第8話 魔女の左手

「おいおい、話にならないよ。精巧なのは認めるけれども、逆に精巧すぎて屍体の手のように見える。オレ以外は気味悪がって買い手が付かないだろう。金貨一〇でどうだ」

「若旦那。左手と聞いて、何かピンときませんか」

「左手……」少し考えるが、心当たりはない。「いや特に何も」

「ワシも最初は気味が悪いと思ったんですがね。でも、もしかすると、これは『手の魔女』かもしれないと思ったんですよ。だとしたら、とても値段を付けられる代物ではありません」


大真面目な顔で話す店主を見て、ヨーケルは失笑を禁じ得ない。

「そんなおとぎ話を真に受ける奴なんていないよ。それに、仮にそうだとしたら、ますます気味悪がって買い手がつかなくなるじゃないか」

「いえいえ、それがそうでもないんです。引き合う当てはあるんですよ」

「どこの誰だ」

「光の教会の聖女様ですよ」

「ほう」


意外な名を聞いて動揺したけれど、努めて平静を装った。冷静に考えれば光の聖女はもともとこの手の代物に詳しいので、まったく意外ではないのだ。

「光の聖女様を始めとして、光の教会の関係者の方が時たまうちに来られて、こういった代物を高く買ってくれるんです。でも、今回は左手だったので、若旦那の方が高く評価してくれると思ったんですが」


店主の話を聞き、ヨーケルはこの左手の模型の使い道と価値を考えた。魔女の話どうのこうのは、脇におくとしても、義手としては確かに使えそうだ。女の手のように見えるけれど、ヨーケルの体もほっそりとしており、特に違和感はない。それに、義手として今ひとつの使い心地だった場合は、光の聖女への贈り物にすればいい。普段、彼女と二人きりで対面する機会も口実もないけれど、これを持って行けばその口実にはなるだろう。少々高いけれど、払えない額ではない。買わない選択肢はなかった。


「分かった。一五でどうだ」

「二〇ではいかがでしょう」

「よし。取引成立だ」


ヨーケルは店主と右手で握手をし、左手の模型を受け取る。代金は月末払いだ。

そのあと他の店をいくつか見て回るものの、特にめぼしいものはなかった。左手の具合を早く確かめたかったので、港町の本宅や光の教会には立ち寄らず、早々に森の別荘に帰ることにした。


別荘に帰り着くやいなや工作室に向かい、手に入れた左腕の模型に義手用のベルトを取り付けてもらい、急ごしらえの義手を作製した。試しに装着してみる。切断面の金属が肘に当たり、不快なので、何か緩衝材を間に挟む必要がありそうだ。その日はもう遅くなったので、作業を中断し、次の日に持ち越す。

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