七話 ???

この世は苦しみで満ちている。

この世は悲しみで満ちている。

この世は絶望で満ち溢れすぎている。

母は、毎日、そう口にしていた。

誰に言うわけでもなく、私に言うわけでもなく、一人で。

たった独りで、そんな呪いの言葉を吐きながら、母は心の病に冒され、医者にもかからず、自殺した。

いや、違う。

母は殺されたのだ。

父という、もう願っても二度と生き返らないもののために。

世の中という、母を憐れむばかりの善人面した人間どものために。

そして、父によく顔の似た、私のために。

私は父を知らない。父がどんな人間で、どんな人生を歩んできたかすら、知らない。

心底父のことなどどうでもよくて、母と二人でいられれば幸せだった。

でも母はそうではなかったのだ。

母が愛していたのは父だけで、私は父が死んだ後生まれた、父の代替品。

父の言動、行動、仕草、癖。

それらから逸れると即座に母に罵倒され、殴られ、蹴られた。

警察を呼ばれそうになったことは一度や二度じゃない。

それでも私は良かった。

母を愛していたから。

父によく似た私を抱きしめてくれるときだけ、幼い私は母からの愛を感じた。

でも、あの日私が母を壊した。

だから母は壊れて、数年後死んだ。

全てに絶望した。

そんな時、あの男が私に忌子の存在を教えた。

いや、存在自体は元々知っていた。

でもまだ、その時忌子は監視されながら比較的自由で、個人情報は今と同じで完全に隠され本人しか自身が忌子だと知ることは出来なかった。

あの男は私に教えた。

忌子の価値を。

忌子の力の価値を。

忌子の力が増えていけば、母を生き返らせることが出来るかもしれないと。

善人面の憎きあいつらに復讐できるかもしれないと。

あの男に恩は覚えない。

でも感謝はしている。

理由はわからずとも、あの男は私に忌子の価値と歴史と力、全て教えてくれたのだから。

あの男はなぜか、研究所以上に忌子のことを知っていたということが、この研究所に勤めてからわかった。

不思議な男だ。確かあの頃は10代後半くらいの若い男だった。

今生きていれば私と同じくらいだろうか。

そんな事を考えながら、ゆっくり歩き出した。

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