35杯目 賽は投げられた

 戦いは準備ができていれば負けない。

 しかし、大抵の戦いは準備をさせてくれない。

 今回の戦いは、準備を行う時間があった。

 故に、序盤は思い通りに事が運ぶ。


「ハッ!!」


 素早く矢に火をつけ門に放つ、草木に擬態して置いておいた油のしみた木々があっという間に燃え上がる。

 遮音の魔法などを駆使してそこら中にこういった罠を設置している。

 バースやウィンド達がいなければ、絶対に成し遂げていない。感謝しか無い。

 

「これは、俺の、馬鹿なワガママだっ!!」


 混乱しているコボルトをぶちのめしながら村に入り込む。

 屋根にあがり、家々に火を放っていく。

 日が暮れた直後、まだ目も慣れていないコボルト、更には燃え上がる油の香りで充満し、俺の姿を隠してくれる。

 油の臭い消しに様々な香草やらを利用しているので、独特の匂いの煙が村や周囲の森へと広がっていく。犬たちの鼻を封じる手段にもなっている。

 そして、犬どもやコボルド、ワーウルフもこういったハーブなどの香草の匂いをとても嫌う。

 これだけでも街道側へ進出するのを抑えられる効果が暫く続くだろう。

 繁殖期に街に居座られてぬくぬく増えることに対しては、少なくとも嫌がらせぐらいにはなるだろう。


「ちっ、ワーウルフも出てきやがったか……火は十分に回った、出るぞ」


 予定通り、罠に導くために街道と逆、山に向かう道に繋がる門へと急ぐ。

 ワーウルフたちは俺に気がつくこともなくコボルトたちを怒鳴りつけて火の対応に当たらせている。収納袋からだした大量の油のせいで火を消そうと水をかければどんどん火が広がっていく、もうすでにちょっと木々で叩いても消えないほどに火が街へと広がっていく、木製の建物と火攻めの相性が噛み合った。


「燃えすぎたな……森には不燃性の液体をまいてあるけど……被害が広がらないと良いが」


 ある程度の被害も仕方がない。

 

「おらぁ!! 犬ども、こっちだこっち!!」


 門を守るコボルトを蹴散らし門を開け放つ。

 投げやりで消火活動をしていたコボルトやオオカミたちを打ち抜きながらワーウルフの注意を引き付ける。


【ガルルルルッ!!!!】


 ブチギレたワーウルフがついに消火を諦めて俺を標的にする。

 後は逃げるだけ、頼んだぞ猛進!

 背を向けて道を駆け出すっ!


【ガルラァァァ!!】


 ワーウルフや狼にまたがったコボルトが俺を追ってくる。

 凄まじいスピードだ、ここでも俺は作戦通りに行動する。


「放出だっ!!」


 収納していた鉄編や木々で作ったマキビシを道にばらまいていく、背後でキャインキャインと悲鳴が上がる。

 奴らにとってこの闇夜の中、黒く塗られたマキビシに気がつくのは不可能、返しも着いていて深々と刺さるとなかなか抜けない。様々な種類の毒を塗ってあるので、その対応も忙しかろう……!


「どうしたどうした!! 俺はここだぞっ!!」


 追ってくる速度を落とすなら再び投げやりで挑発を行っていく。

 怒りに任せて追うとまたマキビシが足に突き刺さる。

 俺は一方的に逃げて、敵が一方的に追ってくるならマキビシは非常に有効だ。

 アイツラに分厚い木底や金属の靴を履く習慣なんて持ち合わせていないからな、背後に迫る大群も、思う通りに進めなくて苛立っているのが伝わる。

 当然次は……


「予想通り、森に入るよなっ!!」


 再び背を向けて走り出す。

 道がだめなら森の中、むしろ森のほうが奴らのテリトリー……だった。

 そこに罠が無いはずがない。

 暗い森の中から叫び声が木霊する。

 森の中にも大量の罠が設置してある。

 地面にはくくり罠やマキビシ、枝の上には毒を塗られた鋼線やトゲトゲの蔦なんかをそこら中に設置している。


「ざまーみろっ!! って、これ、俺が悪者みてーだな!」


 みんなで準備した結果だ。

 こうして道もだめ、森もだめ、でも俺を追わなければいけないコボルトたちは俺の挑発と攻撃を受けながら、少しづつ進むしか無くなり、数の差を全く活かせず被害を拡大させていく。

 正直、ここまでハマるとは考えていなかった。

 ワーウルフたちはとうとうある程度のコボルトや狼を犠牲にしてマキビシを察知しながら進むという手段を取り始めた。


【ワオーーーーーーーーーーーーーン!!】


「おーおー、お怒りですね……あとはもう一気に向かう!」


 ビリビリと空気を震わせる咆哮を背に受けながら俺は猛進の力で森を疾走する。

 この真っ暗な森の道を正確に進めるのは、特殊な光を発する塗料を見ることが出来るグラスを付けているからだ、それをつければ道の脇に生える木々がぼんやりと光って、闇夜に俺の進むべき道を示してくれているのだ。

 俺はマキビシを放出しながら目的地まで走り続ける。

 敵も犠牲を問わず進み始めて、挑発する暇はなくなってきた。

 時折弓矢も飛んでくるので油断は出来ない。


 森を抜け、岩場、そして山岳部の入口の谷に突入する。

 少し周囲が開けて、星空の光でも多少の地形把握が可能になり、狼人間達の瞳がはっきりと周囲の状態を把握できるようになり、俺を追う速度が早くなっていく。


 それでも、最大の罠場には俺のほうが先につくことが出来た。

 仲間がいれば、楽だったのにな……

 と、ちょっとだけ弱気が顔を出したが、ここからが本当の勝負だっ!

 広場に示された光の道を進み、奥に用意された足場を使って谷を高い場所まで上がっていく。その空間になだれ込んできた狼人間の軍勢は、そこら中に用意された落とし穴の罠に早速ハマって行軍速度を落としている。

 

「上から見ると、ゾッとするなっ!!」


 ずいぶんと脱落者は出しているが、数百匹単位の魔物が俺を追っている事が高い場所からよく見える。俺に気がついて壁を登ろうとする奴らもいるが、俺達で準備した潤滑油や返しのせいでぼたぼたと落下していく。

 ようやく中腹の高台に到達したら、背後の足場に火を放つ。


「第二ラウンドだ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る