第10話 『最終決戦に向けて』
「悔しいです。でも、良い試合でした」
柏木の差し出す手を握り、伊藤は苦笑を浮かべる。
「最後の一撃は痛かったぜ? まったく、自分だけ格好良く退場しやがってよ……」
「僕も必死でしたから。それに、勝ったんだからいいじゃないですか。ねえ、矢神くん」
「ああ、柏木の演奏も素晴らしかった。アリアの歌をあそこまで支えられるその技量には心底驚かされたよ」
「矢神くんに褒められると照れますね」
柏木のその言葉に矢神は肩を竦めた。
「現役のプロにそう言ってもらえるとありがたいよ。僕はまだ開瞳との契約のおかげで無名だからね……」
「ああ……確か矢神くんの復讐を最高のエンターテイメントに仕立て上げるとかいう……」
「何度聞いても趣味がわりいよな、あのクソジジイ」
「そのお陰でここまで来られてるんだ。恨んじゃいないよ。それに……」
矢神はそう言って、控え室の扉が開かれるのを見た。
「よお矢神の坊主! 良い演奏だったぞ! フハハハハハハ!」
巨躯の仙人のような男と白髪の少女が、部屋の中に入ってくる。
開瞳弦示は矢神と伊藤、柏木のことを見下ろし、ニッと笑う。
「お前たちに言いたいことがあってな。最高のエンターテイメントをありがとう!」
「お、おう……」」
「開瞳師匠のご期待に添えたようでなによりです」
「アリアが来日したのはアンタの差し金か? 開瞳」
矢神の問いに開瞳は頷く。
「もちろん。全ては最高のエンターテイメントのためだ。観客席を見てみろ。実際、Bブロックの第二回戦は他ブロックの試合の数倍は盛り上がっていたぞ?」
「しかしそうなると、三回戦の相手はアリア以上の強敵ってワケになるのか……」
伊藤の呟きに、開瞳は肩を竦めた。
「三回戦の試合相手はさっきのお前らの試合を見て棄権した。聖域アリアと同等レベルの演奏なんて出来ないなどと抜かしおってな。そのアリアをお前らが下したワケだが……」
開瞳の言葉に複雑そうな表情をする矢神に、柏木が問う。
「どうしたんですか、浮かない顔をして。いいじゃないですか、次の戦いが最終決戦になるってことですよ? 神威レイジとの戦いを前に羽根休めが出来るんです。喜ばしいことじゃないですか」
柏木がそう言い終わると同時、控え室の扉が開いた。
「聖域さん、どこ行ってたんです?」
「ちょっとトイレ……。緊張が解けて、ちょっと……」
アリアは口元をおさえながらそう言う。一同はアリアの性格から色々と察し、何も言わずにそっとしておく。
「次の戦いが最終決戦……? でも、対戦表だと次は準決勝だよ?」
シロの言葉に柏木が対戦表をなぞりながら答える。
「ほら、次の対戦相手。第三回戦で神威レイジくんが勝ったら、次は準決勝で矢神くんと神威くんが戦うことになる。矢神くんの目的は復讐ですし、ここが最終決戦ってことになるのかなって思って」
シロは柏木の言うとおり対戦表を眺める。確かに、神威レイジと矢神が対決するのは準決勝でのことだ。
「シロ、てっきり決勝戦で戦うのかと思ってた」
「あれ……矢神くん、レイジくんとは準決勝であたるの?」
アリアも意外そうに開瞳の顔を見上げる。
「最高のエンターテイメントを仕組んでるって聞いたけど……なんで準決勝で当たることにしたの?」
「お前ら俺のことを一体何だと思ってる。いくら顔が利くとはいえ対戦表を隅から隅まで自由に弄れるほどのパワープレイが出来るはずがなかろう。対戦順は全てくじ引きで決まっている。お前たちの実力であればいずれは互いに戦う事になることは確実。そもそも対戦表を弄る必要性すらない」
それを聞き矢神は第一回戦の戦いを思い出す。レイジとミライの戦いはもしもミライの選択が違えば結果もまた別のものになっていたかもしれない。それに、矢神とシロの戦いも、完全に偶然の産物だった。
そう考えていると、開瞳がこちらを向き口を動かす。
後で話がある。今日の帰りはうちに来い。
声には出さなかったが、確かに、口の動きでそう読み取れた。
他の四人は気付いていないようだが、矢神は声に出さず口を動かす。
何の用だ。契約の話か。
矢神の問いに開瞳はフッと笑うと、それからこう口を動かした。
鬱塞シロと研究機関についての情報をくれてやる。
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