第4話 レストラン 1
「ところで安藤さん、お仕事の方はどうですか。楽しくされていますか」
売布宮が尋ねる。彼は、手元ではメイン料理である培養鯛のポワレを食べやすいように小さく切っている。
安藤は、売布宮をじろりとにらみつけた。
「あなたも人が悪いですね。楽しいか楽しくないかくらいは、聞くまでもないでしょう」
事実、安藤は食品工場の製造ラインに組み込まれているだけだ。来る日も来る日も同種、同量の惣菜を同じ容器の決まった位置に詰める作業をこなしていた。作業のスピードはベルトコンベアの速さで決められ、休む暇も考える暇もない。ただ淡々と手を自動的に動かして作業をこなすだけだ。そして、その仕事を紹介した人物こそが目の前に座る売布宮だった。とはいえ、他に就職先の選択肢がなかったのも事実だ。
「そうですね。でも別に皮肉で言ったわけではありませんよ。安藤さんは今月で今の工場との契約が終わりますよね。それからのことはもう決められていますか」
「……いえ、まだなにも。住むところすら未定ですが、来月からはベーシックインカムが再開されるので、少しゆっくりしようかと思っています」
「それは良い考えですね。気が向いたらで構いませんが、実は安藤さんには、仕事を手伝ってもらいたいのです」
「また食品工場ですか」
「いえ、そうではなく、更生局の業務を安藤さんに手伝ってもらいたいのです」
これには心底、驚いた。売布宮の立場や仕事内容については断片的に知っていたが、まさか自分がその下で働かないかと誘われるとは、思ってもいなかった。まさに青天の霹靂だ。
「更生局の仕事を、よりにもよって私が、ですか」
「はい。仕事内容を知っている安藤さんが驚かれるのも無理はないですね。もう少し具体的に説明しましょうか」
「ええ」
ベーシックインカムが再開されれば、急いで就職先を探す必要はないが、それだけでは心許ない。申し出を受けるかどうかは分からないが、選択肢は多いにこしたことはない。聞くだけ聞いておきたかった。
「まず、ですね」と、売布宮が話し始めようとしたところで、「お前じゃダメだ。責任者を出せ」と、隣のテーブルから大声が響く。なんだなんだと、安藤たちを含めたフロアの大半の客が大声の主の方を振り返った。
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