2話《研究者 文野遥香》

「くだらない。」

読んでいた雑誌を乱暴にデスクに放り投げ、私は溜息をついた。

コップに入っていたコーヒーが湯気とともに揺れる。

「お顔が怖いっすよ〜、遥香先輩。寝不足っすか?」

最近、寝不足であることはたしかに事実だが、その程度で私は心を乱すことはない。

後輩の荒田結城がおちゃらけて私にそう告げ、私が読んでいた雑誌を手に取る。

「先輩、雑誌なんて読むんすね、いつも小難しい本ばっか読んでるのに。」

白衣姿が全く似合わない明るい茶髪の後輩は、じっと雑誌を見つめた。

相変わらず、なんで彼がこの研究所に入れたのかが甚だ疑問だ。

「忌子関連の雑誌は、基本的に目を通す。世間が忌子をどう思っているのか、ある程度把握しておかないとな。」

「うわ、真面目。」

十数年前世間を騒がせた忌子の話は、どれだけ年月が経ってもある程度の話題性は持たれるのだ。

去年、この研究所の忌子が一人死に、新たな忌子が見つかったとなれば、尚更。

「力を応用しようとしているなど、馬鹿馬鹿しい。忌子が消え去れば満足だ。」

雑誌の一文に書かれた言葉に対して、毒づく。

忌子の力を借りて、日本を発展させる?

忌子の力を借りての発展など、もはや発展ではない。

忌子関連の雑誌は、こうも人々の不安を煽る記事ばかり書く。

今、忌子を恐れている人々にとっては、こういう記事が一番売れるのだろう。

しかし、世界では一部、忌子を神のように崇める人間がおり、そういう団体があることも事実だ。

彼らは共通して、忌子のことを、神の子と呼ぶ。

しかしそういう団体は、政府に厳しく観察されるため、目立った活動は見られない。

「、、、くだらない。」

自分の頭の中で考えたことをすっかり口癖になってしまった、くだらないという言葉で拭い去る。

この研究所は、忌子を収容し、研究する施設だ。

出入り出来るのは政府のお偉方数人と、認められた研究者だけ。

忌子の情報を漏らすことは固く禁止されており、自分がここに努めていることも、決して口外してはならない。

私は、研究所の重要な資料などに目を通すことを許可されたが、代わりにあと十年は、外出許可がなければ外に出ることは叶わない。

まあ、私は一向に構わないのだが。

忌子を消す。それだけが、私に与えられた使命なのだから。

そっと、首にかかったネックレスに触れる。

指先にひんやりとした感触が伝わる。

あの日以来、私は忌子を消すことだけを考えて生きてきた。

きっとこれからも、だ。

私が生きているうちに、必ず忌子を根絶してみせる。

私は、間違ってなんか、ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る