザから見れば、あまりに女性慣れしていない、むしろかわいげのある青年だった。


それ以降、二人の仲はむしろ深まった。エルマーは彼女の勝気なところが昔から好きだったし、エルザはそのギャップに大変興を見出した。




だがしかし、エルザは一つだけ彼に不満なところがある。財務管理にあまりに疎いということだ。




彼が幼少期から一人で帳簿を付けていたからなのだろうが、代官領の貸付と負債がはっきりしていなかった。借用書も手形も雑多に書かれた書類と倉庫にぶち込まれているさまであった。


彼女の最初の任務はこれだった。財政状況の明確化と管理である。幸い、他の貴族に対する負債は少なかったしその殆どが彼女の生家のコスターフィールド男爵家に対する物だった。


だが、自分の領民や商人に対する負債はだいぶ溜まっていた。おまけに、その手形を追っていなかったので誰に対して負債があるのか判らなくなっていた。




だがしかし、彼女はこれを成し遂げた。肝っ玉の彼女は実家の私兵も借りて、あちこちへと飛び回りあらゆる貸付を回収し負債も返却した。


嫁いで半年後には貸借関係はもはやコスターフィールド男爵家との無期限手形のみしか残っていなかった。


おまけにそれは、返せるようになったらで良い。という条件付きだった。




その矢先にである。こんなめちゃくちゃな命令を教皇から下されて夫が出向してしまったのは。


エルザはやっと二人きりで過ごせる時間ができると思っていたのに。










暫くして、彼から手紙が届いた。そこには任務で行くこととなったホードリック中王国についての事や、仕事仲間のリップ卿。そしてエルザへの愛がしたためられていた。


彼女は正直ちょっと引いた。3割は仕事や出向先の事についてであったが、残り7割は自分に対する愛のメッセージだったからだ。




ひょっとして彼は、私ともう一度会うまでそういう事を一切しないつもりなのだろうか?自慰行為すら不貞だと考えているならその信仰は病的だ。


まぁ、そんな風に彼の愛を育てたのは自分なのだが。




「まぁ、ともかく彼が元気に帰ってくればそれだけでいいのだけれど」




エルザは館に戻って、返信を書くことにした。




ーーー




一方、エルマーはホードリック王の暗殺に向けての準備を進めていた。


リップ卿と共に王国中の反王党派の貴族に声をかけて回った。




「そう言えば、貴方はなんで王を殺そうと画策しているんですか?」


私は、リップ卿に聞いていなかったなと思い、尋ねた。




「簡単な事さ、俺は好きだった人を喰われた」




「それは・・・」




「俺は、奴隷の子に恋してたんだよ。でも、その子高級娼婦だったんだ。法外な値段してね。ヴァイスブルクもまだ復興しきってなくて金なんてなかった。


だからたまに会いに行っては、世間話したり安い手芸品を渡すぐらいしかできなかった。そしたらあいつが、彼女を買って、喰っちまったんだ」




「・・・心中お察しします」




リップ卿は、ははっとその悲劇的な話には似合わないような表情で笑った。


そして何でもないような顔で話を続ける。




「別に、そんなことはどうってことない。俺は結局有力な侯爵のカミさんを貰ったし、あの子となんの約束もしてたわけじゃなかった。もう、顔も声も忘れちまった。30年も前の事だ。


第一、貴族が売娘に恋心を抱くなんて事あってはならないだろ」




私は彼の横顔が不気味だった。その笑顔はなんらごまかしではなく本当に心根から笑っているように見えたから。


でもだからこそ、痛ましく思えた。




「でもさぁ、やっぱり理屈とかじゃあねえんだよな。


俺は顔も声も覚えてないような子のために、命を投げうつ覚悟であの怪物に挑もうとしてんだから」




「そう、覚えてないんだよ。どんな子だったか。思い出そうとしてもどんな声だったのかも覚えてない。


でも、これだけは覚えてるんだ」




「彼女が俺の瞳の色がきれいだって言ってくれたこと。宝石みたいだってさ。自分じゃ気が付かなかったから、嬉しくて」




彼はふと頸飾ネックレスの中で一番大きな宝石を指さした。「この宝石を渡そうとしてたんだ。結局その日に彼女は消えちゃったんだけど」


リップ卿はそう話を締めくくった時にだけ、少し悲しそうな顔をした。



私はそれを見逃さなかった。












2か月くらいで、各地に送った書状の返事が来た。密偵は教会の者を使った。これならホードッリク王の監視の目もくぐれるだろう。


リップ卿は手紙を眺めて、少し苦い顔をした。




「・・・・これじゃあ、正面切っての戦争は無理だな」




卿はばさっと机にその書状を置いた。

私はそれらを手に取って読んでみる。



「これは・・・」



そこには、どの貴族からも王への反乱には助力できないと書かれた文章が並んでいた。


そして締めの言葉にはどれにも、王が死んだならば決起するという文言が付いていた。




「結局は、ホードッリク王に対する恐怖は拭えないという事だな」




リップ卿はこれらによって、やはり王を暗殺するしかないという結論に至った。


私は彼の言葉に頷くとともに、「やりましょう」と続けた。




リップ卿はもはや意地だった。ヴァイスブルクを開発しきった今、人生の目標などなかった。


どのみち、これ以上の栄典はホードリック王を殺さなければあり得ないし彼の猜疑心はきっといつか自分を殺すだろうという確信もあった。




「そもそも、ホードリック王とはどういう人間なんですか?」




と私は聞いた。私は生れてこの方、大司教領から出たことが無く外の世界も人づてを人づてに聞くことが多かった。


だからホードリック王についても英雄であるという噂以外は耳に入っていなかった。




「あれを、人間と言って良いのかどうか迷うが・・・まぁ彼も元は人間だった」




卿は話せば長くなると前置きを置いた。


私は覚悟して椅子に掛けた。


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