38杯目 隔絶

 まずは視覚。

 月明かりの下では奴の動きを全く終えない、俺は罠に使う予定だった木材をいくつか取り出し地面に放る。


【ナンノツモリダ?】


「気にすんな……よっと」


 腰の道具から瓶を木材に投げつける。

 パリンと瓶が割れるとブワッと火が燃え上がり、木材を包み込む。

 炎が谷底を照らし、ある程度の光を確保した。

 炎のゆらめきで俺と狼男の影が谷に映し出される。


【グウゥ……ホノオカ……】


 怒りにも苦悶にも見える表情で憎々しく火を睨みつける狼男、ああそうか、さっきのアレのせいで炎は苦手と見える。

 これはラッキー。何かに使えそうだ。


【ダガ、ソンナモノハ、イミハナイッ!!】


 キ、キ、キィンっ!


 ぎりぎり、なんとか、本当にぎりぎり動きを捉えることが出来た。

 奴の爪と猪突が甲高い音を立ててぶつかり合う。

 攻撃の速さと重さが壊れている。

 一撃を受けるだけで猪突を弾き飛ばされそうになる。

 敵から一瞬も目を離せないが、なんとかしてこの状況を乗り越えなければ、待っているのは確実な死。

 荷物の中身から必死に使えるものを考えている。

 しかし、少しでも敵から意識を離せば致命の一撃が俺の首を捕らえに来る。

 これが一方的に狩られる獲物の気持ちかと理解してしまう。


【フハハハハハッ!! ニゲロニゲロ!!】


 俺がどれほど見苦しかろうが逃げ惑う姿は逆に敵さんの自尊心をくすぐったようだ。


「ひぃ……ひぃ……」


 ここは徹底して相手に気持ちよくなってせいぜい時間稼ぎをしながら気持ちよくなってもらおう。

 自慢じゃないが、こういう仕草は身にしみているから、絶対にバレない自信があるっ!

 敵の攻撃を受けたら派手に体勢を崩しいたぶる様な追撃を受けて地面をゴロゴロと転がりながらふっ飛ばされる。


(ん?)


 まともに受けるより楽だな、相手の力を利用する器用な立ち回りはあまりやってこなかったが、若い頃は今ほど力のある立ち回りが取れなかった、その頃は相手の力を利用してそこに自分の力を加えて必死に戦っていた。剣を何本もだめにしていた。

 棍棒と出会ってからは力と力のぶつかり合い、そして叩き潰す戦い方が主流になった。

 無理をしない相手に長く戦っていたことが、俺にその戦い方を固着させていた。


 ギャリィィィン!


「危なッ!!」


【クハハハハ!! ブザマブザマッ!】


 演技ではなく本当に武器をふっ飛ばされそうになった! やべーやべー!

 当たり前だよな! 力で抑えるより技で合わせるほうが難しいっ!

  

 キキッィン、ガギィン!


【ホラホラホラドウシタドウシター!!】


 相変わらず俺のことを見下して完全に舐めた攻撃を繰り返している。

 完全におもちゃで遊んでいる動物だ。

 わかるんだよな、強大な力を手に入れて、自分にひどい目を合わせたやつは泥だらけのすすだらけで転がってまともな反撃もできない、完全に自分が上だと確信して、慢心にどっぷり浸かっているんだよな!

 魔獣になって間もなく、思考もそれほど深くない、でかい力を手に入れただけの子供なんだよなっ!!


 キィーン!!


 タイミングもバッチリ相手の攻撃を受けてその力を利用して回転するように距離を取る、攻撃をする場合のタイミングを身体に染み込ませていく。


 感謝するぜ、俺は今、成長している!


 頭が働いてきた!


 やつは本能的に炎を嫌っている。

 立ち回りが炎から自然と距離を取る動きをしている。

 俺は転がりながらそこら辺に木片をばら撒いていく、目立たないように、もともとそこにあったかのように岩陰に、黒墨の下に、時に猪突を振り回して、飛んで、跳ねて、せいぜいみっともなくのたうち回りながら周囲に火種をばら撒いていく。


【ハァ、ツマランナ、スッカリウゴキモワルクナッタ。ソロソロコワスカ!】


「なっ!?」


 ドゴォっ!


「がはっ!!」


 見えなかった。

 甘かった。

 ほんの少しやる気を出されたら、これだ、狼男の蹴りが簡単に横腹にめり込んだ。


「ぐぼぁっ! がふっ!」


 ベチャッと血反吐が地面を染めた。


「くッ……」


 すぐにポーションを流し込み、飛んで必死に敵から距離を取る。


【ニガサンッ!】


 今度は見えた、確かに移動は消えたかのようだったが、その逞しい足が俺の鳩尾を蹴り上げる!


「がっはっ!!」


 飛んだ、いや、自分でも飛んだが、かろうじて鳩尾を蹴り抜かれなかった程度だ。間にねじ込んだ腕が爆発したかと思ったが残っていた。


「ガアアァァァっ!!」


 燃えるような痛み、骨を砕かれた。

 出し惜しみできる状況ではない、上級ポーションを流し込む。腕がギシギシと嫌な音を立ててなんとか形を保ってくれた。

 再び死を強く意識した。


【アマリネバルナ、クルシムゾ、ムシケラ】


 あまりにも大きな差、相手のお遊戯に合わせていい気持ちになっていたのが、本当に馬鹿だ!


 俺は、恥も外聞もなく仕掛けに火をつける。

 足元に蜘蛛の巣のように火が広がっていく、赤い揺らめきが俺と奴をより明るく映し出す。


【コザカシイッ!!】


 俺の小細工がお気に召さなかったようで真っ直ぐと突っ込んでくる。見える。明るく照らし出され、俺の目が跳んで一気に距離を詰めてくる敵を見せてくれた。


「ここだっぁ!」


 俺は袋の中に用意してあった全ての油を周囲に吐き出したっ!!

 猪突を旋回させ風を起こす、霧状になった油が火に触れて爆発的に燃え上がり、飛び込んできた敵を包み込む。


 この瞬間しかない。


 俺は、全力で、逃げ出した。

 


 





 


 

 


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