第16話 過去

ばーちゃんの指示に従って長澤さんの家と令和堂REIWADOに寄り、お昼になった。


和哉かずや、公民館の横の洋食屋さんあったしょ。あそこのハンバーグ、藍華あいかちゃんに食べさせてあげたらいいんでないかい。」


「あぁ、デリーね。」


3つほど交差点を曲がり、カズヤはデリーの駐車場に車を止めた。


何度か来た店なのだろう。

カズヤとばーちゃんは慣れた様子で店内に入っていく。


私の注文はばーちゃんに既に決められていたが、なんとなく色褪せたメニュー表を眺めてみる。


「和哉、アンタ仕事どうなんだい。篠山しのやま先生もアンタの事気にしてんだよ。ちゃんと真面目に仕事行ってんのかい?」


カズヤは見るからに嫌そうな表情を浮かべた。

「いや、今その話やめて。」


「あぁ、悪かったねぇ。」

ばーちゃんのマシンガントークがしばらく止んだ。


カズヤは横のばーちゃんをにらんだ後、正面の私に目を向け、観念したように話し始めた。

「俺さぁ、就職決まんないから、今の職場、ばーちゃんのコネで入ったんだよね。ばーちゃん、顔広いから。んで、今3ヶ月の試用期間。」



「そうだったんだ…」




最初のデートの日を思い出した。

あぁ、うん、面接、通らなそうだよな…



「でも試用期間は私も一緒だよ。まだ3ヶ月たってないし。」


「俺はばーちゃんの面子メンツもかかってっからさ…」

うんざりした顔でカズヤは続けた。




—お待たせしました—



3人分のハンバーグが運ばれてきた。




「ん!おいし〜い!!」

ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。

「そうでしょう!ばーちゃんもね、ここのハンバーグ大好きなのよ。藍華ちゃん、気が合うわね。」

ばーちゃんは嬉しそうに笑った。

げんなりしていたカズヤも、食べ始めたらいつもの表情に戻った。




ばーちゃんを自宅前に降ろし、私を送る頃には夕方になっていた。

「アイカ、昨日から色々付き合わせてごめんな。ありがとう。」

「ううん、カズヤや、カズヤの家族の事、色々知れてよかった。」




「…引いたでしょ、コネ採用とか。」

「え?別に。ご縁はご縁じゃない。それより私そんなこと知らなかったから、この前飲ませて半日つぶしちゃって、すごい申し訳ないわ…」



カズヤはまた暗い顔になった。

何をそんなに気に病んでいるのだろう。



「働いてるカズヤ見てたら、今の仕事ほんとに好きなんだなって思うし、楽しそうだし、向いてると思うよ。このまま一緒にずっと働こう?」



「いや、別に俺、この仕事好きでやってるわけじゃないし。たまたまばーちゃんに紹介されたからこの仕事してるけど、ホントは車いじる仕事とかしたかったし。」


「うっそだ〜ぁ。留吉とめきちさんと話してる時のカズヤの顔、すっごい可愛いんだから。だいたい、カズヤ介護の資格持ってんじゃん。」


げぇから!…いや、留吉さんは可愛いけどさ…でも俺は、同じ学校に整備士のコースがあって、俺は!ほんとはそっちに行きたかったのっ!!」



(—ぷっ。)

私は笑いを堪えた。



…ねぇ、この人、なんでこんなに可愛いの?



私は、運転中のカズヤを抱きしめたくてたまらなくなった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る