34杯目 時間の価値は

 メンバーで交代しながら監視をし、戦いになった場合の罠を仕掛ける。

 それだけでも毎日大忙しだ。

 早く大型ギルドからの応援が来て、現在の情報と罠などを提供し、後に報酬を得るという1番楽で美味しい報酬を受けたい。

 ただそれだけのためにしては必死に働いている。

 これは、自分たちの命を守るためでもある。

 間に合わなければ、自分たちだけで分不相応な依頼をこなす可能性が有るからだ。


「ゲンツの兄貴、報告がありました……増えています……やっぱり、繁殖期に入っていると考えるべきだって」


「……最悪だ……」


「どうしますか?」


「やるしかない。現状でも襲われたら対処しきれない、せめて罠を利用して有利に戦わなければ……もしくは……」


「全てを話して、この地を離れるか……」


 ウィンドの提案は冒険者として合理的な判断とも言える。

 そう、俺達にこの宿場町のためにそこまでやる義理はない。

 別に正式に依頼を受けているわけではない。

 まとめ役に現状の情報を伝えてこの地を離れても誰も俺達を責めることはないだろう。

 宿場町を失って、運悪く通りがかった人々が犠牲になり、ギルドの討伐隊が駆除するまで街道は閉鎖されるだろう……


「……俺は、やる。皆は付き合わなくてもいい」


 気がつけばそう発言していた。

 俺の脳裏には、以前の街と、そして蒼き雷鳴、ヒロル達の顔が浮かんでいた。

 もし、彼女たちが知らずにあの街道を通ってしまったら、俺の脳裏には最悪の想定がちらついていた。俺の、嫌なことや最悪の予想はよく当たる。


 「少し、考えさせて欲しい」


「我々も」


「当たり前だ、無理に付き合わなくてもいい、俺も多分時間稼ぎと頭数を減らすぐらいで手一杯だろうからな、いざとなれば走って逃げて街道から遠ざける。

 別に英雄を気取るつもりなんてこれっぽっちもない。命は大事だ」


「すまねぇ、兄貴」


「気にすんな。じゃあ俺は顔役に報告をまとめて伝えておく」


「いや、それは私達がやる。そこまで甘えられません」


「そうか、じゃあ頼む」


 その日はそのまま解散とした。

 明日からはこの宿場町から離れる人間も多いだろう。

 今日のうちに最後と決めて物資をある程度まとめて購入して、そして宿で飯を食う。


「逃げ切れる自信は、ある。大丈夫だ」


 最後の晩餐になるかもしれない事を考えればずいぶんと質素な食事。

 冒険者の最後なんてこんなものかも知れない、そんなことを考える。

 パンにスープに焼いた肉。どんな冒険者でも一度は食べた組み合わせだ。

 それにワインがついているのだから上等と言える。


「こんな上等なもん、普通に飲めるようになるなんてな、昔はエグい安物を水で薄めて飲んでたのによぉ」


 ここ数ヶ月が人生においてあまりにも濃すぎて今までの人生が薄いみたいに思ってしまうけど、今までの積み重ねも結構生きてたなーとかそんな事に思いを馳せる。


「なんだこれ、別に死にに行くわけじゃあるまいし、良くないな。寝るか」


 こういう時に深酒してもろくな考えは浮かんでこない、そもそも、たっぷり準備はしてきているわけだから、これ以上一晩でどうにか出来るわけじゃない。

 きちんと休んで、明日に備える。


 その日の夜、俺は宿の天井のシミを3回数え終えることに成功した。




 町の騒がしい雰囲気が俺の睡眠を妨げたのはまだ朝日が顔を出したばかりの頃だった。


「はぁ~~」


「あ、あんた、起きたのかい? すぐ出る準備をしてくれ、この店も締めて俺達も出ていくから」


「ああ、もう準備は出来てるぜ」


「そうか、済まないな。なぁ、あんた冒険者だろ? なんとかならないのか?」


「そうだな、なんとかしてみるさ。ただ、安全な場所にちゃんと避難してくれよ?」


「お、おお。頼む、この店は俺の夢なんだよ……」


「そうだよな、皆、ここで夢をつかもうと頑張ってるんだよな」


 俺は、宿を後にした。

 武器をケースから取り出して背負い、様々な準備をいつでも取り出せる位置にあることを確認する。収納袋があっても、即座の対応はこういう準備が大事だ。

 

「さて……行くか……」


 町の人達が移動する方向とは逆に歩き始める。

 街を出て一人で歩き始める。


「そうだよなぁ、普通はそうする」


 バースもウィンドも姿を表さなかった。

 責める気もない、俺が、異常なだけだ。

 街道を脇に入って森を進んでいく、目印があるのでそれに従っていけばコボルト達の街を見下ろせる場所に出る。


「特に変化はなし、と。

 街道はあっち、そして、罠場があそこ。風向きも味方してくれてるな。

 さて、時間になるまでは待つか」


 流石に真っ昼間に始めるわけにはいかない、宿場町の避難も終わってないだろうし。真っ黒い外套に身を包み何度も頭の中で動きを繰り返す。

 まずは街道側の門に火を放つ、それから街に火をつけて、罠側の出口から抜けて行く。あとは敵を連れて罠場へ行き罠を発動する。

 あとはできる限り敵を街や街道から引き離すように立ち回れば良い。


 作戦の開始は太陽が山陰に隠れた瞬間から、それまでに体調と腹を整えていく、たぶん一晩動き続けることになるだろうから軽い仮眠も取る。

 夕日が森を照らし出し美しい、まだまだこういった美しい景色をたくさん見て冒険していくんだ……!


 森は太陽を失い闇に包まれ、作戦実行の時間となる。

 黒い外套をしっかりとかぶれば、俺も闇と同化する。


「さて、やってやるか」


 軽食で腹はいい感じ、出すもんも出してすっきり、体調は万全だ。


「行くぞっ!」


 一人気合を入れて、俺は丘から駆け下りていく。





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