第4信 裏社会からの手紙


 📞📞 来信 📞📞



前置きはナシだ。

おめーを狙ってるやつがいる。

なんで分かったとか、どうして教えてくれるのかとか、くだんねーこと訊くのもナシだ。どうせおれが答えてやれることなんざ小指のさきっぽほどもねえ。

おれがだれか、なんてのも訊くなよ。

おめーはただおれの忠告を聞いておけばいい。


言っておくが、警察に駆け込んでもムダだぜ。

上層部にグルになってるやつがいるからすぐ握りつぶされるだろうし、ヘタすりゃ署内で殺られっちまうのがオチだ。

どうせおめーのことだからのほほんとしてやがるンだろうが、これはマジだ。今回だけはおれの言うことを信じろ。


この件に関しちゃ、おれはおおっぴらに動くわけにいかねえ。利害がごちゃごちゃに絡みまくっていやがるからな。


とにかくおれからの忠告はふたつだ。

件からは手を引け。

しばらく家ンなかにでもひき籠ってろ。


といってもどうせおめーは聞かねえンだろ。

なにか言いたいことがあるなら聞いてやる。助けがいるなら、言え。

おめーのことはどうでもいいが、おめーが死ぬと、泣くやつがたっぷりいやがンだよ。まったくめんどうかけやがって。


明日使いをやる。そいつに返事をわたせ。

しちめんどくせーことに巻き込まれやがって、ま、おめーらしいけどな。

せいぜい長生きしろよ。




 📞📞 返信 📞📞



 きみがどこのだれだかは詮索しない。ともかく、ご忠言ありがとう。


 あの件から手を引け、というのだね。

 今ぼくが扱っている案件は多岐にわたるからどの件を指しているのかはっきりわからないけれど、もし最近メディアを賑わしている汚職事件のことを言っているなら、残念ながら答えはノーだ。

 もちろん、きみを信じないってわけじゃない。きみの友情も。

 きみの好意はありがたい。でも問題は、ぼくは職業倫理上の要求からも、個人の感情としても、ぼくを頼ってきた依頼人を見捨てて放り出すことはできないってことなんだ。


 真相に蓋をしておきたい連中がいるのは想像できるし、そのためには人殺しも辞さないって手合いも中にはいるんだろうな。

 でもそんなのはぼくを止める理由にはならない。

 命が惜しくないってわけじゃない。ただ自分が助かるためなら他人を見殺しにしていいとは考えられないんだ。

 もちろんぼくだって簡単に殺されるつもりもない。

 仕事を遂行しなきゃならないから完全にひき籠るわけにはいかないが、身辺には十分注意しよう。


 助けの申し出はありがたいけれど、甘えてはいけないと思う。

 きみに迷惑をかけるのはぼくの本意じゃない。

 ……これじゃまるで、ことごとくきみの忠告に逆らっているみたいだな。せっかくの好意に反することになってしまうのは申し訳なく思っている。

 でもおかげで危険が迫っていると知ることができたし、身を守る心構えもできた。誰も泣かせたりしないためにね。


 あらためて、きみの心遣いにありがとうと言わせてくれ。

 きみこそ命を大事にして、いつまでも元気でいてくれることを祈っているよ。

 さよなら。




※ 手紙の差出人は反社会的な存在であるようです。このような場合、距離感に注意を払うことが致命的といってよいほどの重要事になります。


 いつの世にも反社会的な組織というものは存在し、なんらかの形で接点のある人も少なくないでしょう。

 たとえ犯罪的な性向を有していたり実際犯罪歴があったりする人であろうとやはり一人の人間であって、隣人として付き合うのは悪いことではありません。

 ただし、もし貴方が社会と法の秩序から大きく足を踏み外すことなく生きてきた人ならば、反社会的組織に生きる人たちの倫理観は貴方の常識・良識と必ずしも一致しないこと、従って彼らとの付き合いには相応のリスクが伴うことは認識しておくべきです。


 代表的なリスクを三つ挙げておきますので、頭の片隅に置いて、付き合い方にはご注意ください。

1.仲間のような顔して近づいたあとはいいカモにされ、骨までしゃぶり尽くされる

  →最後は殺されるか、みじめな野垂れ死に

2.警察ににらまれ、反社認定されてしまう

  →表の社会から弾き出される

3.事件や抗争に巻き込まれてしまう

  →やっぱり殺されてしまったり、裏の世界に首まで浸かってしまったり


 そこで、返信の手紙には、以下のような意思表明を盛り込んでおくと良いでしょう。

・差出人に敵対する意思はないこと。

・正義を重視すること、反社会的勢力に加担する気はないこと。

・いざとなれば不正と戦う気概があること。

・また、保護や便宜の申し出を受けても、謝絶しておくのが無難であろうと考えます。(ここを突破口にして蜘蛛の糸に絡めとる手口は彼らのお家芸です)



 もちろん十把一絡げに語れることでないのは言うまでもありません。相手をよく見極めてお付き合いください。

 この手紙の主も、たまたま上記の注意に適った返信を書いていますが、文面はお人好しまる出しで、人の悪意に対しまるきり無防備な様子が見受けられます。他人事ながら心配になってしまいますね。

 神のご加護でも得て、ぶじ難局を乗り越えられますように。(私ならとやらからはあっさり手を引きますけどね)


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