9杯目 新たなスタート

「た、大変失礼いたしました! 貴族様とは露知らず!」


「あーーー、止めてください止めてください。

 我々はすでに家を出ております。

 全て兄に押し付けて放蕩している身ですから」


「そうですよ、私は平民ですっ! 貴族ではないので普通に結婚もできます!」


「ちょっと、ヒロル何口走ってるんだ! 許さんぞ!」


「もー……」


「では、こちらは、大変ありがたく、いただきます」


 こんな収納袋を手にする日が来るとは……

 それからマスターの前で契約書を交わして物資の受領を行った。

 これだけ高価な物はこうして公的な証拠を残すことで後のトラブルを防ぐこともある。

 今回は、きちんと全てを渡した清廉潔白さが向こうに欲しかったんだろうという面もあるが、さて、どうしたものか……俺の身にあっていない物だらけだ……


「ゲンツよ、お主も5階位になったのなら、ソレに見合う装備が必要だろう。

 それらの素材と魔石であればふさわしい物が出来るだろう、まずはそれを手に入れるのがいい。

 それから、階位が2つも上がれば世界がガラッと変化する。

 体と頭が結びつくまでは無理をするでないぞ」


「ええ、本当に、それは身を持って感じています。

 こいつは、勘違いしてしまいそうです……」


「そのレベルの武具を作るのであればマスタードグの工房ですねゲンツ様」


「ああ、そうなるだろうな……って、皆、ついてくるのか?」


「もちろんですっ!」「私も装備の修理を依頼していて」「ついていきますー」「久しぶりに店も見たいので」


 なんだか色んな理由をつけて、次は装備を整えることになった。

 卓上の大量のアイテムがいとも容易く袋に入ったことに感動を覚えつつ、マスターに感謝してギルドを後にした……


「ドグの工房なんて、前の武器を頼んで以来だな……」


 前の棍棒あいぼうは当時の全財産をはたいて購入した。

 それから15年、一度も壊れることもなく、そして、俺の命を救ってくれた……


「私の剣もかの工房の品だが、何度も命を救われている」


「そうだな、命をあずけるに足る信頼があるな。高いけど」


「今回は素材も魔石も持ち込みですから、きっとそこまではしませんよゲンツ様!」


「まぁ、おかげで金貨50枚も手に入っているしなんとかなるだろ」


 そう思っていた時もありました……


「金貨53枚だな」


 強面でずんぐりむっくりとした体格、そして豊かなあごひげ、鍛冶の神に愛されし種族ドワーフ。

 マスタークラスのドグ親方はにやりと笑いながらそう告げた。


「なっ……!」


 大牙と皮、魔石を全て利用して武器と防具全てを作ることは可能だった。が、まぁ、とんでもない金額になった……


「どうする?」


「すぅううう……はああぁぁぁぁ……お願いします」


 俺は先程手に入れた金貨全てと、貯金のほぼ全額をテーブルに置いた。

 これから、新たな冒険者人生の大切な相棒になる装備に、ケチるのはどこかでギリギリのところで命天秤を傾ける事を、知っている。知っているんだけど……これは、クルな。


「出世したじゃねぇか、15年前とは桁が違うが、相変わらずビビってるな」


「からかわんでくださいな親方、俺みたいな小市民からしたら、とんでもない金額なんですから」


「だが、これを払うってことは、まだ前に進むんだな。

 頑張れよ、5日後だ、最高のものを作ってやる。

 まずは採寸だな、こっちきな!」


「お願いします」


「嬢ちゃん達、結構時間かかるぜ?」


「大丈夫です、私達も見ています、ぐへへ」


「まぁ、勝手にしな、ああ、そういやあんたらの武具も終わってるんだったな、おい、出してやれ」


「へいっ!」


 お弟子さんもたくさんいる。

 俺はそれから全身をくまなく計測された。

 なんだか、すごく、視線を感じる。

 それにしても、我が肉体ながら、なんというか、別人というか、若返っている。

 今の肉体を見て病み上がりとは思えな、あっ……


「親方、俺、今病み上がりで」


「わかっとる。まぁあの素材なら多少のサイズの融通は効くし、身体が戻った状態で作っとくから、一杯食って寝て鍛えておけ」


「ありがとうございます」


 流石親方。前の武器を作る時は握手一つで完成品はまるで手に吸い付くような出来栄えだった。

 今回はこれだけしっかりと調べられるってことは、期待度がましちまう!


「はうっ!」


「なっさけねぇ声あげんな」


 いきなりチ◯コ鷲掴みにされたら声も出るっての……おーいお嬢さんたち、顔を覆う指の間隔がヒロすぎませんかねぇ……セクハラだぞこれ……


 なんだかんだ、数時間かけて俺の計測は終わった。


「いや、すっかり日が暮れてきたな……」


「ゲンツ様、ご飯行きましょうご飯、計測中もお腹の虫が大騒ぎでしたよね」


「ああ……って、君たちはいつまでついてくるんだ?」


「え、あははは、ご飯までご一緒したら駄目ですか?」


 美少女の上目遣いって、怖いな。サキュバスの魅了みたいな効果があるんだな。

 あと10年も若かったら、イチコロだな。


「飯までだぞ、って、俺入院費用払ってない!」


「それはもうすでにおわっているのでご心配なく」


「当たり前のようにケイトも来るんだな」


「というか、私は相談があったので、ゆっくりと話せる機会を待っていたのだ」


「おいおい、そういうことは早く言ってくれよ。ずいぶん俺の都合で振り回しちまって」


「いや、構わない。なあに、食事の後、ゆっくりと話す時間を作ろう」


「……私も残る」


「真面目な話だから邪魔はしちゃ駄目だぞ」


「しないもん……」


 なるほど、この妹も兄には頭が上がらないのだな。可愛らしいもんだ。

 俺には、産みの親も兄弟も居ない。


「そういや、最近顔出してねぇなぁ」


 落ち着いたら俺の生まれ育った場所、教会にも行かないとな。

 とにかく今はこの暴れ虫を治めないとな、久しぶりの食事、楽しみだぜ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る