第2話

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世界の中心にあり、文化的・経済的にも先進地域であるグレイブラント大陸の5人の王たちはそれぞれが特殊な力を持っていた。



北方王リンドバーグはある日突然この世界に現れて”魔術”と呼ばれる能力で山岳の先の北方貴族たちを蹂躙した。


彼の手には杖が握られていたという。人づてに聞く話では、彼の前にはいかなる怪物も、騎士も歯が立たないらしい。


彼は末裔ではない。魔術によって数百年の生を得た。魔法こそが、この世界を形作る基礎だと彼は喧伝している。


もともとこの世界に魔法などなかったのだが。




大陸中央、グレイブラントのほぼ真ん中を治めるホードリック中王国は”チート”と呼ばれる能力を持った男が治めている。


能力を何でも数値化して見れるらしく、強力な騎士団を有している。


彼もリンドバーグと同じで、永遠の生を得た。しかし、不老ではないらしくその体はずっと老い続けている。




西側の大きな島。レーズラントは肥沃な大地である。ここはかつて荒野ばかりの流刑地で

飢饉が起こっては人々が相喰らう地獄の島であったが、”農業スキル”とやらを持つ人間が現れてからは

草木が溢れ、農業生産に優れた裕福な国へと変貌した。

今の国王は初代から数えて8代目。女性の王だという。






南方の海洋と島嶼部を治める交易国家。イラクリオン公国は”現代知識”なるものを持つ男が突然にして現れ、公爵として君臨した。


彼は比較的最近に現れた男で、雄弁に知識を披露したが教皇の不興を買い公爵位にしか叙されなかった。

それでも彼は自らを大王と名乗っている。




最後の一人は唯一皇帝と呼ばれる男だ。人呼んで最初の王。

その姿は誰も見たことが無い。数百年生きていて、ずっと城に籠っているとも。












「さて、どこへ向かうべきか」


私は、大陸の真ん中にある教皇院から北方へ行く道に出はしたものの、

どの大王へ謁見しようか、もとい殺そうかと悩んだ。私は正直、彼らの誰かを殺せるなんて思ってもいなかった。


精々よくて相討ちか。そうすれば、家族の生活は保障すると教皇は言っていた。






結局私は、行商人の馬車に便乗してホードッリクの中王国の方へ進んだ。

教皇からヴァイスブルク伯爵のリップ卿が力になってくれるだろう、との言伝も受けていた。

仲間が居るなら、彼を頼ろう。




加えて、ホードリック王は長い治世の間ですっかり腐り切り、耄碌していると聞く。

”チート”なるものも、老眼ひどく鈍っているだろう。


「とはいえ、相手は大王。どうやって殺すか・・・」


私は馬上で悩んだ。



「あんた、どこへ行くんだい」

私が顎をさすりながら、あれこれと思案しているところに行商の主が話しかけてきた。


彼らはホードリック南方の都市、ヴァイスブルクへ向かうらしい。




「君たちの目的地のずっと先さ」


私は上を指さして告げた。



行商達はいい顔をしなかった。


「あんた、なかなかに男前だから忠告しとくがね、ホードリックの中王国に行くなら用心した方がいいよ」



「なんでだ?」



「あの王様は狂っておられる。ご乱心さね」



「耄碌してるのか」



「あれは、耄碌なんて生易しいもんじゃない。悪魔憑きさ」

「噂によれば、王は人を貪っているらしい。”チート”とやらを引き延ばすには、若い体と魂が必要なんだと」



商人たちは人目を憚る様に教えてくれた。

私はごくりと唾を呑んだ。




馬車はもう後戻りができない。






ーーーーホードリック中王国 南方都市ヴァイスブルク





やがて、馬車はホードリックの南部、ヴァイスブルクに入った。


この都市はヴァイスブルク伯リップ卿によって統治される商業都市で、ホードッリク南部の中心都市として栄えている。


かつては自由都市で司教座もあったらしいが今から100年前”チート”を使ったホードリック王によって陥落させられた。



それ以降はホードリックの正規兵たちが屯し、その支配下に置かれながらも


リップ卿の才覚もあり、豊かな商業都市として高名である。郊外には街道が通り、河川交易の中継点となる河岸まである。


しかもそれらは、多少の税を払えば簡単に使用できる。100年でここまで復興できたのはこういった努力のたまものだろう。




郊外には先ほど述べた様な河川の波止場や商人たちの市場が集う小都市が点在しており、非常ににぎわっていた。


城壁内部は市民たちの生活空間で、街道が整備されていて郊外の賑わいとは打って変わって整然としていた。


そしてその中心には伯爵の所在地たる城が堂々と鎮座している。




私はまず、この街の領主であるリップ卿の元を訪れた。彼は、ホードッリクの封臣でありながら反国王派閥の盟主として有名だ。


獅子身中の虫、と言わんばかりの食わせ物だが、ホードリック王は彼を簡単には殺せない。


商業都市として復興したヴァイスブルクの税収は中王国を支える重要な拠点であり、その利益の多くがリップ卿個人の手腕とコネクションによるものだからだ。



だから、王は彼を飼い殺す事にした。リップ卿も表面では王の従順な僕として振舞った。






「ご機嫌麗しゅうございます。伯爵様」


私はヴァイスブルク城へ入り、伯爵に謁見した。




リップ卿は丸い体躯を持った、優しそうな男だった。

「教皇様からの、ご使者ですか。失礼ですが、何かご書状や証明できるものをお持ちですか?」



私はおほんと咳払いした。



「・・・・なるほど、人払いですか」


リップ卿は察しの良い男のようだ。


私の振る舞いを見るなり、彼は目配せしてごく近衛の兵2人を残して他の者を退出させた。



「申し遅れました。教皇の騎士エルマー・ギースベルトでございます。・・・教皇様はおっしゃられました。神からの啓示で、王たちを殺せと」


私は胸元から宣旨(高位の者から出される伝達所。此処では教皇)を取り出し、卿に手渡した。




卿はそれを受け取るとすぐに開いて目を通した。




「・・・どうやら、本物らしいな。だがエルマー。教皇はどうするつもりだ。腐ってもホードッリクはかつての英雄。”チート”スキルがある限り我々の様な剣しか持たない者はどうしようもない」



「・・・・奴は、どういう能力を持っているんですか卿。

相手の能力を見れるというのは知っているんですが」



リップ卿は少し考えて、目を閉じて語った。



「奴の能力は、簡単に言えば自分の能力にテコ入れするというものだ。自らの能力値を引き上げたり、何かの技能を得たりする」




「・・・しかしそれが、何故若いものを喰うのと関係があるのですか」




「それよ、奴が老醜と呼ばれる原因は。奴は若いころは自由自在に自分の能力をいじれたが、今では老いる速度に勝てていない。

若者を食い散らかしているのは、”チート”を維持するためなんだと」



私は何となく相槌を打ちながら彼の話を聞いた。

固有名詞だらけで訳が分からなかったが何となく、彼が恐ろしいことをしていることは分かった。



「では、奴を殺すにはどうすれば?」



リップ卿はその質問に頭を悩ませた。


「奴は正面戦闘では未だに敵なしだ。殺せるのは、他の英雄ぐらいではないか」



「だが、奴が若者を貪るのを防げば死ぬのではないのですか?そのためにこれだけ躍起になっているのですから」



「まぁそう急くなエルマー。そうだとも、奴を殺せないなら勝手に死ぬようにすればいい。餓死をさせるようにね」



リップ卿はここじゃなんだと私を誘ってバルコニーへと出た。

そこからは街を一望できた。卿は隘路を指さしてまた語りだす。



「見たまえ、あの細道を。ああいうところに誘い込めば巨躯の奴にはつらかろう」



「ホードッリク王はどんな体つきをしているんですか?」



「聞くより、見た方が早い。近いうち私も北へ行く。ホードリックの居城へ向かうのだ。向こうで会おう」




リップ卿は簡単に告げ、部屋を後にした。

私は、頷くとすぐに旅装を整えて次の街へと向かう準備をした。




ーーーー




北へ向かう途中の宿場町。私は途中の教会に寄り、教皇と妻への手紙をしたためた。



内容はリップ卿とホードリック王の事。人を喰らうというその所業についても。

そして、妻への愛を数十行したためて。



私はその手紙を、教皇への手紙と共に密偵に託した。

中継となる教会の神父は、その内容を審査すると言って私の手紙と教皇への手紙を確認した。




「教皇への手紙、拝読いたしました。内容も問題なさそうです。すぐにでも密偵に届けさせます。ただ・・・」



「?」



「奥様への手紙は・・・少し、なおされた方がよろしいかと」


神父は少し眉を潜めて、困り顔で提言した。



「具体的にどこら辺をですか」



「奥様への愛が深いのはわかりますが、これだけの文量を割くのは異常です・・・」



「それのどこがいかんのですか?教会では、愛は正しい行為でしょう?」



「ですが・・・・」




私は侮辱された気になって、バンと机に手紙を叩きつけて教会を出た。


なんだ、異常とは。私は彼女が好きで仕方がない。

彼女は魅力的な女性だ。私はそれを誇りに思っていたし、彼女の美貌は誰にも明らかだ。



彼女の短髪は綺麗で、頭もよい。


結婚できてよかった。彼女が告白してきた時には舞い上がるほどうれしかった。

そしてその気持ちはまだ薄れていない。



もっとも、そういう所が他人からすれば異常この上ないのだろうが。



ーー



街道を北へ登り、私はついに王城にたどり着いた。名をトルンと云う。

ここは、世界が狂ってからずっと曇りばかりで薄暗い。




城壁は高く積まれ、王の猜疑心を表しているようだ。


市街にもどんよりとした雰囲気が立ち込めている。人々は王を恐れ、ただ傅くのみだ。




今度はリップ卿の書状を見せて、城門をくぐった。

兵士たちはぎろりと私の方を見て、顔を覗いた。



「リップ卿の客将で、教皇の騎士ですか。お名前は・・・」



「エルマー・ギースベルトです」



サーコート(丈長で、鎧の上に羽織るコート式の衣服。主に下士官や正規兵が着た)を着込んだ下士官は暫く猜疑的な表情で私を眺めてから

顎で奥に行くように促した。




なんだ、下士官風情が偉そうにと思ったが、私はぐっとこらえて進んだ。


門衛の数人が私に案内として、馬の綱を引いてくれた。もとい、監視役だろう。彼らの目は常に外ではなく私に向いていた。




街はかつては美しい街だったのだろうが、ヴァイスブルクの様な活気はない。


ゴシック建築の教会や城を遠くに臨むトルンは、3層の城壁と大堀からなる城塞都市で谷あいに存在する。




かつて、巡察王権であったころには中央の盆地を治める行政の中心地として栄えたが


ホードリック王がここを居城として巨大な要塞を建築してからはこのように暗雲立ち込める恐ろしい市街へと変貌してしまった。




リップ卿は市街の一角の高塔に宿泊しているらしい。


私は市街の端々に流れる不幸の雰囲気に背中をくすぐられながら私はその高塔へ進んだ。




その途上で、私は奴隷商人に会った。


トルンではこういう穢れた商売を市街にいれるのか、と少々驚いた。




しかしすぐにその理由は分かった。


奴隷市場に仰々しく着飾った一団が現れた。


私は彼らが何者か全くわからなかったが、民衆はひれ伏し奴隷商人も目にわかる様に遜った態度をとった。




「陛下、本日は御日柄もよく」と商人。その視線は奥の馬車に注がれていた。


車は影が差して、イマイチはっきり見えなかったが何か大きなものがうごめているのは分かった。




私は彼の存在に気が付いて下馬した。おそらく彼がホードリック王だろう。


その影はだんだんと陽の光の下にさらされた。




私はその姿に絶句した。彼は人馬を超えるほどの大きさを持った巨躯で、しかしその体つきはぶよぶよの膿の塊の様であった。


およそ人間の見た目ではない。彼は不死になって生き続けているというより、死に続けていると云った方が似合うだろう。




深紅のローブに、あせた金色の王冠を掛けたその醜い怪物は、肥大化した右手で体を支えながら奴隷の顔を一つ一つ覗いては品定めをした。




奴隷たちはきっともっと南の方から連れてこられたのだろう。彼らがささやいているのはホードリック中王国の言葉ではない。


王は首をもたげて、少し気になればそのべとべとの腕で散々に奴隷を触った。




やがて、王は一人の少女の前で立ち止まった。褐色の肌を持つ子供だ。年は14か15ぐらいだろう。



「・・・・これをよこせ」




王はそう言うと商人にその娘の縄をほどかせた。


親衛騎士たちはその娘の腕を掴んで、連れて行こうとした。




彼女は、まだ状況が呑み込めていないらしく


自由身分にしてくれた事に感謝している。

何とも痛ましい。




だが、王はそんな言葉など気にせず彼女の前に進むとその右腕で彼女の細っこい体を掴んだ。


女の子は何が起こったのか判らず、泣き叫んだ。そして、ばかんと開いた王の口に放り込まれる前にこちらへ向けて助けを求めた。




親衛騎士も、商人も、言葉が判らないのだろう。

皆顔を下げて、直視しないようにしていた。


だが、私には痛ましい事にその言葉が理解できた。




「たすけて、だれかたすけて、怖い」




彼女は足をじたばたさせながら必死に訴えた。


泣き叫んで、喉が裂けそうなほど悲痛な声で。




やがてその悲鳴は王の咀嚼音を境に聞こえなくなった。


王は何度かグロテスクな音を立ててかみ砕いては、そのまま彼女を飲み込んだ。



「ルイス、払っておけ」



そして、部下に金を払わせると再び馬車に乗り王城へと戻っていった。

残された奴隷と、市民たちは震えて傅いている。




私はその惨憺たる光景に、恐怖と怒りを覚えるとともに


吐き気を催した。





そして路地の陰へ行って、嘔吐した。




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