第15話 手の魔女 5

子どもの成長や、畑の拡大も人間の手にあるうちは、それは問題にはならない。手に収まる道具や技術を使っているうちは、それらが人間の肉体の限界を超えることはない。自然の中で畑を耕し、木を伐り、燃料と道具を作る中で手に技術が蓄積されていく。その世界では年寄りは確かな技術を持っていたし、子どもにもそれなりの役割があった。そういう社会では、技術が自然の限界を超えることはない。なぜなら自然の限界を超えるとき、自然が壊れ、人間の社会も壊れるからだ。


技術が高度に成長して人間の手を離れていくとき問題が顕著になる。かつて我々の文明が栄えていたとき、数多の便利な発明品があった。空間を自由に移動する乗り物、どこでも誰とでも意志疎通できる通信技術、必要なものを即時に作り出す製造機械、そういったものが次々に発明されていた。それらは社会を少しずつ豊かにする一方で、既存の社会を、それらの存在を前提にした社会へと少しずつ変化させていった。気づいたときには、それらの技術がないと成り立たない社会が出来あがった。そんな社会では新しい技術が常に生まれ、それを吸収して自分を適応させる必要がある。しかし、完全に適応する前にさらに新しい技術が現れる。新しい技術は、それ以前の技術を無意味なものにしていった。拡大や進歩に限界はない。そのサイクルは日に日に加速し、年寄りや教育を受けられない子どもを、社会のお荷物に変えた。新しい考えや技術について行けず没落していく人間と、没落しまいと必死になる人間とを分断し、争いを生んだ。最終的には汚染された地上から脱出できる人間と、地上に残らざるを得ない人間とに分断した。そののち、人間たちがどんな運命を辿ったかは話したとおりだ。


コハク自身は、人間を二分し、争いを生み出そうとは考えていない。が、あいつの性質それ自体が再び人間に二者択一の選択を迫り、分断を招き、悲劇を呼ぶ。だからコハクの生み出す悲劇を止めたい。人間はこの地上で今のまま自然の中で生きるべきだと考えている。


「あんたの考えと事情はなんとなく分かった。とはいえ、オレは目の魔女と事を構えるなんて危険な橋は渡りたくない。目の魔女は不可視の刃を持っていると言ったか。そんなものを持っている奴を相手にしたくないな」

「その気持ちは分かるよ。しかし、すでにお前は目立ちすぎた。お前の描いた絵はすでにこの世界中にばらまかれている。そのほとんどが数千年も昔に絶えた技法で描かれている。そのうち目の魔女コハクの知るところとなるだろう。もうすでに目を付けられているかもしれない。コハクは自らの目的を実現するために、私の左手を破壊して記憶を奪いに来る。否が応でも衝突はやむを得まい」


「さっきから目の魔女が存在することを前提にしているが、そもそも、目の魔女はまだ生きているのか。あんたみたいに停止している可能性はないのか」

「今も活動しているのを感じる。どこにいるかまでは分からないが。向こうも私が再起動したことは分かるだろう」

「そうか。目の魔女にオレがこの義手を差し出すと言ったらどうなる」

「コハクがどう反応するかは分からないが、いい結果にはならないだろう。口封じに殺されるかもしれないし、監禁されるかもしれない。そして人類は、再び悲劇に見舞われる。遅かれ早かれ死ぬだけだ」

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