第5話 脊髄屋敷の事件簿①

 国内最大級のオカルト匿名掲示板、アカチャネル。日々数百の怪奇譚が投稿されては泡沫の如く消えていく中で、一際賑わう一つのチャネルがあった。


〈おれの故郷にある幽霊屋敷の謎を考察するチャネル(87)〉


 大師「俺の故郷。詳細は伏せるが、山奥のド田舎にある小さな村だ。そこに、地域の住民から〈真根骨蔵さねこぐら〉と呼ばれてる建物がある。真根骨っていうのは俺の住んでる地域の方言みたいなもので、背骨の辺りにある骨を指す言葉らしい。人間の魂が宿る場所だと信じられてて、火葬する時にもそこを最初に拾ったりするんだ。そこがかなり奇妙な場所で、子供の間では幽霊屋敷って呼ばれてたんだよ」

 クチビル「調べてみたけど、鹿児島辺りの方言に似たようなのがあった。骸骨全体を指す言葉みたいだが」

 大師「鹿児島じゃないよ。もっと北の方。でもほかの地域にも同じような言葉があるんだな」

 懺悔「それって土着の宗教みたいなやつなの?」

 大師「宗教ってよりかは、風習みたいな感じかな。祖父母は仏壇で念仏唱えてたし、両親は東京のチャペルで結婚式挙げたって聞いたよ」

 そこもと「幽霊屋敷の話詳しく」

 大師「マハトマ。真根骨蔵は村の外れにある一軒家で、かなりの豪邸なんだ。ただ一階部分が全て塗り固められて、それが縄文時代の高床式倉庫みたいだっていうんで蔵って呼ばれてたらしい。当然中に入る手段もなくて、それが村の子供達には興味の的だった」

 カイコ「そんな建物が近くにあったら確かにワクワクするわ」


 大師の語る不思議な建築物に、チャネラー達は興奮を隠せずにいる。


 大師「真根骨蔵に近付くのは大人達から厳しく禁止されてて、学校の先生の中には放課後に竹刀を持って見回りをしてる人もいたぐらいだ。それだけ当時、真根骨蔵は子供達の間で話題になってたんだよ。実際に中へ入った奴の話は聞かなかったけど、皆中を探検したがってた」

 松茸「先生暇人過ぎるだろ藁」


〈藁〉というのは、笑いを表現するアカチャネルのスラングだ。


 そこもと「大師が中に入った訳じゃないのか」

 大師「俺にそんな度胸はないホギ……少なくとも俺が村にいた間は、誰かが入って騒ぎになった事はなかった筈」



 関東某所。舗装された道路すらない道を、白の軽自動車が走っていく。運転するのは九郎。助手席には啓介が座り、スマートフォンで件のチャネルを確認していた。


「あまり有益な情報は出てきませんね……本当に辿り着けるんでしょうか?」

「大丈夫だよ。マコトの解析能力は並じゃない。今向かっている場所に、間違いなく真根骨蔵がある筈さ」

「まさかこの歳で幽霊屋敷を探検する事になるとは……」


 二人が話していると、後部座席に寝転がっていた人物が起き上がる。


「九郎ちゃんはともかく、啓介ちゃんは初任務でしょ。研修のつもりで付いといでよ」

「あ、ありがとうございます」


 派手な恰好をした若い女だ。長い髪をブロンドに染めており、ニット帽やスカジャンといった衣服には、寿司のデザインがプリントされた無数の缶バッジが重たそうに揺れている。スカジャンの下は何故かビキニの水着とデニムのハーフパンツという出で立ちであり、そばかすの多い白めの肌や発育の良さも相まって、日本人離れした外見である。

 十環名つなしかんな。入間財団新代支部に所属する、チャネラーの一人だ。今回は新たな深層チャネルの可能性がある怪異を調査する為に同行している。


「ツナカン、非番だったのにありがとね。この埋め合わせはどこかでするから」

「いいって。あたしも今日はサブスクで時間潰す予定だったし。代わりに今晩、久々のデートに付き合ってよ」

「いいとも。ツナカンの好きな寿司屋を予約しておこうじゃないかね」


 狭い道の登り切った斜面を登り切った一行は、開けた場所に出る。その先に広がっていた光景を見て、三人は絶句した。


「これが……村……?」


 啓介が辛うじて言葉を漏らす。彼らを迎えたのは、かつて家屋だったであろう朽ちた木片が散らばるばかりの荒れた廃村だったのである。


 ソクラテス「幽霊屋敷って、ただ入口が塞がってるだけかよ。何を議論するんだ」

 大師「いや、そうじゃないんだ。俺の村さ、俺が上京した数年後に大きな災害があって無くなっちゃったんだよ。それで今は、もうらしいんだ」

 松茸「は?」

 サッシ「え……?」

 大師「幽霊屋敷ってのは幽霊が出る屋敷って意味じゃなくてさ。村が無くなってもずーっと、幽霊みたいに留まり続けてるって意味なんだよ」


 九郎達は車で荒れ果てた村の道を進んでいく。一帯は乾いた土砂で覆われており、恐らくは土砂崩れの被害に遭って壊滅したのだろうと推測できた。


「酷い有様ですね……かつての面影が全く感じられませんよ」

「例の蔵は村の外れにあるのだったね。一先ずは奥まで進んでみようか」


 傾斜のある道を更に進んでいくと、その頂上付近に突然人工物の影が見えてくる。それはこげ茶色の材木と白い漆喰で組まれた、古風の豪邸だった。一階部分は城壁のように漆喰で塗り固められ、一目でそれが目標の建物だと分かる。


「本当にあった……!」

「流石はマコトだね。さて、調査を開始しようか」


 車を道の脇に駐め、三人は真根骨蔵のそばへと歩いていく。


「調査って言っても、これじゃ中に入れませんよ。梯子でも持ってくるべきでしたかね」

「寝惚けちゃいけないよ、啓介くん。ボク達チャネラーが調査すべきは現実世界じゃなく、その奥に潜む深層チャネルさ」


 九郎は壁の周りをぐるぐると歩いてまわる。すると本来であれば玄関があるべき場所に、深層チャネルへの入口が広がっていた。奥には建物の内部と思われる真っ暗な空間が続いている。


「ビンゴだ。二人共、準備はいいかね?」

「オッケー。チャチャッと済ませちゃお」

「……大丈夫です!」


 門を潜ると、内部は電気が通っていないのと漆喰によって全ての窓が塞がれているせいで、全く何も見えない程に暗い。啓介は手で後ろを探ってみたが、入ってきた入口は消え、厚い壁に阻まれて外には出れなくなってしまった。


「出口が閉じちゃいましたけど……大丈夫ですかね」

「そういえば、まだ教えていなかったね。深層チャネルというのは、基本的に一方通行なのだよ。外へ出る為には、前に進み続けるしかないという訳だ」


 環名が持っていた懐中電灯を点け、周囲の状況が確認できるようになる。玄関からは廊下が真っ直ぐに続いており、奥で二手に分かれていた。


「啓介、ボクから離れないでね。前みたいに守れるとは限らないから」

「……はい。せめて、懐中電灯は私が持ちますよ」


 啓介が気を利かせると、環名はもう一つの懐中電灯を彼に渡す。


「明かりは多い方が良い。啓介ちゃんは九郎の目になってあげて」

「あ、助かります」


 懐中電灯を受けとりながら、啓介は不思議に思った。環名が荷物を入れられる場所は服のポケットぐらいで、そう多くの物資を持ち込んでいるようには見えなかったからだ。


 廊下を進んで突き当りを左に向かうと、奥には更に廊下が伸びている。その壁には襖があり、部屋に続いていそうだ。


「中を調査してみようか。私が開けるから、啓介くんは中を照らしてくれたまえ」


 九郎は普段の躊躇いのなさを潜めて、ゆっくりと慎重に襖を開ける。啓介がすかさず明かりを入れると、応接間と思しき広めの空間が照らし出された。内部は荒れており、洋風の机と椅子が埃を被りながらも当時の形のまま残っている。幸いエンティティもいなさそうだ。


「異変なしか。にしても、豪華な造りの家だね。一帯の地主でも住んでいたのかな」

「だとしたら、どうしてこんな風に放棄されてしまったんでしょうか。入口が固められているのだって、まるで隔離されてるみたいですよ」

「……村八分、かもしれないね。日本の村社会がまだ強い自治権によって運営されていた当時、村の規律を破った者には{罰金、絶交、追放}という独自の制裁が加えられていたのだよ。その後者二つを適用する事を村八分と言って、〈葬式と鎮火以外のあらゆる関わりを断つ〉という最も重い罰として、村の結束を守る為に運用されていたのさ」

「現代のいじめみたいな話ですね……」

「不思議なのは、こんな豪邸が村八分に使われている事だ。村八分による追放は、本来村の外れに一軒家を用意して行われるのさ。この豪邸は村八分の為に建てられたものではなく、初めから村に建っていたものの筈なのだよ」


 九郎の頭に過ぎった仮説は、常識では到底考えられないものだった。


「もしかしたら、〈村全体がこの豪邸を残して移動した〉のかもしれない。それがこの一家を村八分にする為だけの所業だとしたら、狂気の沙汰だと言わざるを得ないがね」


 三人は応接間を離れ、さらに奥を目指す。周囲で何かが動く気配もなく、本当にただの廃屋を探索しているかのようだ。台所に浴室やリビングといった一通りの部屋を回ったが、全く異変は見られなかった。


「なーんか拍子抜けだな。てっきり人食いの鬼でも封じてあるのかと思ったら」


 環名はガムを噛み、膨らませている。彼女のみならず、啓介ですらも若干油断し始めていた。もしかしたら、このまま何も起きずに帰れるのではないかと。だが階上に上がった瞬間、そんな希望は一瞬で砕け散る。階段の先に伸びていた廊下のど真ん中に、奇妙な物体が待ち構えていたのだ。

 そこにあったのは、一本の棒だ。先端にはぼさぼさとした毛の塊が付いており、モップのようにも見える。だが啓介が抱いたのは全く別の感想だった。


「あれって……人間の髪の毛じゃありませんか?」

「啓介くん。君、とても嫌な所に気が付くね」

「よく見てみな。あれ、人間の脊椎だよ」


 環名が指摘した。棒だと思っていたのは、人間の背骨であったのだ。先端には頭蓋骨が付き、そこから乾いて縮れた頭髪が広がっている。それ以外の骨格は失われており、まるで標本のようだ。


「……頭髪って、頭蓋骨から直接生えている訳じゃありませんよね」

「おそらくだが、頭皮が残ってへばりついているのだろうね。あれはオブジェなんかじゃない。正真正銘、人間の死体だとも」


 脊椎が階段の方に背を向けていたのは、不幸中の幸いと言えよう。骸骨と目が合ってしまえば、此処より先に進もうという意欲は壊滅的に削がれていたに違いない。


「気分は乗らないが、あれの横を通って先に進むとしよう。この場に留まり続ける方が、精神衛生上ずっと良くなさそうだからね」


 九郎が先陣を切って脊椎に近付いていったその時。脊椎を中心に重苦しい雰囲気が流れ、ぷつぷつとしたノイズが奔る。そして虚空から現れたのは、首の無い四つん這いの人型エンティティであった。

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