すべてのなろうにさようならを

ハンバーグ公デミグラスⅢ世

ホードリック中王国編

第1話


ーーー




平行世界という概念をご存じだろうか。


我々の生きている世界には、いくつもの選択があって数十億の人々がその取捨選択を繰り返しながら、維持されている。


だが、彼ら一人一人がもし違った選択をしたならば?



その大小はあれど、やはり世界は変わった様相を見せるだろう。本来の世界とは違う別の運命をたどった世界だ。これを平行世界という。


しかしながら世界線には収斂する特徴もある。これは一度広がった数多の平行世界が再び一本の線に戻っていくという修正力。


例えば、あの時少年が本を拾って起こった交通事故は別の世界でも3日後に起きた、とか。あの時皇太子を撃って始まった戦争が、別の世界では4日後に港の爆破事件で始まった、とか。


この様に世界には、運命を正す”修正力”というものがある。



だがしかし、あまりにも大それた運命の解れはその修正力から外れてしまう事もある。

これでは世界が持たない、と神はやがて悟った。


だから彼らはその運命の解れ、あるいは自分たちの仕事のミスを、ある一つの世界線に押し込めることにした。



彼らは今日も嘯く。



「運命が解れて、狂ってしまった」




「だったらあそこに捨てればいいではないか」




「グレイブラントに」






ーーーー グレイブラント 中央大陸教皇領




何時からだろうか、世界がこんなにもおかしくなったのは。


私が子供のころは、世界は普通だった。朝が来て、夜が来て、季節があって、人は生きて、死んで。


そんな普通が、今この世界では壊れてしまっている。


4月に雪が降ったり、12月に雨季が来たり。朝だと思ったら、急に夜が訪れて、雷が落ちたり。

私の隣屋の子供は、ある日唐突に発狂したかと思ったら獣になってしまったり。


私たちの住む世界はどうなってしまっているんだろう。



人々は祈った。

「主よ、我々をお救い下さい」


私も、教会の騎士だったので同じように祈った。断食したり、異教徒の様に水を被ったりした司教も居たが、無慈悲にも世界はどんどん歪んでゆく。


西の大陸では大地が崩れ始めたという。








しかし、ある日突然に神からのお告げが訪れた。


「5人の大王を殺し、世界を正せ」




神は突如として教皇の前に現れては、この言葉だけを残して消えてしまったという。




5人の大王とはこの大陸。グレイブラントを5つに分割する王国の君主たちである。

彼らは、突如としてこの世界にやって来た”転生者”の末裔でその絶大な能力で持って諸侯や貴族を従わせ、覇者として君臨している。



教会の司教たちは教皇の言葉に懐疑的であった。



計略によってのし上がった彼が、突如として信心深い事を言ってみても

何の策謀か、と疑うばかりだった。



しかし、教皇はそんな意見など気にせず雄弁に語った。



事実、このまま何もしなければ、世界が腐り死んでゆくのは明らかだったし

この言葉以外に、神の啓示は何もなかった。




だが、教皇は簡単に戦争を起こせる状態ではなかった。




教会はすでにグレイブラントを治める5人の大王に聖職叙任権を握られていて、身動きが取れない。


教皇直轄領は僅かにあるのみで、到底国家に歯向かう事などできない。彼にできるのは、破門という言葉での威嚇ぐらいだった。



「となれば、暗殺しかあるまい」

と彼は言った。




教皇は大王を殺すべく、幾人かの騎士を取り繕った。

そのうちの一人に私は指名された。

私は、別段行く気もなかったので、断ろうと思った。



大王を殺せなどと、大それたこと。成功するはずが無い。死にに行くようなものだ。


私には家族が居た。父と母は早世したが、何とか所領を守り生きて来た。最近遅まきながら20歳の節目で妻を貰った。


相手は18歳の生娘で、隣の男爵領の令嬢だ。

昔から男爵には何かと助けてもらっていたよしみで結婚に至った。名をエルザという。




可愛らしい子で、小さいころから何度も会っていた。私が19の時に向こうからアプローチされて、昔からの知り合いだったのもあり話がトントン拍子で進んだ。




私はまだ子供も居ない。どうせ、死ぬんだったら少しでもエルザの優しい肌に触れていたい。


世界が滅ぼうと知ったこっちゃない。










「貴様は誰だ」


教皇は私の顔を見るなり、覗き込むような視線と共に尋ねた。


誰だとはなんだ。自分で呼び出しておいて。




「私は、トイスブルク大司教領の封臣。エルマー・ギースベルトでございます」



「ほぉ、貴様が龍殺しの末裔か」



「私より数えて3代昔。曽祖父ハインツ・ギースベルトは、北方の竜を仕留めその首を教皇に献上いたしました」


私はごくりと唾を呑みこんだ。


しわがれた教皇の声帯と、干からびたような彼の様子はどちらかというと悪魔に近いような気がした。



「私は、今回の話。恐れながら辞退させていただきます」


私ははっきりと言い切った。どのみち、大王を殺せたところで世界が元通りになる保証もない。


そんなことに私の命を賭ける価値があるわけがない。




教皇はふん、と鼻で笑うと「そうか、タダでは動かんか」と言った。


そして彼は凭れていた椅子から立ち上がると、私の元までやって来て耳元で囁いた。



「貴様の曽祖父はたしか、聖人に列せられていなかったな」



「・・・・・」



私は黙り込んだ。


そうだ、曽祖父は龍殺しを成し遂げたが、その帰り道に略奪をした疑惑を掛けられて罪人として殺された。



「哀れよの。教会が認めてさえくれれば」


「どういう意味でしょう」


「・・・大王の首を持ち帰れば、お前の曽祖父を聖人にしてやることも夢ではない」



私は目を見開いた。心臓がドクンドクンとなるのが自分でもわかった。

私の家はもともともっと大きかった。伯爵クラスの貴族で、武勇で鳴らした家だった。


しかし、曽祖父が罪人にされた事によって家は没落。所領を取り上げられ祖父も父もみじめな貧乏騎士としての生活に苦しんだ。




「だが、断るなら仕方あるまい。貴様も罪人にするしかあるまい。

お前の妻の名は・・・なんといったかな?エルザだったか。あの可愛らしい妻が賊の慰み者に成るとはな。残念だ」




教皇は堂々と、その悪意を隠すまでもなく脅してきた。

私は怒りと恐怖のあまり震えて、拳を握った。


「あなたは、まだ私たちの事を弄ぶのですか」


「宗教とはそういうモノだよ」


教皇はにやりと笑うと、私から離れて再び椅子に腰かけた。



私は暫く立てなかった。教皇はにたにたと笑いながら、私の返事を待っている。

父祖たちだけでなく、私の腕にもまとわりつくのか。この教会は。



私は燃える様な目つきで教皇とそのシンボルを睨んだ。


なんなら、すんでのところで抜刀して斬りかかるところだった。




だが、しかたあるまい。再び憂き目にあわないためにも。

妻につらい思いをさせないためにも。


私は怒りを飲み込んで、「謹んでお受けいたします」と教皇に申し上げた。



彼はそれを聞くなり、態度を軟化させ「期待しておるぞ、成功の暁には所領を増やしてくれようぞ」と言い放った。





生きて帰す気など、ない癖に。


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