第31話 マイナデス

 ――絶句。

 耳を傾けていた誰もが、即座に口を開くことができなかった。

 数千もの命が消えた事件――それが、人為的なものだったなんて。口伝に聞いただけの自分でも信じがたいのに、二人からすれば悪夢のような話だろう。


「……それが真実だとして、教会は何故……そんなことを?」


 ややあってから、シンシアさんが正気を奮い立てるように口を開いた。


「正確なことは分かりません。しかし王都は騎士団の総本山です。以前から教会との対立は深まっていましたし、もしかしたら歪められた歴史に気付いた者がいたのかもしれません。何にせよ王都の崩壊によって教会が国の実権を掌握したことは事実です」


 要は自分たちにとって不都合なものを消すために、虚殻の仕業を装って数千人の住民ごと都を滅ぼしたということか。

 事実だとすれば、あまりに身勝手かつ唾棄すべき残忍さだ。


「私は娘を救おうと戦いましたが、どうにもなりませんでした。結局、満身創痍で教会に回収されたときには、私は喜び以外の全ての感情を失っていたのです」


 そう呟く彼の瞳で、彼の感情を代弁するように五枚の花びらが妖しく揺らめいた。


「娘は教会に利用され、守ろうとした街をその手で滅ぼさせられた。しかし、私の中には既に怒りも悲しみもありませんでした。おかげで冷静さを欠くことはなく、功績を評価された私は教会の中でも確固たる地位に就きました」


 先生はそう言って花弁を隠すように瞼を伏せると、


「だから私は考えました。何故……娘は犠牲になったのか――と」


 永い時を思い返すように、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「私は征伐師として教会の闇に潜り、真意を探り続けました。そして十年前、この里で王都の再現とも呼べる事件が起き、それを調査する中で遺跡の存在を知ったのです」


 彼は義足が嵌められた脚へ無意識に手を添えると、


「私は任務中の負傷に見せかけて自分の脚を切り落とし、前線を退きました。代わりにこの里の見張り役を志願し、こうして里に移り住みながら教会に隠れて調査に臨んだのです。しかし遺跡は既にほとんどの機能が停止しており、私が求める情報は残されていませんでした」


 おもむろに瞼を持ち上げて、再びこちらへ視線を向けながら言葉を続ける。


「ですが……思わぬところに手がかりが残されていました。それが――こちらです」


 そう言って先生が懐から取り出したのは、古い革表紙の手帳だった。


「これはナザリオさんが残した遺跡の研究記録――教会の地下に作られた隠し部屋に残されていました。彼もまた、真の歴史に気付いた者のひとりだったようですね」


 その言葉にリッカの気配が微かに揺らぐのを感じる。

 しかし意外ではなかったらしく、そこに言葉はない。

 もしかしたら、ここまでの流れからある程度予想していたのだろうか。


「そして二週間前――新たな転機が訪れました。何の前触れもなく遺跡が起動し、隠されていたコールドスリープ装置の中から、貴方たちが現れたのです」


 そう言って横へ流した視線の先には、床から突出した円柱の装置があった。恐らくあれが件の装置――つまり俺は、あの中で永い時を眠り続けていたことになる。


「私は考えた末に、遺跡の存在を隠すことにしました。お二人が事実を知って、どういう反応を示すか予想が着かなかったからです。そして私は貴方を結界の外へ運び、虚殻やシンシアさんと出会うように仕向けました。そこから先は、ご存知の通りです」


 その言葉と微笑みに背筋を嫌な汗が伝う。

 本当に――最初から全て仕組まれていたのか。


「そして私はこの二週間、裏で調査を続けました。遺跡が復旧したことで新たな情報を閲覧できるようになっていたのです。そしてようやく、求めていたものが見つかりました」


 先生はそこで短く句切ると、微かに高揚した声色で言葉を続ける。


「パンデミックの対策として研究されていた技術。病に侵された肉体を捨てて新たな器へ移し替える魂の抽出と移植。これこそが人類が出した結論――乖魂病の治療法です」


 やにわに放たれた核心を突く台詞。色めき立つ心情をよそに先生は言葉を続ける。


「魂の移植は長期に渡って研究されてきましたが、方舟計画には間に合いませんでした。全有史時代の叡智を以ってしても成し得なかった技術が、何故今になって確立されたのか。それは最後のピースが、偶然にもパンデミックによって生み出されたからです」


 先生は山場とばかりに芝居がかった身振りで手を広げると、


「人工知能は人の意識や記憶といった個を形作る情報を聖霊に転写することで、魂という概念の抽出に成功しました。ひとつの身体にふたつの魂――お二人の存在こそが、その証拠。リッカさんという器にナツさんの魂を移植した存在――それがあなた方なのです」


 何度目かの衝撃――しかし先程までの動揺はない。

 元々が異常というのもあるが、それ以上に辻妻が合っている。独立していた点と点が脳内で綺麗に結ばれてしまった。


「そう考えると、もうひとつ分かることがあります」


 先生はひとつ前置きすると、


「ずっと疑問でした。御柱の真下に遺跡があるのは果たして偶然なのかと。そして神籬の儀式とは巫女の魂を捧げること――つまり御柱には魂を抽出する機能が備わっています。これらの繋がりは、御柱が遺跡の知識をもとに作られているためだと考えられます」


 そう言って、今までの無機質なものとは異なる歓喜の色を浮かべながら言葉を続けた。


「そして私は、ひとつの希望を見出しました。この技術――魂の抽出と移植を利用すれば、娘を救うことができるのではないかと」


 確信めいた言葉に反して疑問符が浮かぶ。

 今の言葉には明らかな矛盾があるはずだ。


「でも……先生の娘さんは……」


 彼はこちらの存在を今思い出したかのように、威儀を正しながら言葉を返す。


「開花聖痕が六枚を越えるとどうなるか、ご存じですか?」


 質問の意味が分からない。

 しかし無言を肯定と受け取ったのか、返答を待たずに続ける。


「霊力が許容量を超え、人としての臨界点を突破した術者は、聖霊に肉体を奪われて虚殻と化す。ならば結界の内側から現れた虚殻の正体も、予想がつくのではないですか?」


 そこまで言われてようやく気付く。

 神籬の儀式と虚殻の出現――その残酷な因果に。


「マイナデスは――私の娘です」

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