第3話 財満

その頃、財満ざいまという男が、レストランに向かってスポーツカーをかっ飛ばしていた。安藤の勤め先の零細企業とは違い、彼は一流の工作機械メーカーに勤めている。有名大学を卒業して今の会社に就職したのち、持ち前の才能と運に加え、母校の学閥を利用してトントン拍子で出世していた。学生時代にはラガーマンだったので、恰幅も良い。


所帯を持つことにあまり興味はなかったが、四十路を過ぎて女遊びに飽き始めた。試しに結婚してみるのも一興と考え、一年前からマッチングアプリを利用している。


アプリでは、ウェアラブル情報端末の決済情報や位置情報といったビッグデータを基にして、個人の趣味嗜好の指向性や価値観などをAIが分析し、相性のよい相手を自動的に選んでくれる。そのため、これに従う限り、ほとんど失敗はない。しかし、財満はAIを信用せず、見た目で相手を選ぶのが常だった。


今日もそのアプリで知り合った三十路女を助手席に座らせ、自動運転車両の車列を縫うようにスポーツカーを手動で走らせる。ときおり車が混んでいるときがあり、そんなときは決まって車間距離を詰めて道を譲らせた。

「ちょっと運転荒くないですか。煽り運転になるかも」と助手席の女がそれとなく言う。

「そうかな」

財満にとってそれは普通の運転だ。


そのとき、進行方向にある交差点の左側から一台の車が左折して、財満の走行している車線に合流する。そのため、その車は財満の車の前を塞ぐかたちになった。財満はとっさにブレーキペダルを踏み、急制動をかけた。


それと同時に、快適なドライブを妨害されたことに対して、頭に血が上る。とはいえ客観的に見れば、この急ブレーキは、制限速度を大きく超過して走行していた財満に責任がある。相手の車両は、左右を確認してから合流したにもかかわらず、ものすごい速さで財満の車両が突っ込んできたわけだから、相手の方が被害者も同然だ。


しかし、財満は自分に非があるとは思わない。

優先道路を走っている自分の車が優先されるべきであり、なかんずくそれを妨害するような形で合流するマナー違反の車など、たとえ世間が許しても、なんのお咎めもなく済まされていいわけがなかった。


車間距離をとにかく詰めて蛇行し、煽り運転を始める。車載AIはすぐに運転の異常を検知し、直ちに運転を中止するよう警告を出すが、財満はそれを無視する。相手に怒りを表現せずにはいられない。


「やめた方がいいと思いますよ。警察沙汰になります」

助手席の女が財満をいさめる。

「オレだってこんなこと、したくてしてるんじゃないよ。でも、こうでもしなきゃ、ああいうヤツは反省しないんだって」

「事故になったら元も子もないし、相手に怪我でもさせたら大変です」

「どうせ運転してるのもAIだし、乗ってるのもアンドロイドだろうさ」

「アンドロイドでも壊したら、賠償金がかかるんですよ」

「保険があるから大丈夫だろ」

「……」

「そういえば、知ってるかい。アンドロイドの中身。もとは人間らしいぜ」

「都市伝説でしょ。そんなわけないじゃないですか」

そういう会話で気が紛れたのか、それともレストランの近くまで来たせいなのか、財満は煽り運転をやめた。


レストランのロータリーで自動車を停め、降車する。自動運転モードに切り替えると、車は駐車場へ向かって自動的に誘導されて移動していく。


レストランの重厚なドアを開き、女を先に通してから店に入った。

「いらっしゃいませ」

スタッフが笑顔で二人を出迎える。

「財満だけど」

「お待ちしておりました。先にコートをお預かりいたします」


コートを預けたのち、案内されたのは事前の注文通り、窓際の眺めのよいテーブル席だ。女を先に座らせてから着席する。背もたれも座面も柔らかく、かなり金を掛けているようだ。


ふと、隣のテーブルの客を見ると、さえない男の二人連れだった。なにやら小声で辛気くさい話をしている。そんな二人組を横目で見ながら、ソムリエから渡されたメニューを開く。ひとまずワインの説明を聞くことにした。

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