第2話 ヨーケル
画家志望の青年、ヨーケル・クエンは幼い頃から絵を描くことが好きだった。金髪青眼の彼は、他の兄弟たちと外で遊ぶことを好まず、空想の世界に耽って絵を描くことを好んだ。物資の不足する時代でも画材に困らない環境にいたことが、それに拍車を掛けた。
彼の生まれたクエン家は、大きな会社を経営する裕福な一族である。
ヨーケルの高祖父、つまり祖父の祖父は、紡績会社を興し、一代で財を成した。彼が会社を興した港町は、先史文明が崩壊した世界の中でも有数の人口集積地となった。
機械工だった高祖父は、若い頃、機械の素材になるガラクタを先史文明の遺跡から発掘していた。そこで偶然、完全な状態で残されている機械を発見する。先史文明の遺物は、多くの場合、原形を留めないほどに『汚染』されている。そのため完全な状態で残っているものは極めて珍しい。どうやら意図的に保管されたもののようだった。機械に精通していた高祖父は、相当な価値を持った機械に違いないと見抜いた。分解して持ち帰り、詳しく調べた結果、それは水力で駆動し、複数の糸を撚る機械だと分かった。それまで紡績といえば、女工が糸車を手で回して一本一本撚っていく手間暇のかかる作業だったため、この紡績機械は、まさに革命的だった。
この港町に、世界中から綿花がかき集められ、瞬く間に高祖父の会社は大きくなった。わずか数年で、一機械工から港町の中心に城のような豪邸を構えられるほどの、資産家となっていた。
時が下るうちに、会社は様々な事業を手がけ、それらを一族で経営するようになった。現在の社長はヨーケルの父であるけれども、年の離れた長兄が継ぐことになっているので、末弟のヨーケルは、一通りの教育を受けたのち、彼の自由にさせてもらえた。悪く言えば、両親は、会社の経営に忙しかったので、競争が嫌いで浮世離れしたヨーケルの相手をする暇がなく、ただ単に放任していた。それをいいことに、彼は絵を描いたり、楽器を演奏したり、詩を書いたりして過ごした。その中でも特に好きな絵を描くことを職業にしようと決めていた。
しかし、特段、彼に絵描きの才能があるわけではなかった。裕福で生活に困ることもない。だからあえて売れる絵を描く必要もない。気の向くままに描くだけで、感性や技術を磨くことはなかった。本気で何かと向き合ったときに現れる化け物にも出会うこともなかった。
時折、会社の従業員や取引関係のある人間が、クエン家の画廊に飾られたヨーケルの絵を鑑賞し、世辞を述べた。彼はそれを半ば阿諛と知りながらも、半ばは真に受けた。だから、そのうち絵を買いたい客や画商から連絡が来るだろうと思っていた。
しかし、絵を買いたいと言う客はなかなか現れない。それどころか、絵を褒める人間も少なくなっていった。というのも、ヨーケルが会社の経営には関わらないと知れるにつれて、彼に取り入ったところで将来性はないと、周囲の人間が判断したからだ。とはいえ、少ないながらも彼の絵を褒める人間はいたので、画家としての仕事の依頼を待ちながら、いたずらに数年を過ごした。
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