第19話 手の魔女 8
「ああ。しかし、オレは単なる偶然の一致だと信じたい。先史文明の知識は先代の聖女に教わったもので、目は病気で失ったと言っていた。だから、彼女が本当に目の魔女かどうかを確かめる必要がある」
「その必要はないほどに明白だ」
「……いずれにせよ、肖像画を描いてくれと依頼されているのだから、彼女の希望通りに彼女に会いに行く。それ以外に選択はない。そうだろう」
「ああ。目の魔女を倒すためには、直接コハクと会って私が触れるしかない。だから会うことについて異存はない」
「彼女は目の魔女でもコハクでもない。アコニットだ。……少なくとも、今のところは」
アコニットを擁護するヨーケルを見て、さすがの手の魔女も彼が哀れに思えた。
「……お前の言うとおり、ただの偶然でアコニットが無関係だと仮定すると、世間に動く義手のことがバレることになるが、それについては構わないのか」
「やはり、偶然の可能性もあるのか」
一瞬、ヨーケルの瞳に光が戻る。
「……いや、ただの仮定の話だ」
「……この義手については、むしろアコニットになら知ってほしい。手の魔女についても誰にも喋らないだろうし、彼女ならオレの味方になってくれるはずだ」
「そうか。期待させるようなことを言ってすまなかった。準備をしよう」
「ああ。画材を用意してくる」
「それはあとでいい。それよりもコハクの不可視の刃に対する備えが必要だ」
「ふむ」
「不可視の刃の正体は、戦術高エネルギーレーザーと呼ばれる光だ。対策としては、鏡による反射と煙幕によってある程度は防ぐことができる。しかし、そもそも相手に使わせないのが上策だ。コハクはこちらが手の魔女かどうかを確認するはずだ。いきなり攻撃してくることはないと予想される。こちらとしては『先の先』を取れる有利な状況だ。さりげなく相手をこちらの間合いに入れ、先手を取って勝つ。これが最善だと思う」
「ああ……」
「どうした」
「相手が魔女かどうかを確認する必要があるのは、こちらも同じだ。相手の出方を見たい」
「むざむざ優位性を捨てるつもりか」
「向こうが本当に目の魔女でこちらを疑っているのなら、こちらの間合いには入ってこないと思う。むしろ、間合いに入れようとする行為自体が相手に確信を与えることになりかねない。オレは演技ができない。すぐに感づかれるさ」
「ふむ。一理ある」
「だから、あえて相手に初撃を出させる。それから相手が体勢を整えるまでの間に『後の先』を取る」
「正気か。不可視の刃は見えないし、そもそもお前の片目だけでは相手との距離感さえ掴めないだろう。躱すことはできないぞ」
「だが策はある。相手が狙ってくる場所を誘導し、反射して防ぐ。そして相手の懐に潜り込む」
「肉を斬らせて骨を斬る、か。そこまでの覚悟があるのなら、私も命を賭けよう。可塑性導電インターフェースを持って行った方がいい。あれには止血作用の他に鎮痛作用もあるから、斬られても応急措置ができる」
「アレにはそんな効果もあるのか。保管室なら他に使えそうなものがあるかもしれない。とりあえず反射鏡や煙幕になりそうなものを探してみよう」
「ああ、まずは何があるのか調べてみるとするか」
目的を持って倉庫を入念に調べると、グルタルの知識の助けもあって実に様々なものを発見することができた。切れ味の鋭い金属の刃、負傷した肉体組織に同化してたちまち傷を治す人工皮膚、煙幕弾などなど。さらに、鏡のような金属の平板があったので、それを磨き上げてから枠を取り付け、キャンバスで覆った偽装を施した簡易反射盾を用意した。
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