第8話 再会
「隊長。ユリウス一番隊隊長からの指令です」
「なんじゃ、クロム。遠征直後で疲れておるんじゃ、仕事は受け付けんぞ」
老爺——ルネ・クロード・クレマンは面倒くさげにため息をついた。
王国騎士団七番隊。通称『魔術師隊』はここ数日王都を離れていた。
遠くの地へ赴き、さまざまな問題解決、あるいは調査を行うのが遠征。
老人の体には負担の大きいその行程を終えて、ルネは一秒でも早く帰宅して休みたい気分だった。
「そう言われても、指令は指令です。こなさなければ、僕ら『魔術師隊』が潰れるだけでしょう」
「分かっておる。で、その指令とやらの内容は?」
「構内に忍び込んだ輩が居たそうです。訓練室に身柄を捕獲しているので、処理をしろと」
なんて無鉄砲なやつがいたもんだ。
「で、今の状態は?」
「三日前に禁錮して以来、何も確認していないとのことです」
「はあ!? それを先に言わんか!」
ルネは飛び上がって声を上擦らせた。
重力加重の訓練室は、常日頃体を鍛え続け、それでも物足りなさを感じる者に対して『魔術師隊』が発明した高級者向けの訓練装置だ。
常人が挑めば、指を動かせるようになるまでに一ヶ月はかかる。
三日もの間、あの重圧に攻め続けられ起き上がることすら許されなかったとしたら、その負担はどれほどのものになるだろうか。
しかも、食事も水分も与えられずにだ。
ひょっとしたら、命の危機に瀕している可能性があっても不思議ではない。
ルネは飛ぶように訓練室へと向かった。
「——あれ、誰か来た」
奥から声がする。
まだ息はあるようだ。
「おい、大丈夫か! 今助けるぞ!」
装置の重力加重設定を切る。
室内に続くドアを開け放って、ルネは中へと飛び入った。
「体の状態を教えろ! 痛むところは! 意識は! 呼吸、は……」
そして、絶句する。
——ゴールデンスライムの蜜を口に貼り付けている、その少年を目にして。
「「あ」」
お互いに、声が重なった。
魔術師、ルネ・クロード・クレマンは目を見張る。
勇者候補の出来損ない、レンジ・ベリオスは指をさす。
それは、感動的なまでに間抜けた再開だった。
=====
「お前、なぜこんなところにおる」
爺さんは開口一番、そんなことを言ってきた。
「爺さんこそ、なんでここに?」
俺は問い返した。
「ここはワシの職場じゃ」
「……
「大マジじゃ」
確かに、ローブには王国騎士団の紋章が描かれている。
ホラを吹いている訳ではないようだ。
「じゃあ、爺さんから見たら俺は、何故か職場に拘束されてる謎の勇者候補ってこと?」
「全く持ってその通りじゃ」
確かにそう言われてみれば、俺の存在はかなり怪しい。
事情を説明しない訳にはいかないようだ。
しかし、まともに説明のつくような経緯ではない。
うっかりして兄の荷物に紛れ込んだら、騎士団に来ちゃいました、なんて言って相手が納得するかと言ったらそれは怪しいところだろう。
いや、というよりそれより重要なことがある。
「どうやって説明したらいいか……とりあえず、これは事故なんだ。不慮の事故。だから、”人体実験”だけは勘弁を……」
「人体実験……?」
老爺は首を傾げた。
「魔術師は、人体実験の材料が欲しいんだろ?」
「確かにそうじゃ」
な、なんて恐ろしい。
俺は肝を冷やす。
「じゃあ、もしかして俺の臓器を抜き取ったり……」
「する訳ないじゃろう。生きた人間を解体する趣味などないぞ」
「え、そうなの?」
なんだ、あれはただの脅しだったのか……。
「しかし、一つ問わねばならないことがあるな」
「それは、一体……?」
視線が、俺の手元へと向かう。
「それ、なぜお前が持っている」
ゴールデンスライムの蜜のことだ。
水瓶の中になみなみと詰まっていた蜜は、今や三分の一になっている。
「食糧庫に置いてあったので、空腹を満たすついでに」
「その瓶、名前が書いてあると思うんじゃが」
視線を落として、水瓶の表面を凝視する。
『クレマン隊長私物』
確かに名前が書いてある。
「そうですね」
「お前は他人様の物を盗み食いしたというのかああああ!!」
「す、すみませんでしたあああ……!」
謝ろうとも、爺さんは怒りを収めようともしない。
これでは、つい欲に負けて、なんて言い訳も通用しなそうだ。
「『魔術師隊』隊長ルネ・クロード・クレマンがお前に処罰を下す。今より一週間の間、騎士団で雑用だ!」
「う、うわああああ……意外と優しい」
拍子抜けしていると、老爺はムッと片眉を上げた。
「やはり二週間に変更じゃ」
「うぐっ」
墓穴を掘ってしまったみたいだ。
=====
「隊長、彼は知り合いですか?」
少年が去った後、その場に残っていたルネに対し、クロムが話しかける。
「知り合い、というべきかどうか……変わった縁の持ち主じゃ」
つかみどころのない返答に、クロムは眉を寄せた。
「ところでクロムよ、不思議に思わんか?」
「一体、何がですか?」
「あの少年のことじゃよ、この重力加重の部屋は間違いなく稼働しておったはずじゃ」
そこまで聞いて、クロムはハッとした。
「なぜ、彼は平気だったのか……」
負傷している様子は愚か、まるでピンピンと元気っ子のようにしていた。
この重力加重の影響を前にして、だ。
「答えは明確。闘気じゃよ」
「闘気、ですか……? しかし、あの重力加重に抵抗できるほどのものとは思えません」
確かに、闘気は感じられた。
しかし、それは微量。一般人でも簡単に出せる程度のものだ。
「そう思うのも無理はない。奴は体の一部、ほんの最低限の箇所に闘気を集めていた。それだけのことじゃよ」
一箇所に闘気を集める。
それだけのこと。
確かにその通りだ。
多少闘気を学んだものなら、一箇所に闘気を集めて集中させることはできる。
しかし、それを
「彼は三日間の間、絶えず闘気を一箇所に集中させていた、ということですか……?」
荒唐無稽とも取れるその問いに、老爺が答えることはなかった。
しかしその沈黙こそが、実質的な答えを物語っているようなものだった。
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