39杯目 逃走劇

【グオォォォォ!! オノレオノレオノレー!!】


 背後で魔獣が怒り狂いながら大暴れしているが、そんなの関係ねー!

 俺は入口の岩を乗り越え夜道を猪突猛進の力を全開で突っ走る!

 マキビシ対策の分厚い皮底に次々とマキビシが突き刺さり、だんだん走りにくくなるが、そんなことも関係ない!

 逃げる逃げる逃げる!!

 とにかく、逃げる!!


【ガオーーーーーーーーーン!!】


 この距離でもはっきりと魔獣の怒りが伝わる雄叫びが背後から響いてくる。

 背中を冷たい汗が流れたような気がした……


 ドゴーンっ!!


 たぶん入口の残っていた岩をぶち壊したんだろう……

 どうする、このまま道を行くか、森に入るか、罠は目印が見えていれば俺は回避できる。臭い消しを利用して森に潜むか、だが、犬系の魔物の嗅覚を完全に騙すなんてできるか?

 もし、森に潜んで気が付かれた場合、これはもう、最悪だ。

 しかし、このまま走って、振り切れるだろうか?

 敵を引き連れたせいで、この道はしっかりと道になってしまっている。

 ここを走っていれば敵もすぐ見つけてくる気がする。

 どうする、どうする?


 多分時間はほとんど無いが、決められない。

 ここでの選択が命に直結する。


 俺は……


 「はぁはぁ……すぅ~~はぁ~~」


 森を静かに移動する事にした。

 カチャカチャと音をたてる靴からいつもの靴に変え、土や草などを身体にこすりつけ、音をできる限り立てずに、できる限り早く、しかし焦らずに進む。

 森に入ってすぐは罠などが散在するが、少し奥に入れば罠の心配はない。

 問題点は、暗闇の中で自分の位置を見失わないことだ。

 そしてできる限り自分が通った痕跡を残さないように、森に潜む。


 ドドドドドド……


 まだ道からさして離れていないから、魔獣の気配がわかる。

 息を止め、どうか行き過ぎてくれるようにと神に祈る。

 

 ドドドドドド!


 足音が近づき、過ぎていく……

 しばらくすると、気配は完全に遠ざかった。


「ぷはぁーーーー、はぁはぁ……」


 再び呼吸をして、ゆっくりと歩き出す。

 心臓がずっと高鳴っている、暗い森の中を位置関係を把握しながら、できる限り草木をそのままにしながらゆっくりと進んでいく。


【オオオーーーーーン!】


 遠くで魔獣の遠吠えが聞こえ、なにか地響きのような震えを感じる。

 怒りに任せて周囲を破壊しているのかも知れない。

 あんなものは、災害だ。

 俺程度の個人が相手を出来るものではない。

 あんな事が起こるなんて、誰が予想できた……

 魔物の集団はほとんど壊滅させたと言っていいが、あんな化け物を産み出してしまった。

 伝えなければ、せめてこの事実を皆に伝えなければいけない。

 

【オオーーン!!】

 

 再び魔獣の雄叫びが聞こえる。先程より近づいている気がする。

 しかし、そんなことよりも恐ろしい出来事が起きる。


「アオーーーン!」


 複数の雄叫びが、様々な咆哮から森に響き渡った。


「まずいっ!」


 俺はすぐに木の上へと移動する。

 そして、その場をできる限り早く離れるために木々をわたっていく。

 暗くて視界がきちんと確保できないために、枝葉に身体をぶつけながらも、急ぐ。


 犬を利用した森追いを仕掛けてきている……


 まずい、これはもう、無理かもしれない。

 諦めが頭をよぎるが、せめて足掻こう。と頭を切り替えるしか無い。

 

「どうせ、こんな物は無駄だろうから、逆に相手の力を削ぐか」


 土や泥の匂いを多少身体に付けたところで、犬たちが近距離から探ればすぐにバレるだろう。

 ため息が出る。生きるためとはいえ、俺の人生の趣味の集大成を、この森にばらまくことになるんだから。

 俺は、大量の調味料を持っている。

 強い匂いを放つ香辛料だってたくさん持っている。

 それを森を移動しながらそこら中にばらまいていく。

 強烈な匂いで俺の大体の位置は知れてしまうかも知れないが、逆にその強烈な匂いによって俺の存在がぼかされる。

 

「それに、アイツにだって効いたんなら、あの獣人野郎にはもっと効くだろう」


 非常にあくどい考えが浮かんだ。

 その下準備もしておく。


 樹上からスパイスをばらまきながら、蛇行したり行ったり戻ったりしながら自分の位置を把握して進むのは非常に難しい。

 すでに犬たちは何度か俺の足元を走っていっている。

 スパイス作戦はうまく行っているのだが、やはり範囲が限定され、犬の数が増えている。


(スパイスを巻いてすでに逃げているなんて犬は考えられないからな)


 思いのほか時間が稼げている。

  

【ガオオオオオオーーーー!!】


 安心した瞬間にこれだ、結構近い位置であの魔獣の雄叫びがした。

 まーだお怒りな模様で、声ににじみ出ている。


 本格的に距離を取るように移動していく、音には注意するが、犬たちはしばらく鼻がまともに効かないだろう。

 嗅覚が鋭いからこそ、強い匂いを吸ってしまえば中々元には戻らない。

 中には高級な香辛料やスパイスだって在ったんだ……命には変えられん!


【バカイヌドモガァッッ!!!】


 背後で魔獣の雷が落ちた。

 香辛料の仕掛けに気がついたんだろう。

 可愛そうだが、お前が悪い。


【ニンゲンッ!! ゼッタイニ、ゼッタイニ、ニガサンゾ!!

 コオオオオオアアアアアアアアッ、カーーーーーーー!!!】


 甲高い声、ミミがキーーーンと悲鳴をあげる。


 なんだ?


【ソコカァッ!! ニンゲン!!】


 木々がへし折られながら、明らかにまっすぐに魔獣が接近してくる。

 ばかな、何がおきた!?

 俺はもう全力で木々を渡り、そして地面に降りてできる限り全力で逃亡を始めた。

 倒れる木々の音で俺の足音など消えるだろう、だが、確実に敵の気配は俺に近づいて来ていた…… 





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