第4話 聖女アコニット

ヨーケルが光の教会に通い始めて、何日か経ったある日、彼は初めて現役の光の聖女と謁見することができた。光の聖女が部外者と二人きりで話すことはないが、ヨーケルの両親が多額の寄附をしていることもあり、特別な計らいによって二人きりで話す機会を得たのだ。


彼女の見た目は十八、九の乙女であり、金髪緑眼だ。香水なのか香を焚いているのか、甘い香りが漂う。華美ではなく、どちらかと言えば質素な祭服を着ていたけれど、まるで光を纏っているような錯覚を覚えた。意外なことに、彼女もヨーケルのように眼帯を付けていた。ただしヨーケルが左目に眼帯を付けているのとは対照的に、彼女は右目に眼帯をしている。自分と同じ眼帯の聖女に親近感を覚えた。


光の聖女はアコニットと名乗り、病気で右目を失ったと教えてくれた。

光の医院で命を救われたことに対して、彼はアコニットに礼を述べる。アコニットは、それは私ではなく医師の努力や先史文明の医療技術の賜物であると謙遜した。


ひとしきり感謝を伝えると、彼は早速本題を切り出した。不慮の事故で死ぬ人もいるのに、なぜ自分は生きているのか、画家の夢が絶たれたのに、自分が生きていることにはどんな意味があるのかと問う。


事故を生き延びたということは、あなたは死ぬ運命にないのですとアコニットは答え、ヨーケルの右手を優しく握った。その手には燃えるような暖かさがある。彼女はヨーケルの指の一本一本を暖めながら言葉を続けた。


漫然と生きていたこれまでの生活から、生きることそのものに意味があると感じられるようになった今、あなたの人生はようやく始まったのです。すべては考え方次第。画家の道が断たれたとしても、他の道がいくらでもあります。それに、先史文明には、失った身体を取り戻す術もあると聞きます。失った目と手を取り戻したあと、まだ画家になりたいと思われるのかは分からないけれど、ここからはあなた次第です。


薫陶を受け、ヨーケルは光の聖女の賛美と先史文明の研究に人生を捧げることで意味を見つけようとした。


ヨーケルが光の医院を退院してから、彼の両親は、港町の本宅である屋敷から郊外の湖畔にある別荘に彼を移した。この別荘は、彼の曾祖父が建てたものだ。高祖父の蒐集した先史文明の発掘品やそれらについて研究した論文・書籍などを保管し、一部を展示するために建てられた。森の木々がふんだんに使われており、骨組みの至る所に装飾の施された建築だ。勾配のきつい三角の切妻屋根に派手な煙突がいくつも並ぶ、大きなお屋敷である。


高祖父の影響を受けていた曾祖父は、先史文明について調べるために多くの本を取り寄せており、街の図書館でもここの図書室に勝るところは少ない。建てられた当時は、物珍しさから多くの人が集まったものだが、素人からすれば使い方の分からないものがただ並べられているだけなので、祖父の代の頃には熱もすっかり冷めてしまった。今は夏の限られた期間に、家族で避暑を兼ねた休暇を楽しむためにしか使われていない。しかし、先史文明を調べるには、先史文明の資料が豊富で誰も来ない静かな環境こそ、ヨーケルにとっては最高の環境だった。そこで、両親に強く要望して居所を移したのだ。


便利な街を離れて辺鄙な森の中で暮らしたいと言うヨーケルに対して、両親は彼が絶望でおかしくなったのかと心配した。けれど、事故で片目と片手を失ったにもかかわらず、意外にも元気そうなヨーケルの様子と、こうなってしまった以上は彼の好きに過ごさせてやりたい思いもあり、十人ほどの使用人を帯同させて、彼を別荘へ送り出した。

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