第17話 会いたい

小雨が降ってきた。


アパートの玄関の屋根の下に入り、カズヤを見送った。




あーあ。いっちゃった。





部屋に戻ると、ぐちゃぐちゃになったままのベッドにカズヤのTシャツが脱ぎ捨てられている。

音のない小さな狭い部屋の中は孤独をいっそう感じさせる。


私は顔を洗って歯を磨き、ベッドの上で体育座りをした。

カズヤのオレンジ色のTシャツを膝の上でぎゅっと抱きしめると、いつもの甘い香りがして、すぐそばにカズヤがいるような気がする。



…寂しい。



私はスマホを手に取り、カズヤの写真を眺めた。


急に撮られてびっくりした顔

笑った顔

撮らないでって止めにくる顔

恥ずかしがる顔



一人の夜ってこんなに寂しかったっけ。



私は冷蔵庫から缶チューハイを2本出した。



カズヤはもう家についたかな。

何食べてるのかな。

明日は会えるのかな。



無音の部屋の空気を明るくするためだけに、テレビをつけた。

一番賑やかそうなチャンネルに切り替える。

でも別に、見るわけじゃない。



ラインをしてみようとスマホを手に取った瞬間、カズヤからラインが来た。

なんだかテレパシーみたいで嬉しくなった。


〈アイたん、今ついたよ♡今日は楽しかった。明日また会おうね!〉


〈うん、また明日!待ってるね♡〉



可愛く返事をした後、私はチューハイを一気飲みしてため息をついた。



本当は今すぐ会いたい。

ひとときも離れたくない。



私はカズヤのTシャツを服の上から着た。

ちょっとぶかぶかだけど、これで安心して眠れそうだ。



Tシャツの中に顔をうずめているうちに、私はウトウトして気持ち良い眠りについた。



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次の日。


備品庫に向かう途中で、カズヤの姿が見えた。

利用者さんと楽しそうに将棋をしている。



たぶん、あれがカズヤの素の姿なんだよな。

ばーちゃんの面子メンツとか気にしないで今みたいに自然体でのびのびと働けばいいだけなのにな。



昨日のかげのあるカズヤの表情を思い出すと、少し切なくなった。



備品庫の奥でハンドソープのボトルを探していると、カズヤが備品庫に入ってきた。

「アイたんみーっけ!」


ダンボールを掻き分けて私の元へ来たカズヤは、唇をとがらせて私の頬にキスをした。


「んーっ」


「—…!!」


「んじゃね!またあとでいっぱいしよ♡」


ハンドソープのボトルを片手に、カズヤは満面の笑みでフロアへ戻っていった。



きっとたぶん、今の私はにやけて顔が赤くなっている。


私は気持ちが落ち着くまで、床にしゃがみ込んでゆっくり呼吸した。





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