第20話 聖遺物堂
そして迎えた日曜日。これからのことを思うと心が痛むが、手も痛む。
雪が降っていたので分厚い外套を着込み、画材を使用人に持たせ、一頭立ての幌馬車で教会へ向かう。教会前で馬車を降りる。いつもなら荷物持ちとして使用人を一人連れて歩くが、今日は御者と使用人は、本宅の方へ返すことにした。
不自然にならないようにキャンバスの盾とイーゼルは左脇に抱え、画材は右手に下げた状態で、教会の正面玄関から入る。雪が降っているせいか外にはほとんど人はいなかったけれど、内部はそれなりに混んでいた。中で待っていた二人の人夫が画材を運んでくれようとしたが、丁重に断った。彼らに案内され、身廊を通って奥の階段を下り、地下に降りる。地下に来るのは初めてだ。意外と暖かく、とても静かだ。レンガ造りの地上部分とは違い、地下部分は石積みになっている。天窓があって自然光を取り入れる設計になっているため明るく、圧迫感は少ない。無人の通路を進み、やがて聖遺物堂まで案内される。聖遺物堂という名に恥じない荘厳な扉だ。人夫が二人がかりで扉を開ける。外開きで、鍵は設けられていない。
促されて中に入る。部屋の一番奥の天窓の下、アコニットがいつも通りの質素な祭服で静かに椅子に座っていた。目を閉じているので、うたた寝をしているのかもしれない。彼女の右目の眼帯を見て、なぜか少しほっとした。
人夫が外側から扉を閉じる。二人きりになった部屋の中は、天井が高く広い。自然の光が溢れ、聖遺物堂よりもホールと呼んだ方が適切に感じる。全体的に簡素で、聖遺物を安置しているといわれる棺の他は、壁際の棚や燭台と、部屋の中心に置かれた椅子くらいのものだ。
彼女は両手を重ねてふとももの上に置いている。その所作に怪しいところはない。
アコニットは目を開いた。
「本来は私が赴くべき所なのに、お越しいただいてありがとうございます。以前お話したときと比べ、ずいぶんお元気そうで安心しました」
「ええ、おかげさまで。こうして絵が描けるほどに回復しました」
「なによりです。さあ、どうぞ、椅子をご用意していますので」
ヨーケルは中央に用意された椅子の方へ進み、椅子の前まで来ると、光の聖女がおもむろに立ち上がった。
「手の魔女を、見つけることができたのですね」
「……え?」
二つの理由で戸惑う。手の魔女のことを知っているなら、やはり彼女が目の魔女なのだ。そして、グルタルの話では、確認のための探りが入ると言っていたのに、すでに断定したような物言い。想定とは違う状況になっている。どう応えるべきか、思考と動きが完全に止まる。頭の中で、グルタルが警鐘を鳴らしているのが分かる。
右目から一閃。アコニットの眼帯がはじけ飛ぶと同時に、ヨーケルの左肘が切断され、義手がゴトリと床に落ちた。グルタルが不可視の刃と呼んだ戦術高エネルギーレーザーが放たれた。返す刀で胴が切断されるのを免れたのは、左脇の下に抱えたキャンバスが反射盾の役割を十全に果たしたからだ。しかし、アコニットは反射鏡には気づいていないように見える。ヨーケルと手の魔女グルタルのように、アコニットと目の魔女コハクは別人格なのだと彼は判断した。
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