幼児探偵

時輪めぐる

みっちゃん失踪事件



「じけんよ~! じけんよ~!」

 アユちゃんが、園指定のスモックとおさげを揺らしながら教室に走り込んで来た。

 いずみかわ幼稚園すみれ組に、息を切らした村田アユちゃんの声が響き渡る。

「ウサギの、みっちゃんが、ゆくえふめいよ~! たいへんよ~!」

「ゆくえふめいって、なぁに?」

「いなくなったってことよ」

 阿形クリスティは、赤い伊達メガネをクィッと上げて、すみれ組の級友に説明した。


 アユちゃんは、すみれ組の情報通である。

 先日は、皆が使うトイレのスリッパの上に蛙が鎮座しているのを、いち早く知らせ、皆が蛙を踏むのを未然に防いだ。その前は、担任のノリコ先生が近く結婚することを、何処からか仕入れてきた。

「じけんよ~! じけんよ~!」のアユちゃんは、一目置かれる存在だった。


 ウサギのみっちゃんは、ネザーランドドワーフの女の子。ホーランドロップの男の子ふぃーちゃんと、隣同士のケージで飼育されている。どちらも園の人気者だ。園庭では、ウサギの他に、烏骨鶏のうっこちゃんと、けいちゃんも飼育されていた。


「く・わ・し・く」

 クリスティは、アユちゃんの前に立った。

 アユちゃんが言うには、

 スモックにお着替えして、烏骨鶏うこっけいのうっこちゃん、けいちゃん、ウサギのみっちゃん、ふぃーちゃんに、「おはよう」を言いに行ったら、いつも寄って来るみっちゃんが、来なかった。

 ねんねしているのかと思い、お家を覗いてみたけれど、何処にもいなかったのだと。

「ふーむ」

 クリスティは、鼻をひくつかせた。

「におうわね」

 周りの皆も、鼻をひくひくさせる。

「あ、きょうのきゅうしょくは、カレーだ!」

「ぼく、カレーだいすき」

「おれも」

「あたしも」

「ノリコせんせいに、おおもりにしてもらうー」

 皆が大好きなカレーだった。

「ちがーう!」

 クリスティは、腰に両手を当てて言った。

「これは、じけんなの。じけんのにおいがするって、いったのよ」

「じけんのにおいって、どんなにおい?」

「……そ、それは」

 事件の臭いと言ったものの、どんな臭いなのか知らなかった。

「うーん、うーん、とにかく、じけんだってこと!」



 クリスティは、大のミステリー好きだ。

 これは、ミステリー好きの家庭環境によるところが大きい。両親は、女の子が生まれたら付けようと思っていた名前があった。それは、『クリスティ』

 苗字の『阿形』に、クリスティと名付けたら、あの有名な推理作家の『アガサ・クリスティ』と一文字違いの『アガ・クリスティ』になる。

 だから、妊娠が分かってから両親は、あちらこちらの神社仏閣に「女の子が生まれるように」とお参りに行った。その甲斐あってか、無事に女の子が誕生し、クリスティと名付けられた。因みに母親はイギリス人。クリスティの金髪くるくる巻き毛は、母親譲りだ。


 クリスティが、初めて覚えた言葉は『ミステリー』もっとも、ちゃんと発音出来た訳ではなく「みってり」と言っていた。

 一歳半検診の時も、ママを指差しては「まま」「みってり」と言い、「わんわん、どれかな?」の問いに犬の絵を指差し「わんわん」「みってり」と言っては、保健師さんを困惑させた。


 自宅の本棚には、大人向けのミステリーは勿論のこと、幼児向けのミステリーもズラリと揃っている。大人向けは、内容に配慮が必要なので、専ら、ひらがなで書かれた幼児向けの本を読むのがクリスティの日課だ。

 某『見た目は子供、頭脳は大人』の名探偵のファンでもある。なり切る為に、赤い伊達メガネを掛けている。



(これは、たんていのでばん。わたしの、うでのみせどころ)


 クリスティは、皆をぐるりと見回した。

「ダイング・メッセージってしっている?」


(このあいだみたアニメで、いってた)


「なぁに、それ?」

「ひがいしゃが、しぬときに、のこしたメッセージのこと」

「えーっ、みっちゃん、しんじゃったの?」

「そんなの、いやだよ」

「かわいそう」

 グスン、グスン、エーン!

 ワーン!

 ウエーン!

「ちょっと、まって」

 アユちゃんが、突っ込みを入れる。

「みっちゃんは、いなくなったけど、そのあとは、まだ、わからないよ?」

「ま、まぁ、そうね。でも、なにかメッセージを、のこしたかもしれないから、みんなでさがしてみよう」

「どこを、さがせばいいの?」

 皆は、クリスティの顔を見詰めた。

「……ダ、ダイニングっていうのは、たしか、しょくどうのことだから、そこにあるかも」

「そうなんだ。クリスちゃん、ものしりだね」

 クリスティは、クリスちゃんと呼ばれている。クリスティと言うのは、園児には、少し長過ぎる。

「しょくどうに、いってみよう」

 上島マイちゃんと田中タロウくんは、おトイレに行くと言って離脱した。

 その他のすみれ組の皆は、クリスティを先頭に食堂を目指した。いずみかわ幼稚園では、全クラスが一堂に会して昼食を取る。



「あーっ、やっぱりカレーだ」

「カ、カ、カレー♪」

 即興の歌を歌い出す。

 食堂に隣接する厨房は、ガラス張りで食堂から中の様子を覗くことが出来た。

 給食の調理担当のおばさん達が、大きな鍋でグツグツとカレーを煮込んでいる。

 年少組、年中組、年長組、それぞれ一クラスずつある。一クラスが二十人なので、園児だけで六十人、そこに職員の分を入れて七十人分位の食事を毎日提供していた。


 すみれ組の皆の手形やが、ベタベタと容赦なくガラスを汚したが、そんな事を気にする者はいない。


(はっ! カレーに、きを、とられてしまった)


 ガラス窓からおでこを離す。

「メッセージを、さがそうか」

 クリスティの言葉で、皆、我に返ってガラスから離れ、食堂を探索し始めた。

 まず、皆が食事する幾つかに分かれたテーブル。八十脚の椅子。テーブルの下、そして壁。

 テーブルの上には、クラスの名前が書かれた三角すいが置いてある。年少『ひよこ』、年中『すみれ』、年長『まつ』、それぞれ黄色、紫色、緑色で書かれている。

 特に変わった様子はない。椅子の上にも何もない。テーブルの下を覗いたが、チリ一つおちていない。

 ここに、メッセージは無いのだろうか。

 皆が諦めかけた時、室内を歩き回っていたクリスティが、壁を指差した。

「みんな、ここをみて」

 皆は、壁の前に集まった。


「よく かんで たべましょう」

「ごはんのまえに てを あらおう」

 アユちゃんが読み上げる。

「そこじゃない」

 クリスティは、通用口近くの壁の張り紙を読み上げた。

「ウサギ ×は ×く ×んでください」

 ×の所は知らない漢字が書かれていて読めないが、『ウサギ』と書いてあるのが分かった。

「これ、『く』じゃなくて、『し』なんじゃないかな」

 男の子が言うと、アユちゃんは泣きべそを掻いた。

「うさぎは、しんでください? ひどい! みっちゃんもふぃーちゃんも、なにもわるいことしてないのにっ」

「あと、ここ」

 クリスティは、その横の張り紙を指差した。

「夕× ××口 ×××× ウ× ノコト」

「タロウ? タロウといったら……」

 皆の脳裏に、級友の田中タロウくんの顔が浮かんだ。

「こっちも」

「マイ× ×× ノコト」

「マイちゃん?」

「そういえば、タロウくん、いないね」

「マイちゃんもいない……」


(あやしいのは、ふたりね)



 その頃、タロウくんは、自分にあらぬ疑いが掛かっているとは夢にも思わず、用を済ませてトイレから出て来たところだった。

 ペットの世話をしていて、家でウンチが出来なかった所為だ。園ではしたくないのだが、仕方なかった。

 手を洗い、ハンカチで手を拭いていると、隣の女子トイレから、マイちゃんが同じく手を拭きながら出て来た。

 マイちゃんは、ちょっと恥ずかしそうな顔をした。タロウくんも気まずかった。

 二人が数歩離れて、すみれ組に戻ると、食堂に行っていた皆が戻っていた。

 皆の視線が、何故か痛い。

「なにか、みつかった?」

「みっちゃんのこと、わかった?」

 アユちゃんが、タロウくんとマイちゃんに詰め寄った。

「みっちゃんを、どこにやったの?」

「ん? なんのこと?」

 タロウくんとマイちゃんは、皆のただならぬ

 雰囲気から、自分たちが疑われていることを悟った。

「ぼく、しらないよ」

「わたしも」

 眉根を寄せていきどおる。

「うそつきは、どろぼうのはじまりって、おかあさんがいってた」

「ほんとうのことを、いって」

「なんで、ぼくたちって おもったの?」

 タロウくんは、冷静に訊ねる。

「しょうこが、あるの?」

 マイちゃんが、抗議する。

 皆は、クリスティを見た。

「わたしの、でばんのようね」

 伊達メガネをクイッと上げる。

 クリスティは、食堂に残されていたメッセージに『ウサギ』『タロウ』『マイ』が入っていたことを説明した。

「それに」

 クリスティは、床を指差した。

「ここに、おちているのは、ウサギのうんち」

 皆の目は、床の黒いコロコロとした物体に注がれた。コロコロは複数落ちており、その中の幾つかには、上靴で踏んだ跡があった。

「やーん」

「ふんじゃったのぉ?」

 顔をしかめて、それぞれ自分の上靴の裏を確かめる。

「コロコロを辿たどると……」

 クリスティは、マイちゃんの通園カバンが置いてある棚の前まで歩いて行った。

「あっ、わっ、ちがうの。これは」

 追い付いたマイちゃんは、自分のカバンを胸に抱えた。

「みせろよ」

「あけてみて」

 皆の声が攻め立てる。

「だめぇぇえ」

 マイちゃんは、必死に抵抗する。

 誰かが、カバンに手を伸ばすのを、身をよじってかわす。


(なんで、こんなにかくそうとするの? カバンのなかに、みっちゃんがいる? でも、あんなに、らんぼうにしたら……。もしかしたら、ちがう、りゆうなの?)


 マイちゃんが、カバンを抱えて教室を飛び出した。

「あ、まって」

「どこに、いくのー?」

 マイちゃんが、走った先は、女子トイレ。

 個室に入って、鍵を掛けてしまった。

 皆で追いかけたけれど、ここから先は、女の子しか進めない。

「マイちゃーん」

「でてきてー」

 アユちゃんがノックする。


 トン、トン、トン!


「はいってまーす」

 中から、マイちゃんが答える。

「はいっているのは、しってまーす」

「いつまでも、はいってられないよ」

「わたしたちは、みっちゃんが、どこにいるのか、しりたいだけなの」

 クリスティは続ける。

「マイちゃんは、おへやのきんぎょの、おせわを、よくしている。ウサギのみっちゃんや、ふぃーちゃんの、おやつのやさいも、おうちから、もってきてたね」

「どうして、しってるの?」

 ドアの向こうで、マイちゃんが訊ねる。

「わたしは、たんていになりたいから、なんでも、よくみているの」

「……」

「すごいね」

「クリスちゃんなら、なれそうね」

 女の子達が、口々に言うので、クリスティは嬉しくなった。

「だから、きんぎょや、ウサギを、たいせつにするマイちゃんが、はんにんじゃないって、しんじてる」

 クリスティは、トイレのドアに顔を近付けた。

「……」

 しばらく間があった。

 ガチャリと鍵が開いて、マイちゃんが出て来た。

「ほんとうは、みせたくないの。でも」

「ごめんね。ちょっと、みせてもらえるかな。みんなに、うたがわれたままになるから」


 クリスティの言葉に、教室に戻ったマイちゃんは、皆の前で、しぶしぶカバンを開けた。

「こ、これは!」

「チョコボール?」

 皆が知っているお菓子の箱が入っていた。

「……こっそり、もってきちゃったの」

 箱の底が抜けて、中身がこぼれた。慌ててカバンにしまったけど、ほとんど、落ちてしまった。だから、箱の中には、あと三つしか残っていないのだという。

「いーけないんだ、いけないんだ。おかしを、もってきていいのは、えんそくと、うんどうかいのときだけだぞー」

 男の子達がはやし立てるので、マイちゃんは泣き出した。

「だから、みせたくなかったのにぃ、グスッ」

「いーけないんだ、いけないんだ。おんなのこを、なかして、いけないんだー」

 アユちゃんが、言い返す。

「だって、マイちゃんが、わるいんだろ」

「も、もう、しないもん、ヒック」


(ああ、どうしよう。チョコボールとウサギのうんちを、みまちがえるなんて。わたしとしたことが)


「マイちゃん、ごめんね。みせたくなかったのに」

 クリスティは、謝った。

 日頃、両親に言われていたことを思い出す。証拠も無いのに、人を疑ってはいけないということ。疑わしいと思っても、ハッキリしないのに口に出してはいけないということ。

「マイちゃんじゃないなら、タロウくんなの?」

 誰かが言うと、皆の目は、タロウくんに集まった。


(そう、もうひとり、いる)


「タロウくんのカバンにも、あやしいところがある」

 クリスティの言葉に、皆、色めき立った。

「ほら、ここに、ウサギのぼくそうが、ついている」

 カバンが置いてある棚の前に皆、集まった。

「カバンを、あけてみせてくれるかな」

 クリスティは、カバンの中にみっちゃんがいたら、可哀そうだなと思った。

 タロウくんは、何で自分のカバンにウサギの餌の牧草が付いているのかと考える。

「ああ、そうか」独りごちりながら、カバンを開けた。

「あ、ウサギ!」

「みつけた!」

「あれれ、しゅるいが、ちがうよ」

「なんだ、ぬいぐるみか」

 カバンの中には、タロウくんが自宅で飼っているミニウサギに似た縫いぐるみが入っており、それにも牧草の破片が付着していた。

「とうえんするまえに、うちのポンちゃんに、ごはんをあげてきたの。ポンちゃんは、おうちで、かっているミニウサギ。てを、はたいたつもりだったけど。ぬいぐるみを、カバンにいれたときに、くっついたんだね」

 餌やりの所為で、家でトイレする時間が無くなってしまったのは、内緒。

「タロウくん、ごめんね。あやしいって、いってしまって」

 クリスティは、今度はタロウくんに謝った。


(タロウくんでもない。すると、いったい?)


「じゃあ、じゃあさ、あのメッセージはなぁに?」

 アユちゃんが、クリスティの顔を見る。

 皆の視線も集まった。

「な、なんだろう。あれは、ダイングメッセージのはずだけど……」

 クリスティは、スモックの裾を両手でギュッと掴んだ。自分の推理に自信が持てなくなっていた。


(ダイングメッセージには、ウサギということばと、ふたりのなまえが、かいてあった。なにか、ほかに、みおとしたものがあるのかな)


 クリスティは、もう一度食堂を見に行こうと考えた。


(それとも、みっちゃんのケージを、みてくるのがよいのかな。はんにんは、げんばに、もどるというし)


 クリスティの右手は知らず、グーの形になり顎に当てられる。

「ぼくたちも、そのメッセージを、みたいのだけど」

 タロウくんが言い、すみれ組の皆は、また食堂に向かった。



「これと、これと、これ」

 クリスティが指差した貼り紙の前に、皆がたむろしていると、給食のおばさんが一人近付いてきた。

「さっきから、何をしているの?」

「このはりがみ、なんてかいてあるのかなって?」

 タロウくんは三枚の貼り紙を指差した。

「ん? これは皆に宛てた貼り紙じゃなくて、私達、給食のおばさんに宛てた貼り紙だよ」

「よんでください」

方 通用 通行禁止 回 

「うかいって、なぁに?」

「回り道する事だよ」

「これは?」

箸 持参 

「自分のお箸を持ってきてね、っていう意味」

「……」

 クリスティは、漢字が読めないのを恥じた。

「なんだ、ぜんぜん、かんけいないじゃん」

「クリスちゃんの、うそつき」

 皆の視線が突き刺さる。

「……ごべんなざい」

 涙が出ると、どうして鼻水まで出てしまうのだろう。

 パパの好きな探偵さんは『今分かっていること以上に、自分の想像を交えてはいけない』と言っているそうだ。パパに叱られそうだ。


(たんていのしかく、なし!)


 クリスティは、赤い伊達メガネを外して、スモックのポケットに仕舞った。

「みっちゃんは、どこにいっちゃったの?」

 アユちゃんが、改めて問題提起をして、皆は徒労感に包まれながら、すみれ組に戻った。



 すみれ組では、ノリコ先生が床のチョコボールを片付けていた。

「皆、何処に行っていたの? だぁれもいないから、先生、心配していたんだよ」

 ウ、ウエーン!

 先生の優しい顔を見て、張り詰めていた糸が切れた。クリスティが声を上げて泣き出すと、皆もつられて泣き出した。

「何? 何? どうしたの?」

「せんせー、みっちゃんが」

「カレーつくっていて、グスッ」

「じけんよ~って、アユちゃんがいって」

「チョコボールふんじゃった。ウエーン」

「タロウくんのぬいぐるみ、かわいかった」

「一人ずつ、お話してね」

「ウサギのみっちゃんがいないの」

「えっ、そうなの?」

「それで、クリスちゃんが、ダイングメッセージっていうから、みんなでしょくどうにさがしにいって」

「んん? ダイニング?」

「タロウくんとマイちゃんが、あやしいってなって」

「それで?」

「まちがいだったの。ふたりを、うたがって、ごめんなさい」

 クリスティは、一層大きな声で泣いた。

 名探偵でありたいのに、とんでもない読み違いをして、無関係のお友達を傷付けてしまった。

 ノリコ先生は、溜息を吐いた。

「今日、皆は、また一つお利口になりました。それは、ハッキリした証拠もしないのに、誰かを疑ってはいけないという事」

「……はい」

 消え入りそうな声でクリスティはうなずいた。

「クリスちゃんだけじゃなくて、皆もそうよ」

「はい」

 皆、しゅんとした。

「タロウくんとマイちゃんに、皆でもう一回謝ってね」

「せーの、ごめんなさい!」

 すみれ組の声が揃った。

「もう、いいよ」

「うん」

 タロウくんもマイちゃんも、少し恥ずかしそうにもじもじした。

「じゃあ、先生は職員室に行って、みっちゃんの事を訊いてくるね。だから、皆は、お部屋でお絵描きして待っていてね」

 言い残すと、ノリコ先生は、職員室に向かった。

 クリスティは、とてもお絵描きをする気になれず、お絵描き帳を広げたものの、真っ白なままだった。


(どこで、まちがえちゃったのかな。そう、ダイングメッセージ、あれが、みすりーどだった。くーっ! かんじが、よめれば、よかったのにっ)


 向かいに座るユウカちゃんが、真っ白なままのクリスティのお絵描き帳が気になるらしく、クレヨンを持った手を伸ばしてきた。

「まるかいて、まるかいて、まるかいて。チョン、チョンと。あとは、クルクルクル……」

「なにこれ?」

「クリスちゃん」

 メガネを掛けた、クルクル巻き毛の女の子。

 メガネは、名探偵の印!


(そうよ。わたしは、めいたんていになる! きょうは、しっぱいしたけど、つぎは、しっぱいしない)


 皆がそれぞれのお絵描き帳に、好きな絵を描き始めてしばらくすると、 ノリコ先生がニコニコして戻って来た。

「あ、ノリコせんせー」

「せんせー」

「せんせー、みっちゃんのこと、わかった?」

「わかったー?」

 ノリコ先生は、「お話しするから、お口にチャック!」と言って、自分の口の前でチャックを閉める真似をした。

「みっちゃんは、病院に行ったんだって」

「びょうきなの?」

「けがしちゃったの?」

「ううん、お爪を切りに行ったの」

「みっちゃんは、びょういんで、おつめを、きるの?」

「そうなの。ウサギのお爪は、獣医さんっていう動物のお医者さんで切ってもらうのよ」

「ぼく、しってる。うちのポンちゃんもそうだから」

 タロウくんは、得意そうに言って、皆の尊敬の眼差しを集めた。 

「おうちで、きっては、だめなの?」

「ウサギが嫌がって暴れたりするので、お家では難しいんだって」

「そうなのかぁ」

「しらなかった」

「だから、みっちゃんは無事です。もうすぐ、病院から帰って来るんじゃないかな。急に居なくなると、皆、ビックリするよね。これから病院に行く時は、『病院に行っているよ』って札を下げておくね」

 こうして、『ウサギのみっちゃん失踪事件』は幕を引いた。



 帰宅後、園からの連絡帳を読んで、両親が今日の出来事を知るところとなった。

 クリスティは、案の定、父親からお目玉を食らった。

「いいかい、証拠もないのに、自分の考えを言ってはいけないよ。それは、今分かっていること以上に、自分の想像を交えることなのだから」

「やっていない事を、疑われた人の気持ちを考えてみてね」

 母親は『他人の靴を履く』というイギリスのことわざを教えてくれた。

「ほんとうに、ごめんなさい」

 口に出すとまた、涙が出そうになった。



「でもね、たんていごっこは、すごくたのしかったよ」

 クリスティは、自室のベッドの上で愛猫のミス・マープルに語り掛ける。

 メッセージを見付け、証拠を探して、事件を解決する。本当に解決出来たら、もっと楽しかっただろう。

 やはり、自分は、探偵になりたい。その為には、漢字を読めるようにならなくては。明日、パパにお願いしてみよう。そうしたら、今日の様な間違いは犯さないはずだ。

「アガタ・クリスティ、たんていさ! っていってみたいの。ねぇ、ミス・マープル、聞いてる?」

 うつむいて、クリスティの好きな後頭部を見せている。白いペルシャ猫のミス・マープルは、顔を上げてニャーンと答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る