第5話 先史文明の遺産
そうして光の聖女に命を救われて以来、生きる意味を探すためと、自分自身の救済のために先史文明に関する様々な書籍を一心不乱に読んだ。
先史文明のことは、子どもの頃に家庭教師から通り一遍のことは教わっていた。それは星を目指して、地上を去った人間たちの昔話だ。星々を渡ることのできる技術を持ちながら、地上を『汚染』し、地上から去らざるを得なかった人間たちの歴史だ。しかし、先史文明については、ほとんどのものが燃えたような変性を受けて土に埋まっており、その理由も由来もはっきりしない。特に、先史文明時代に書かれた本は汚染がひどく、読める状態のものはまったくと言っていいほど残っていない。はっきり分かることは、それが『汚染』を意味しているということだけだ。そのため、のちの時代に書かれた先史文明に関する内容は、多分に推量や憶測、それに完全な創作が混ざっていた。今はどう見ても黒なのに、昔の月の色は黄色だったと書いている本もあり、何が真実で何が創作か、そして何を手がかりにすればいいのかも分からなくなっていた。
先史文明のガラクタとしか思えない発掘品や、作り話ばかりを載せたようにしか思えない本に数か月間も付き合ううちに、それらがまったく何の意味もないもののように思えた。別荘に引っ越して間もない頃は毎日過ごしていた図書室にも、しだいに足が遠のくようになった。ようやく本気で向き合えるものに出会えたと思っていたのに、このまま先史文明を研究したところで無駄に終わるかもしれない焦燥と手詰まりの絶望感が押し寄せて来た。彼は、そこで初めて化け物と出会った。もし、彼が以前の彼のままであったなら、ここで容易に諦めただろう。しかし、今、彼の心には聖女アコニットがいる。彼はここに至った運命に対する悲しみと怒りを原動力にして、湧き上がる自分の詩を、使用人に口述筆記させることにした。幸せな子ども時代と、事故の絶望や悲しみ、そして光の聖女に救われたことを来る日も来る日も語り、使用人に書き取らせた。最初は同情的で筆記中に涙していた使用人も、同じ話に何日も付き合わせられるうちに、次第に嫌気がさすようになった。
この頃から、ヨーケルは幻肢痛に悩まされ始めた。幻肢痛とは、切断して失ったはずの手足が存在するように感じられ、それが痛む現象のことだ。彼の場合の幻肢は、失った左肘の先から直接手首と指が生えているようないびつな手の幻肢であり、その違和感と痛みに苦しんだ。肉体的な痛みには鈍感であるものの、この幻肢痛だけは悶絶する痛みがある。義手を着けることで痛みが緩和すると医師が勧めるので、人形職人に作らせた左手の義手を試してみたけれど、それはただの飾りにしか感じられず、幻肢痛は改善しなかった。
これを解決したのは、光の聖女の言ったとおり、先祖が集めた先史文明の発掘品だった。かつて曾祖父が『奇妙な粘土』と名付けたそれは、可塑性のある半透明の粘土のような塊だった。
まったくの思いつきで、手先の器用な使用人に頼んでその粘土塊をこねてもらい、左手の手首から先の手の模型を作らせ、それを肘の先に付けてみた。両親に作ってもらった義手は、肘から先の前腕部と手からなる精巧な義手だったけれども、それはヨーケルの抱いている幻肢のイメージとは違う。彼の抱いているイメージでは、手首が肘に直接くっついているのだ。だからそのイメージに合う手の形をした物を自分で作り、実際に肘の先に固定しようと思った。なぜそうしたいと思ったのかは、ヨーケル自身にも分からない。けれども、これが功を奏し、不思議なことに幻肢痛が治まった。彼は、この粘土の名を『奇跡の粘土』に改めた。
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