うちの犬が死んだ話

 昨年、愛犬が亡くなった。

 以下の文章は、その死を受け止めるため且つその時のことを忘れないようにするために書いたものである。

 なお、具体的な日付や人名、愛犬の名は伏せてある。

 それに合わせて、文章も内容は変えていないが改変が行われている。


―――――――――――――



 ◆◆子さんが亡くなった日の事を、書き留めておこうと思う。

 いつか忘れてしまうから。



 2023年N月N日。

 昼10時前、私はメンタルクリニックへ、◆◆子さんはかねてより予約していた内視鏡検査に向かった。

 そこから帰ってきた私は、始まった5連勤と、その明けの日の病院でかなり疲れていた。◆◆子さんの病状が重い予測はついてたのに、軽ければいいなと思いながらも布団の中でダラダラと昼を過ごした。

 夕方、いったん病院に預けられていた◆◆子さんは、母が連れ帰られた時には相当グロッキーだった。その様子を見て、私は不安感を抱えきれずにTさんに◆◆子さんの事を話した。

 夜7時頃、明るい話題を振ろうと好きな小説の話をした後で眠気に襲われて就寝。次に起きたのは、日付が変わる少し前だった。


 2023年N月N日。この日が◆◆子さんの命日になるという確信はなかった。元気になってくれればなと思っていた。

 起きた私は日付が変わってしばらくしてから一階に降りた。その時は、トイレしに降りて来ただけのつもりだった。

 人が起きていたらとりあえず居間を覗く癖のあった私は、この時も母に声をかけるつもりで居間を開けた。◆◆子さんの様子は、この時すでにとても悪かった。

 ずっと苦しそうにしており、母が言うには何度も水を飲んでは吐いていたらしい。

 心配になり、私も居間に残った。午前1時近くになって、◆◆子さんはようやく水を飲んでも吐かない状態になった。

 私は眠くなるまでは居ると言ったことで、母は寝る事にした。母が行く前に部屋にストーブをつけた。


 ここからしばらくは、ほとんど何もない時間だった。

 部屋があったまると◆◆子さんの様子は落ち着いて来たし、ずっと寝ていないという彼女もいったん眠りについた様子がうかがえた。

 私は一緒の空間にいるだけだった。なんなら途中、ナンプレだけでは時間を潰せないと判断してスマホとゲーム機をもってきていた。

 空腹にさいなまれ手料理を作った時間もあった。


 途中、◆◆子さんがいきんでいた時があった。たしか早朝4時近くだったと思う。当時はふいに目覚めて上半身だけ立ち上がる様子を見せたので気持ち悪いのかと思っていたが、その後ニオイがしてウンチをしていたのだと気づいた。

 ◆◆子さんのおむつを替え、その後は伏せたり起きたりしつつも眠り切れずにいるらしい◆◆子さんに時々声をかけて過ごした。


 容態が激しく変わったのは……生物的な死は朝6時に近くなってから起こった。

 父が起きてきて、目がぱっちりあいている◆◆子さんを見て大丈夫そうだと言った後、ふと◆◆子さんを見たら口から激しく胃液が漏れ出していた。

 吐いてしまったのだと判断した私は、大丈夫だよとか言いながらペットシートのかわりをもってきていた。でも、口からこぼれ出た舌の色が悪いのに気づいて、そこから思考と心が別れだした。

 母を呼ぶように父に言って、私は◆◆子さんの事を呼びながらさすった。しらじらしいぐらいに必死に名前を呼んでいる自分と、冷静でいようとする自分がいた。

 起きてきた母と父と私とで、◆◆子さんを触り続けて名前を呼んだ。もうおしまいだと皆わかっていた。

 人もそうだが、死ぬと体の中のものがすべて外に出ていく。◆◆子さんは吐いた胃液だけじゃなく、ペットシートを移してから大量のうんちを外に出していた。


「もう無理せんで、目を閉じて」

 母は泣きながら◆◆子さんの目を閉じさせた。号泣しながら、ずっと◆◆子をなで続けていた。


 普段泣かない父が、◆◆子さんに手を当てながら目に涙を浮かべていた。


「◆◆子さんがしぼんでいく」

 彼女をなでているあいだ、失われていくものを感じながら、私は思ったことをそのまま言っていた。涙と鼻水は止まらなかった。


 撫でさすりながら、みんなで別れを告げながら、◆◆子さんの眠りを見送った。

 母は病院に連れて行ったことを後悔していたが、私と父でそれを否定した。

 それすらせずに見送ってたらきっともっと後悔していたと思うと伝えた。

 バイバイとありがとうともう無理しないでを伝えながら、◆◆子さんの中から命が消えていくのを見送った。


 汚れたおむつとペットシートをとりかえて、元のふわふわの寝床に◆◆子さんをもどした。

 首がだらりと垂れ下がり、力が抜けているのがわかった。


 6時半を過ぎたあたりで、私はお茶を淹れることにした。正直時間はあいまいだが、お茶を淹れた後にTさんに連絡をおくったのが7時前なのでやはりこのあたりの時間だったと思う。

 心を守るためか、ずっと先の事やこの後しなければならないことを考えていたように思う。

 このあたりから先の私はずっと、心と思考と身体反応がバラバラだった。

 意識して動かす身体は冷静だけど涙と鼻水は無限に出てきた。

 ◆◆子さんの亡骸や情報でどうしようもなく涙が出るし、胸のあたりがキュウキュウと痛んだ。悲しくて胸が痛い状態を、本当にこうなるんだと思っていた私が常にいた。


 そのあとは居間で、もう動かない◆◆子さんと同じ空間で、基本的には過ごした。

 やってることはスマホで小説を見てるだけだったけど、◆◆子さんを火葬して見送るまでは何もできないと思えた。


 母がペットの葬儀屋に連絡して、火葬車が来るのが10時から10時半と聞いた。

 それまでに、◆◆子さんが生前食べていたものや、◆◆子さんに飾る花を用意した。花は主に母が用意していた。

 お見送りの食べ物として用意したのは、小さい頃よくかじっていた牛の蹄。吐くことが多くなってきたときにふやかしてあげると◆◆子さんが喜んでくれたドライ野菜。亡くなる前の時期にもこれだけは食べてくれた主食用の犬用ちゅ~る。

 これらのご飯の用意と前後して、私は火葬車の邪魔にならないように車を家の前の駐車場から、ちょっと離れた駐車場に移した。


 多少上記の内容と前後したり重なったりするが、私も父も母も基本的には居間で◆◆子さんと一緒にいた。途中からは、少しでも日常に戻るためにテレビをつけた。


 その後火葬車が来るまで少しごたごたしたが、11時前には到着した。

 多少落ち着いたかと思っていても、◆◆子さんの死亡を確認してもらってる時に体の方は泣き始めてしまっていた。


 そのあと、案内に従って◆◆子さんのお葬式を進めた。火葬車の台に◆◆子さんを乗せるとき、下にしていたほうの毛並みが乱れているのが目についた。

 口元に用意したご飯を置き、身体の周りに花を飾った。

 線香を供え、末期の水で口元を濡らした。


 2023年N月N日午前11時1分、もち子さんを受け取った火葬車に火が入った。


 火葬が始まってからしばらく、私たちはパンを食べて過ごした。

 テレビをつけてなんでもない話をしたりスマホを見たりしながら、ことが終わるまで時間を潰した。


 12時ごろ、◆◆子さんが焼きあがった。

 父と母はお骨を拾いに行ったが、私は遠慮した。ダメになってしまうと思ったから。今思えばそこも含めてちゃんと見てあげるべきだったのかもしれないけど、やっぱり泣いてしまって駄目になっていたと思うからやめていてよかったと思う。

 じっとまっていると、二人が帰ってきた。◆◆子さんの骨壺は小さくて、◆◆子さん小さくなっちゃったなあと思った。そのまま口にも出た。

 ◆◆子さんの骨壺は、こたつの中での◆◆子さんの居場所の1つとなっていた座布団の上に乗せて、お仏壇の前に置いた。


 動き出す気になれず母がお会計などを済ませるまで待っていると、ブラックフライデーで頼んでいた電子機器類が到着した。

 ちょうどタイミングがかぶったそれを受け取って、開封は一階で済ませたのちに、ようやく私は自室に休む目的で戻った。


 タブレットをいじったりなどしてからしばらくすると、気づいたら寝ていた。

 起きた私は母が買ってきてくれていたお寿司をたべて、風呂に入った。


 風呂の中で、思い切り泣けそうで泣けなかった。風呂から上がった時に、今日の出来事が頭の中を回っていて思い立った。

 出来るだけちゃんと書いておこう。いつか忘れてしまうから、と。





 最後に、◆◆子さんがまだ若かった頃に書いた詩をここに残そうと思う。

 たしかブログにも、◆◆子のぶぶんをわんこにして残していたけれど、きっと◆◆子さんとさようならをする私に必要だと思うので。



題:◆◆子の詩


 丸い目黒く ぐりぐりと 輝きともして前を向く

   いつも同じ事くりかえし

            それでも生が よろこばしい

   いつも同じ日々くりかえし

            そう見え実は 日々違う


 丸い目黒く ぐりぐりと 私を見つめてはなさない

   いつも同じ事くりかえす

            それでも生は 歩みがたい

   いつも同じ日々くりかえす

            そう見え実は 日々苦し


 丸い目たがいに ぐりぐりと しせんをあわせ 手をのばす


 人と犬とがあゆみよる

 日々の流れがちがおうと

 人と犬とはあゆみよる


   互いに生を受けたから


   互いに愛を受けるから



―――――――――


 愛犬が亡くなって数か月後、母と車に乗っている時に「このまま書き留めたものを公開せずにいるのにひっかかりがある」という話をした。

 何故そう思うのか最初はわかっていなかったが、母と話しつつ言語化していくうちに私の中にあったある思いに気づいた。


 そのために、私はもう一つの死についても語らなくてはいけない。

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