第四話

 太陽が地面に吸い込まれ始めた頃、僕はパンパンに詰められたエコバッグを両手で握りながら、僕は帰路に着いていた。じんわりと汗が滲み出てくる手に、エコバッグの持ち手が食い込んでくる。季節の変わり目の強い風が吹くと、半袖シャツの内側に空気が入り込み、背中にかいた汗の不快感が大きくなる。


 スーパーマーケットから僕の家まで僅か五分だ。だが、その僅か五分だけでもこれだけの汗をかく。

僕の代謝が良いのか、今年の残暑が酷いのか。

どちらでも良いが、季節外れの気温を記録しているのは確かだ。


 カンカンカンと鉄を靴底が叩く音と共に、僕は階段を上がる。その度にエコバッグの持ち手が僕の手に食い込み、手の平野血流が阻害されていることがわかる。だが、今の僕には関係が無い。

 手の平に食い込んだエコバッグの持ち手も、背中で不快感を与え続ける汗がびっしょりと着いた半袖シャツも、季節外れの気温も。

 両手に持った食材たちをどう調理してやろうか、という思考しか僕の脳を満たしていない。


僕は僕のアパートの戸を開けると、早速僕は調理に取り掛かった。


エコバッグの中からスーパーで三割引きされていた鶏もも肉のパックを取り出した。今日の買い物の中の掘り出し物の一つだ。

僕は鶏もも肉のラップを剥がすと、深めの皿の中に鶏もも肉を入れた。そして、その中に擦りおろしのにんにくと擦りおろしのしょうが、焼き肉のたれを入れて、箸でぐるぐるとかき混ぜた。

にんにくの香りが僕の鼻の奥を突き刺すような衝撃を与え、食欲を高める。鶏肉が生で無ければ、このまま食べてしまいたいくらいだ、

ある程度、均等になったところで、僕はポリエチレン製の密閉袋に片栗粉を入れ、その中に焼き肉のたれに包まれた鶏肉を入れ込んだ。そして、密閉袋の封を閉じ、しっかりと揉み込む。片栗粉が均等に鶏肉に着いたところで、僕は底が深い揚げ物用のフライパンを取り出し、コンロの上に置いた。


「さぁて、ここからが重要だ」


 僕は一人で呟いてしまっていた。

 ここからが大事だ。僕が今から作ろうとしている『鶏のから揚げ』は油の温度によって、仕上がりは違う。だから、慎重にならざるを得ないのだ。


だが、ここで躊躇っているのもどこか情けない。僕は特に温度を確認することなく、焼き肉のたれと片栗粉に包まれた鶏肉を高温に熱された油の中に放り込んだ。

バチリという音と共に、少しずつ真っ白だったはずの鶏肉が色を付けていく。

バチリバチリという音が鳴るたびに、鶏肉の衣に色が付いていく。


そして、五分ほど経過した頃、僕は菜箸でくるりと鶏肉を回転させる。パチパチという音が賞賛の拍手に聞こえてくる。だが、僕はそんなことお構いなしに鶏肉を回転させると、どこも均一に茶色になっていたため、僕はキッチンペーパーの上に置いた。


キツネ色のただのから揚げ。されど、僕にとって最上のから揚げだ。


 いつも母さんが作ってくれていた調理法と全く同じだ。僕はビールのプルタブを開けると同時にから揚げを口の中に入れた。

 じわりと鶏肉の油が染み出てきて、舌を軽く火傷してしまった。しかし、僕はそれを冷やすためにビールを呷った。熱い固形が通った喉に、冷たい液体が流し込まれると、喉を中心に幸福感に包まれる。


「くぅう~」


 僕はビールの缶をローテーブルの上に叩きつけながら唸った。やっぱりこの組み合わせは最高だ。

から揚げを口に運び、ビールを呷る。それを繰り返していく内に、キッチンペーパーの上のから揚げも、缶の中のビールも無くなり、僕は後ろに寝転び、大の字になった。

 アパートの白い天井の模様を眺めている内に、僕は重くなった瞼を閉じてしまっていた。

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