10杯目 若き日の食欲
「流石に少しお腹に入れたほうが良いと思いますよ?」
「大丈夫ですか?」
「我慢が、出来ねぇっ……!」
頼んだスープが来る前にエールが来ちまった。
駄目だ、これは、魔物だ……
腕が勝手に……
「んっ……ぐっぐっぐぅー……くはぁ……」
思いっきり飲んじまった……
「ふ、ふふ……ふっは……旨い……旨い……」
冷えた液体が喉を通る。
ただそれだけ。
しかし、そのそれだけで、涙が出た。
ああ、還ってこれたんだという思いも、この苦みによって湧き上がった。
「大、丈夫ですか?」
心配そうに3人が覗き込んでくる。恥ずかしい、エールが旨すぎて泣いているだけなんだ……
「だ、大丈夫、気にしないでくれ。いや、旨くてね」
「お嬢さんたち、大人の感動はそっとしておくものだよ。さぁ料理も来た。
君たちパーティの無事の帰還と、そしてゲンツ殿の新たな旅立ちに、改めて乾杯しようじゃないか」
ケイトの助け舟でなんとか涙はごまかせた。
「ニワトリーと根菜のスープになります」
俺にしては珍しく、お上品に食前のスープから頂く。
病み上がりの身体にいきなり肉を突っ込むのはどうかと思ったからだが、なんだろう、エールもそうだが、胃腸の具合は、むしろ、良すぎる。
スープから立ち上がる鳥と野菜の優しい香りを感じ取るだけでグールルルルと野犬のように大騒ぎしている。
具沢山のスープを一口、温かいスープに様々な具材から出た旨味のエキスが溶け込んでいる。
かみごたえのある根菜、ホロホロと溶けるように無くなっていく野菜、噛みしめると旨味が飛び出す鶏肉、いろんな味わいが口の中いっぱいに溢れ出す。
繊細な香りと優しい旨味、まさに今の俺の身体が必要としている物だと身体が歓喜の声を上げている。
「なんか、味や匂いがはっきりとわかる気がするな……」
「階位の変化の影響かもしれませんね。身体能力や感覚の進化は起きますからね」
「そうか、、、久しくその感覚を味わっていなかったが、そうだったな……」
ついついスープのおかわりまで平らげてしまった。
からだの芯から温まって……なんか、温まるというレベルを超えているような……
「不足していた身体を成長させるエネルギーを必死に身体が吸収しているんですよ、ずっと眠っていたわけですから」
「そういうことか……」
「アイアンの壁、ゲンツさんならご承知でしょうが、アイアンからシルバーになるのは並大抵なことではありません。2つの階位を超え、その壁を乗り越えたゲンツさんですから、今日は、止まらないかも知れませんよ、食欲」
「確かに、湧き出るような、食欲が……」
よだれが、止まらんっ!
「さ、今日は祝です、じゃんじゃん持ってきてください!」
少し慎ましい食事になるかと思ったが、4人とも冒険者、皆たくましく食事をしている。
食える時に食う、ソレが冒険者の生き方だからな!
ひき肉とトマトーのパスタ。旨い!
ニワトリーの辛味噌焼き。旨い!
ギューと野菜の串焼き。旨い!
ブターのたれ焼き。旨い!
パンも、パスタも、肉も、野菜も、何もかもが旨い!
酒がうまい! フルーツが旨い!
「そうだ!! 店主! これ、料理してくれ!
皆にも出してやってくれ!」
俺は、収納袋からブランディングブターの肉(特急)100キローをカウンターに取り出した。
「い、良いのかい!? こ、こんな立派な肉……」
「ああ、景気よくやってくれ!!」
「料理人冥利に尽きるってもんだ! 待っててくれ、最高の料理を作ってやる!
お前ら、感謝しろよ、多分二度と食えねーもん出すぞ!」
うおおおおおっ! お店の客たちも大喜びだ。
「……やっちゃいましたね」
「あれ、売れば金貨50枚くらいですよね」
「いいじゃないか、冒険者らしくて」
「ですね」
テーブルに残された4人の会話は俺の耳には届かなかった。
俺自身もこの行動を反省したのは、次の日の朝だった……
「はいお待ちどおさま、ブランドブターのステーキ、そしてこっちはパン粉を付けて揚げたフライ、最後がゆっくりとギリギリの火入れをした即席ハムだっ!」
「凄いです。肉が、輝いている!」
「この鮮やかな桃色、まるで生きているようだ!」
「我慢できん、俺は食べるぞ!」
まずはステーキを口にいれる。
「!? ぐはっ!」
ぎゅむーっという強いかみごたえ、しかし、その弾力がぷつりと途切れた瞬間、洪水のような旨味の肉汁がとろけだしてくる。脂身はさーっと溶けてそこに甘みという旨味を混ぜてくる。
なんという、旨味の爆弾!
「このフライも、衣のお陰で全ての旨味が内部にしまわれていて、さくっさくの衣のアクセントと肉の旨味が口の中でダンスを踊っているわ……!」
「このハムは、ハムにしてハムに非ず!
もう、おハム様と及びせねばならんだろう!
生でしか味わえない生命力を最大限に引き出して……明日への活力が噴火しそうだ!!」
全ての品が、今まで口にしたこともないほどに、絶品!
信じられない、こんなにも旨いものがこの世には存在するのか!!
途切れることのない食欲に任せて、俺はとにかく食いまくった。
店の食材を食い尽くすがごとく食いまくった。
ようやく腹の中の猛獣が落ち着きを取り戻した頃、すっかり夜も更けていた。
この店は夜になると飲みが中心の店になる。
ケイトは店に話して個室に移動することになった。
「俺の世界は、狭かったんだな……」
「ゲンツ殿、世界は広いですよ!」
「これからは、もっと旨いものを求めて、冒険できるんだな!」
「そうですよ、ゲンツ様、これから一緒に世界を巡りましょう!」
「そうだな、世界を……え?」
「おっとヒロル、その話は私の話が終わってからだ。
まずはゲンツ殿、すっかり身体も落ち着いたようで何より、乾杯しよう」
ガラスのグラスに泡立ったワインが注がれる。
これ、めっちゃ高いぞ、雰囲気でわかる。
あの肉を出したおかげで食事代はただになったが、これもただなのか?
「ここは私が払うので、ご心配なく」
年下にカッコ悪いところを見せてしまった。
軽く乾杯して口をつける。
芳醇な葡萄の香りが泡と一緒に口腔内から鼻腔を突き抜けていく。
「いや、旨い。これは旨いな」
「気に入っていただけて良かった。さてゲンツ殿、ここからは冒険者、蒼き雷鳴のリーダーとして相談、いや、お願いがある」
「改まって、なんだろうか?」
「わたしたちとともに、この街のダンジョン30階、最奥に挑んでくれないか?」
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