第7話 遺物商

季節が巡り、夏も終わろうかという今日も、ヨーケルは取引所にある店の一つに来ていた。この店舗は倉庫も兼ねているのか、棚がいくつも並び、遺物が投げるように何段にも重ねられて置かれている。天井からはいくつもの紐状の物がぶら下がっている。どこも似たり寄ったりの店構えをしているけれど、ここは特に乱雑な印象を受ける。不思議なことに店主は、どこに何があるかをすべて把握しているようだった。ここの店主は、乱雑なようでいてすべての物が収まるべき所に収まっているのだと言う。


ヨーケルが店に入ると、ひげ面の店主が棚の影から出てきた。

「いらっしゃい」

「何か面白い物はあるかい」と尋ねる。取引所では毎日のように新しいものが入荷されるので、特に用事がなくても見て回るのが彼の習慣だった。

「そういえば、若旦那の左腕は義手だって聞いてるんですが、それは本当ですかい」


界隈でヨーケルは若旦那で通っている。会社を継ぐことはないので道楽息子であることはみな知っていたけれど、太客なので若旦那と呼んでいる。ヨーケルも、自分の親よりも年上の店主からそう呼ばれて悪い気はしなかった。


「なんだい。藪から棒に、機微に触れる話題だな。その通りだよ」と、シャツの上から義手を右手でこんこんと叩く。「義手で何か面白いことでもあったのか。それともオレを見世物にして笑いたいのかい」

「いえいえ、そういうつもりじゃないです」と店主は慌てて大きく頭を振った。「実は今朝、すごいものが手に入ったんですよ」


店主は棚の背後から包みを取り出してテーブルに置き、その包み紙をヨーケルの前で広げる。

「これは……」

ヨーケルは息を呑んだ。生々しい人間の左腕の、それも肘から先の部分が現れた。


「どうですか、若旦那」

「これは、本物の手なのか」


形といい質感といい、作り物の模型にしてはあまりにもリアルだ。触れた感触も、体温がないこと以外は、人間の皮膚と同じだ。全体的にほっそりした造形からして、女の手のようだ。つい先ほど人体から切り取ってきたようにしか見えない。


「どっからどう見ても人間の左腕にしか見えないでしょう。でも違うんですよ」

店主は得意そうに肘関節の切断面を見せる。そこには金属光沢を放つ骨状の部材が見え、その周りをぶよぶよとした束がいくつも絡むように巻き付いている。本物の手でないことは明らかだ。


「これは、一体何なんだ」

「先史文明期に作られたものってこと以外は、分かりませんよ。使い道も分かりませんが、義手として使えるんじゃないかと思って、若旦那のために取っておいたってわけです」

店主はここぞとばかりに、ごまをする。


「ふむ。義手は間に合っていると言えば、間に合っているんだけれど、手元に置いておくのも悪くない。値段次第だな。いくらだい」

「ワシはこれほど精巧なものをこれまで見たことないですし、これからも見つかることはないでしょうな。なので、金貨で三〇ではいかがですか」


金貨一枚は、庶民が一年間に食べるパンの値段にほぼ等しい。一点ものといえども、ふっかけている。もっとも、この取引所での取引では、値段はあってないようなもので、こういった価格交渉も一種の文化であり、彼らの娯楽でもある。ヨーケルは最初の取引ではそういった事情を知らず、額面通りに支払った。取引相手は逆に興ざめしてしまい、取りすぎた分を授業料として、価格交渉について手ほどきしてくれた。始めは戸惑ったけれど、今では、いかにして価格について合意を形成するか、それをゲームのように楽しめるようになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る