36杯目 想定外

 高台に登ると風が通る。

 長距離を走ってきた身体が程よく冷やされていく。


「ふぅー……」


 深呼吸一つで息は整う。だが、眼前の光景が緊張を蘇らせてくる。

 空を見上げれば美しい星空が広がっているのに、下を向くと大量の魔物が蠢いている……

 燃え上がって焼き落ちていく足場の光がよりおどろおどろしく魔物たちの姿をうかびあがらせ、崖には魔物たちの影が踊っている。

 散々嫌がらせをしてきたせいで魔物たちの怒りも天をつく勢いだし、俺に対する罵声がとどまること無く谷に木霊している。


「行くぜ!」


 敵団が谷に入りきったことを確認し罠を稼働していく、谷の入口まで全力疾走し、1つ目の罠を稼働する。


 ドガガガアガガガーン!!


 崖の一部が崩れて入口が封鎖される。

 すぐに火矢を打ち込むと激しく燃え上がる。

 油をたっぷりと含んだ藁と木片が大量に仕込まれている。


【ギャア! ガァアアアア!!】


 出口側はすでに封鎖してあるので、こうして敵を谷底に閉じ込めることに成功する。

 本当だったら、これから全方位から投石や魔法、弓による殲滅戦に映るはずだったが、今は一人でやっていくしか無い。

 周囲の仕掛けを稼働しながら崖の上を走り回る。


「い、忙しいっ!!」


 巨大な落石が谷底に向けて降り注ぎ、入口の火が引火して燃え上がっていく。

 谷が炎で明るく照らし出されていく。


「おーおー睨みつけてる睨みつけてる」


 ワーウルフは俺のことを指さしながらコボルトたちに指示を出しているが、その崖の壁には鉄片やらマキビシ、更には油などが撒かれて簡単には上がれないようにしてあるんだよ、そして手間取っていると……


 ガラガラガラガラー!


 落石と木片が降り注ぎ、下敷きになるか爆発に近い延焼に巻き込まれる。

 

「上手くいきすぎじゃないか?」


 不安になるほど作戦が的中している。

 これ、皆でやってたらもっと楽だったよな……

 流れる汗を拭きながら、とにかく走りまくる。

 魔物が取り付いた壁に走って仕掛けを作動、そして持ち物から石や木片を補充し、次の起動に備える。とにかくこれを繰り返していく。


 周囲を炎で包まれた谷底に異変が起きたのは、もう何度目かの魔物のアタックを終えた頃だった。


「何だ……? 風が……」


 明らかに風向きが変化し、強くなった。

 次の瞬間、谷底で燃え上がっている炎がまるで生き物の用に渦を巻いて谷の中心、魔物たちが集まっている場所に襲いかかっていく。


「何が起きたんだ!? 何もしてないぞ!!」


 暴風が周囲の火元を巻き上げながら燃え上がり、そして巨大な火の竜巻に変化していく。

 凄まじい熱波が俺に叩きつけられ、とっさに岩陰に隠れるしかなかった。


「おいおいおい、何が起きてるんだ!?」


 周囲の温度が上昇していくのが判る。

 周囲に設置した落石のための罠が燃え上がっていく。


「やばいやばいやばいっ!」


 上昇していく温度、しかし、今更岩から飛び出せばこの熱を直撃してただでは済まないだろう、急な崖に飛び込むしか無いのか……?


 理由のわからない現象は、自分の意とは全く関係なく突然終わりを迎えた。

 谷底に炎が収束し、フンッと消えていった……

 周囲に再び静寂が訪れる……

 風が谷底に向かって吹き込んでいる。


「お、終わったのか……?」


 恐る恐る岩陰から谷の様子を伺う。


「あっつ……」


 谷壁が熱せられその熱が放出されている。


「酷いなこれは……」


 谷の内側は真っ黒に焼け焦げており、その中央には魔物の死体だったものと思われる黒焦げの山が積み上がっていた。

 あの竜巻に巻き込まれ、あの魔物の軍はあの塊に変えられてしまったのだろう……

 とても降りれるような状態ではないので、俺はしばらくその光景を眺めるしかなかった……


「よっと、ほっと、おっと」


 ようやくある程度岩肌が冷えて俺は慎重に谷へと降りていった。

 

「火炎旋風ってやつだっけか?」


 落ち着いて考えると思い当たる事があった。

 局所で激しい火災が起きて、そこに風が送り込まれることで爆発的に延焼が起きて、まるで竜巻のようになることがあると聞いたことが在った。

 燃えやすいものなどを大量に用意していたせいで、それが大規模に発生して谷底を焼き尽くしたんだろう……


「思いもよらなかったが……これで、魔物はほぼ殲滅できたな……やれちまったな」


 ガサっ……


 積まれた魔物の燃えカスに猪突が触れると、そこからボロボロと炭が崩れて風に飛ばされていく、残されたのは大量の魔石。素材の一つも残らず全て焼き尽くされてしまった……小さな魔石と少し大きめな魔石がいくつか、コボルトとワーウルフの物だろう。魔石は回収していく。一箇所に集まってくれて助かった。


「予想外だったが、結果としては成功だな。

 あとは、残りを狩るだけだな」


 コボルトの街に続く道で行軍に着いてこれないダメージを追ったコボルトたちを倒さなければいけない、それと罠の回収も……


「準備も大変だけど、後始末も大変なんだよな……」


 これからの作業を考えると、ため息が出る。

 ただ、まだ敵は残っている。俺はもう一度気合を入れ直して谷の入口を爆破した。


 ドカーンっ!!


 ガラガラと崩れていく入口に積まれた岩、その向こうには数匹の魔物が居たらしい、爆発に巻き込まれて地面に転がっている。


 ドーンッ!


「なにっ!?」


 まさかの背後からの爆発音。

 振り返った俺の視界に黒い影が飛び込んできた、俺はとっさに猪突を横薙ぎに振り回す。


 ギャインっ!


 運良く、その影の一撃を防ぐことが出来た。


【ゴアアアアアッッッ!!!】


 黒い塊の雄叫びが夜空に響く、月明かりがその正体を照らし出した……

 土に潜ってコボルトたちを犠牲にしぶとく生き残った、しかし、全身酷い火傷だらけのワーウルフがそこに立っていた。

 俺への激しい怒りをその赤く光る瞳に燃やしていた。

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