12杯目 非凡
久しぶりの我が家での目覚め。
なんというか、落ち着く。
「凄いな、あれだけ飲んで食っても全く翌日に影響がない、いや、寝起きも何もかもが変わったな」
薄々感じていたが、この身体は本当に作り変わったんだな。
しっかりと食事と睡眠を取った今朝、体の変化を強く感じる。
簡単に説明すれば、まるで二十歳あたりの肉体を取り戻したようだ。
目もかすまないし、自然の匂いもはっきりと感じられる、関節もいたまなければ、大食いした翌日に胃もたれすることも、二日酔いで痛む頭を抱えることもない。
「この無敵感は、危険だな」
自分ならばどんなことでも出来てしまうと勘違いしても仕方がない。
試しに予備の棍棒を持って適当に振り回してみる。
「軽い……」
慣れ親しんだ動き一つでも、キレが違う。
思ったっ通りに身体が動く、そして、限界が見えない。
基本的な動作をどんどん加速させていく。
思考が、クリアになっていく、これが……
「これが、シルバーの世界か」
超高速で動く棍棒と、緩やかに流れる周囲の景色、違う時間軸の中を自分だけ自由に動けるような感覚、これが、壁の向こう側の世界……
「ふぅ……」
そして、思いっきり動いても、ほんの数回呼吸をこなせば元通り、息も荒れない。
「これは、想像以上、いや、想像もできないな」
こんな世界が、あるのか……
思わず空を見上げてしまう。
ギルドによって冒険者が国家間の問題に関わることを禁止されている理由もよく分かる。もし、こんな兵士が一人でも居たら、それ以下の人間の命の価値は無くなる。
冒険者の戦争利用は禁忌だ、というか、出来ない。
この力は神が弱い人間が冒険するため、そして、魔物に対する自衛のために存在する。
そりゃ襲われたのを反撃するぐらいで神の加護は失われないが、この力を利用した非道な行いや戦争に力を振るえば、神の加護はいとも簡単に失われる。
国は社会を形成する一つの形態でしかないし、他国を侵略するような暇な国はない。
皆、魔物が溢れるこの世界で生きていく、仕組みの一つでしかない。
国を治めるものが非道な行いをすれば、自衛のために冒険者は立ち上がる。
高位の冒険者に睨まれれば、簡単に国なんて滅びるこの世界で、むしろ王様たちは自分たちの責務を一生懸命果たさなければいけないそんな役回りという理解だ。
多少の贅沢は目を瞑る。俺ならまっぴらごめんだね。
「駄目だ、我慢できない……」
俺は以前使っていた鎧と武器を引っ張り出し、ダンジョンに潜る準備をする。
現実問題として、目覚めて浮かれていたのか、貯金を全て使ってしまった。てへっ。
実は今朝の朝食代にも困る有り様だ。
大量の素材を依頼や商店に売って少しは蓄えを増やさないと、そして、ちょっとリハビリがてら軽くダンジョンに潜りたい。ダンジョン探索用の道具も全部吐き出させて吸収されちまったから、それらも揃えないと……ああ、楽しい。冒険者はやはり楽しい!
俺は、足取りも軽く朝市に向かった。
今や容量を気にせず、腐敗なんかも気にしないで道具を持てる身分。
必要な物は選んで残して、余剰品は市場で各店に売っていく。
少し買い叩かれるが、それでも当座の資金は出来る。
それからは冒険用の道具を集める。
まだ本番の武具も出来ていないし、本当に軽いならしだから、完璧な準備ではないが、新人だった頃を思い出しながら道具を揃えていく。
こんなにもウキウキしながら準備をするのは久しぶりだ、大抵は財布と相談しながら使ったものを補充する義務になっていたが……
「ポーションを5本、上級ポーションを1本頼む」
これで、また、文無し。
今晩の飯のために、ダンジョンに挑むとする。
「ダイブ、5、OK」
肩慣らし、5階層からスタートだ。
「おお……」
ダンジョンに入ると、また、世界は違った面を見せてくれた。
薄明かりでもダンジョンの隅々まではっきりと見える。
もともと俺の目は良い。と言われていた。
観察眼があるのは長生きの秘訣、じつは子供の頃からそれには自信を持っていたし、何度もそれに助けられた。グレートボアとの戦いだって、この眼がなければ上手く行かなかっただろう……
そして、感覚の全てが鋭敏になっていた。
魔物の足音をいち早く察知する聴覚。
匂いだって重要な情報だ。
わずかな空気の動きも、はっきりと感じる。
鎧の重みもまるで感じない、棍棒を綿毛のように軽々と扱える。
気がつけばついつい10階にまで着いてしまっていた。
「いかんな、気をつけていたのに、これはもう、熱病にかかったような物だな」
調子に乗らないように乗らないようにと自制をしているつもりで、まっすぐと奥へ奥へと行ってしまう。怖い怖い。
「しかし、まぁ、相手にならないのも事実だ」
戦闘があまりにもあっけなく終わるので、身体を慣らす足しになっていない。
「でも、今日はここまでだ」
俺はこの階層を見て帰宅を決める。
索敵が早い、移動が早い、戦闘が早い。
普段の何倍も早くダンジョン探索が進む。
今までと同じ時間ダンジョンに入っていても、得るものが格段に多くなる。
今回の探索でも普段と同じ時間で倍ぐらいの成果物を手に入れられている。
「もう……まだ早いですよ?」
「ははは、すまないすまない」
クイナには少し叱られてしまった。
今日の儲けは銀貨で30枚、依頼も受けずにドロップ品だけでその金額だ。
高位の冒険者が皆そろって慈善事業を行っている理由も理解できる。
お金の価値が、低くなるんだな……
5階層からでもこの収益、これが階層が上がれば何倍も膨れ上がるわけだ。
しかも、冒険者の欲は基本的に冒険で満たされる。
金が余る。
ならば、人のために使い、名声と尊敬を受けたほうが金も生きるってもんだ。
「俺なんかがそんな事を考えるとはなー……」
今は、一刻も早く胸が湧くような冒険をしたかった。
俺の新しい一日は、平凡に終わる、しかし、これからの非凡な毎日の予感を確かに感じさせるモノだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます