13杯目 馴染む力
「よし、よし……順調順調」
翌日も俺はダンジョンに居た。
そして、例の15階に来ている。
今日はこの階層までと決めて10階から降りたが、やはり、早い。
「ん? 人の気配……」
ダンジョンにはもちろん他の冒険者も来るわけだし、当たり前のことだ。
このダンジョンは地方の地味なダンジョンで人気がないから、結構珍しい。
「キャディ、そっち!」
「今だヒロル!」
聞いたことのある声。
そーっと覗くと、ヒロル達のパーティが戦っている。
きちんと戦うのを見るのは初めてだ。
邪魔しちゃ悪いからそのまま観察した。
「こっちだ! かかってこい!」
なるほど、キャディは盾役のオーソドックスな剣士、剣と盾を上手く使って敵の攻撃を集めている。
メルは槍使いか、キャディの補助役で漏れた敵を足止め、死角や隙を潰している。ほんわかした雰囲気だったが、戦闘中の動きは見事なもんだ。
そしてヒロル、これは確かに才気あふれると評されるのもわかる、他の二人より抜けている。
後方から的確に魔法で魔物を刈り取っていく、3人という人数の少なさをカバーする動き、そして攻撃、ストーンでこんなに動ける魔法使いは見たことがない。
なるほど、俺は早いと判断したが、この3人ならこの階層ぐらいがちょうどいい狩り場になるのも頷ける。正直見直した……アレは本当に運が悪かったんだ。
「ふぅ、問題ないね」
「上手く行きましたねー」
「大丈夫、私達、ちゃんとやれてる」
「頑張ろう、ゲンツさんと肩を並べるためにも」
「私達、もっと努力する」
「ええ、いつの日か必ず追いついて見せる!」
……目頭が熱くなってしまった。
怖かったはずだ。
人間死にそうな目にあって、その場所に戻る。また危険と向き合うのは、本当に勇気がいるはずだ。
その恐怖と向き合って、そして、さらに自らを高めようとしている。
立派じゃないか!
若い人間の、目標に、俺が……
俺も、頑張らないと、ああいう若人をがっかりさせないためにも……
そして、心から、彼女たちを救えた事、救った自分を褒めてあげたくなった。
その日は、胸いっぱいになってしまったので、そっと帰還した。
街はまだ夕方、お財布はそれなりに分厚いとなれば、ちょっと引っ掛けてお腹を満たすに限る。
今日の気持ちを忘れないためにも、少し奮発するのもやぶさかではない。
「太陽亭にするか」
この街でも指折りの飲み屋、太陽亭。
元冒険者の店主が昔のつながりで上質な素材を使った料理は絶品。
少し値が張るし、あまり広くない店は格式が高く一見さんお断り感があって、おえらいさんやここぞという日に行く店だ。
「今日は、ここぞという日だろ」
ダンジョンでの若人たちの姿を思い出し、また目頭が熱くなる。
年を取ると涙もろくなって仕方ない……
俺は足を太陽亭へと向けた。
まだ開いてすぐだが、今日は運が良い、並ぶかと思ったがカウンターに空きがあった。
「いらっしゃい」
清潔感のある年季の入った木の香りのする店内。
客もこの空間の邪魔にならないように自然と小声で話す。
客と店でこの空気は彩られている。
「とりあえず、エール」
ここのエールは場末の居酒屋とは一味違う。
琥珀色のエールがガラスのグラスに注がれて静かにテーブルに置かれる。
いただきます。小さく手を合わせて早速いただく。
キンキンに冷えてはいない、程よい冷たさが喉を潤す。
すぐに違いが出る、深いコク、苦み、そして溢れ出す香りだ。
これは、一気に飲んで爽快感を感じるいつもの奴と異なり、エール自体が主役に成り得る力強さを持っている。
一口一口しっかりと味合わなければ罰が当たる。
「ウマー肉の炙り、ダイコンーのミソー煮、エダー豆胡椒炒めになります」
この店は酒を頼むと最初に少量の3品が出てくる。
これがまた、酒とよく合うものがその日入ったお勧めで旨いんだ。
「貝の酒蒸しとニワトリーのお勧め串焼きお願いします」
今日のおすすめから二品ほど注文し、今日のお通しを口にする。
ウマー肉は表面だけあぶられているが中身はレア、さっぱりしているのに溶け込んだ脂の旨味をきっちりと感じる。レアな肉だからこそ感じるフレッシュな旨味が最高だ。エールとよく合う。
ダイコンーの煮物は、優しい。ミソーは東国の調味料で深い旨味とコクが特徴的だ。さっぱりとしたダイコンーにその旨味とコク、しっかりとした味を足してくれる。エールとよく合う。
エダー豆は袋に小さな豆の入った茹でた豆、それが贅沢にも胡椒をたっぷりと使って仕上げている。ピリッとした味わいの後に豆の甘みが広がり、塩味がそれを引き締めている。エールとよく合う。
気がつけばエールが無くなってしまっている。困ったものだ……
「すみません、おかわり」
2杯目のエールをじっくり味わってくると注文した品がそっと置かれる。
うーん、いい香りだ。貝類や魚介類はもちろん海で取れるが、ドロップ品だと時間停止を利用するか、そもそも氷を用意しておくかしないと行けないので、海から遠いこの地では高級品になる。川魚は比較的安いのだが、やはり海のものは味が濃くて旨い。酒で蒸すことで貝本来の旨味を存分に引き出している。身はぷりっぷりの弾力で噛みしめれば口の中に大河のような旨味のエキスを放出する。
そしてこのスープにもそのエキスはふんだんに溶け込んでいる。エールと合う。
次に来たのはニワトリーの串焼きだ。
この大将は塩だけでニワトリーの全身を楽しませてくれる。
今日はもも肉、肝臓、皮、それと……
「ハツヒモじゃないか」
横隔膜と心臓の間にある膜らしい、歯ごたえが良く噛むほどに旨味が出て俺の大好物だ。一時期はハマって散財したものだ。
一口かじりつく。
「ああ……旨い……」
もぎゅもぎゅとしたかみごたえ、噛むほどに溢れる旨味、それを最大限に引き出す塩加減。
最高だ。
ももも味が濃い! これはいいニワトリーを使っているのが一口でわかる。
肝臓も臭みがまったくない、下処理と串打ちが違うのだろう、とろける濃厚さがたまらない。
そして、皮の脂の甘いこと甘いこと……脂の臭み、しつこさなんて微塵も感じず、ただただ旨い。
「幸せだ」
最高の食事と酒、俺は、若人たちの未来に、もう一度乾杯をした。
この日は、最高の夜になった……
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