第2話 我慢できる?
スーパーの袋を手に、私達は家に帰った。
「おじゃまします。」
カズヤは礼儀正しく挨拶する。
「ねぇ、もう敬語やめてくれない?やりずらいんだけど。」
「ごめん、わかった。ちょっと、タバコ吸わして。」
ようやく敬語を崩したカズヤは、台所の換気扇の下で、ランプをつけてタバコを吸い始めた。
私はさっき撮ったプリクラを手に取って眺める。
「カズヤ、このプリクラの顔めっちゃ可愛いんだけど。いつもこのくらい笑顔でいればいいのに。」
「いや、俺人見知りなんで…」
知ってるよ。
人見知りにもほどがある。
「さ、飲もう飲もう。」
買ってきたチューハイをテーブルに広げる。
タバコを吸って少しリラックスしたのか、カズヤが話しかけてきた。
「井沢さん、お酒強いんすか。」
「…だからぁ、敬語やめてってば。アイカでいいよ。アイカ。」
「急にアイカとかいうの、恥ずかしいっす…」
私は思わず吹き出してしまった。
こんな社会人、いる!?
「カ〜ズヤ♡可愛いね♡」
私は笑顔でカズヤをおちょくった。
「…」
カズヤは家の中だというのにキャップを脱ごうとしない。
「うちら、もう恋人だよ?もっとリラックスしてほしいなぁ。」
緊張をほぐそうと私はテレビをつけ、ふかふかのクッションをカズヤに手渡した。
カズヤはクッションをぎゅっとにぎりしめ、テレビのほうに体を向けた。
「ねぇ、なんで今日、急に連絡くれたの?」
「最初にヴィラで会ったとき、俺、井ざ…アイカに一目惚れしちゃって…つい」
ヴィラとは、うちの職場【ヴィラガーデン宮ケ森】の略称である。
「うっそ、嬉しい!私も、カズヤのことタイプだなって思ってた。両想いじゃ〜ん。」
カズヤは恥ずかしそうに頭を掻くと、弱いはずのお酒をごくごくと一気飲みした。
「え、大丈夫?お酒強くないんだよね?」
「1本くらいなら平気っす。」
全然平気そうには見えないのだが、まぁいい。
「仕事、少し慣れた?デイケアはいつも忙しそうに見えるけど。」
「慣れたといえば、慣れまし…慣れたよ。俺、ばあちゃんっ子だから、じいちゃんばあちゃんの笑顔見るの嬉しいし。」
「そう。」
私まで思わず笑顔になる。
恥ずかしそうに本音を語ったカズヤ。
無愛想に見えるけど、優しくていい人なんだな。
時刻は夜11時をまわった。
カズヤは荷物をまとめ始める。
「あ、じゃあそろそろ俺はこのへんで。」
え?
「ちょっと、どういうつもり?飲んだから、車は乗れないよ。」
「あ…そっか。じゃあ、車明日まで置かせてもらっていい?取りに来るから。」
はぁ。
「カズヤ、実家だから家遠いでしょ?うちからなら車ですぐだし、明日一緒にいこうよ。私も職場まで一緒に乗せてって。」
「え、泊まっていいんすか。」
…はぁー…
「そのつもりできたんじゃないの?」
「いや、それはそれで嬉しいですけど…いいんすか?俺なんかが」
「だからぁ、好きだってゆってるじゃん。カズヤもなんだよね?泊まってきなよ。」
「じゃあそうするね。ありがとう。じゃあ、俺、こっちの床で寝るんで、布団とか貸してもらっていいすか?」
…うぉおーい!!コラ!!!!ええ加減にせえよ!!!
「ないよ、布団とか何枚も!!いいから早くこっちきなよ。」
私は温まったベッドにカズヤを手招きする。
電気を消し、アメリカかぶれのネオンサインの妖しい色を灯す。
シングルベッドで横になった2人。
さすがのカズヤもどうにかしてくるだろう。
…
…
…
えぇえー!??!??!??
カズヤは手を組んだまま目をつぶって仰向けで寝ている。
なんなんだこの人は。聖者か。腹立つ。
私はカズヤの頬にそっと触れる。
「カズヤ?」
「は、はいっ…」
「私の事、好き?」
「す…好きです。どストライクです。」
「じゃあ、こっち見てよ。」
カズヤは目を閉じたままだ。
私はカズヤの耳元で優しく囁いた。
「カズヤ…可愛い。大好き。」
生温かい吐息を、耳元にふうっと吹きかける。
「カズヤ…」
耳たぶを口で咥えながら、カズヤの耳にハァとその息を何度も吹きかけた。
手を頬から首へ、その下へ下ろしていく。
なにこれ。新鮮。ゾクゾクしちゃう。
どこまで我慢するんだろう、この人は。
—ふぅーっ
…ふうーっ
…ふうーっ
私はカズヤの耳に優しく息を吹きかけ続ける。
「…あぁー!!もう無理っ!!!」
カズヤは急に起き上がると、寝ていた私の上に覆い被さって激しくキスをしてきた。
「あっ…—」
カズヤの急な豹変ぶりに私は一瞬驚いてしまったが、その感情はすぐに泡のように溶けて行った。
「アイカ…大好き。すげぇ好き。あぁ、もう俺、たまんない。」
カズヤの舌は柔らかくて、温かくて、優しくて、その気持ち良い感触につつまれた私は、熱くなった身体の温度で、身も心も全部とろけて消えてしまいそうだった。
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