8杯目 現実問題
「おい、あれ、ゲンツさんじゃないのか?」
「おお、目を覚ましたんだ!」
「かっこいいわよねー」
「命をとして若者を助けたんだよな!?」
「なかなか出来ることじゃないぞ」
「英雄ゲンツー!」
「キャー! ゲンツ様ー!」
勘弁してくれ……以前までは日陰者として日銭を稼いでいたのに、なんだコレは……
「妹達がそれはもう派手に触れ回っていたからねー」
「そ、そうなのか……」
「触れ回るって……ただ、私達は事実をお話しただけです」
「ゲンツ殿の行動をそのままということは、絶体絶命のピンチだった若人のパーティに、さっそうと現れたベテラン冒険者、彼は己の身を顧みずに帰還石を未来ある若者へ躊躇すること無く渡し、単身氾濫を起こした魔物を相手に大立ち回り、果ては不運にも現れた大型魔物も相手に単身撃破に成功し、ついには階位を2つもあげて生還した。と、なるからねぇ……」
「……冗談みたいな英雄譚だな」
「ですよねですよね!」
「お前たちどいていろ、ここは俺がなんとかする。ああ……あの背中のなんと大きかった事か!」
「俺に構うな! お前たちには未来がある! なあに、俺もベテラン、ただではやられないさっ!
かっこよかったですぅ~」
「痛みと苦しみで絶望していた私に、貴重なポーションを与え、さらに、帰還石まで、あの救われた気持ち……はぁ、思い出しても涙が……」
なんだか美化されている、だが、一部はだいたい事実だ。
娯楽の少ないこの街では、さぞ盛り上がったことだろう……
盛り上がっている3人には悪いが、この状態はひじょーーーーーに居心地が悪い。
歩くだけで絵になるケイトと美女3人組の影に隠れてコソコソとギルドまでの道を歩くことになった。
「ゲンツさん! 目を覚ましたんですね! 大丈夫なんですか?」
俺がギルドに入るとクイナが出てきて心配してくれた。
「どうも、心配をかけました」
ヘラヘラと愛想笑いをしてしまう。
「なんだか、本当に変わりましたね……前よりも端正な顔つきになったというか……」
な、なんだかクイナの頬が赤くなってるんだが……?
「あのクイナさん、ギルドマスターを呼んでいただけますか?」
ずいっとヒロルが俺とクイナの間に割行ってくる。
「あ、すみません。すぐにお呼びいたしますね」
「こらヒロル、ギルドの方への無礼は冒険者としての格を下げるぞ」
「ご、ごめんなさい」
「うん、解ってくれれば良い」
ヒロルをよしよしするケイト、絵になるし、はっきりと理解した。
このケイト、重度のシスコンだ。
「おー、ゲイツ。すっかり立派になって」
「ベーニッヒ……おかげさまで死に損なったぜ」
「……まさか、お前がシルバーとはな。違う世界に行っちまったんだな……」
「何いってんだ。まだ俺はお前に奢ってもらってねぇからな!
覚えてるぞベーニッヒ!」
「はっ! シルバー様がカッパーにたかるかね!
まぁ、いいさ、生還のお祝いに2杯奢ってやる!
ただ、お前が大成したら、引退後にうまい飯奢れよ?」
「ああ!」
「死ななくて良かったなゲイツ」
俺等は拳と拳をゴツンとぶつけ合う。
俺は、変わっても、変わってはいない。
「ゲイツ様、それに皆様、奥の部屋へどうぞ」
それから俺達は会議室に通された。
扉をあけると長机の先にはギルドマスターがどーんと腰掛けている。
もとプラチナ冒険者、現役時代は疾風のウイニードと呼ばれた凄腕の冒険者。
俺の憧れでもある。
俺が子供の頃からずーっと初老の爺さんというバケモノでもある。
「ゲイツ、命拾いしたばかりか、お前が今更シルバーとはな。
悪運が強い。だが、よく生きて還ったな」
「本当に、運が良かったです」
「さて、大体の話はそこな3人、それにケイトら蒼き雷鳴から聞いているが、もう少し話を聞きたい、特に、大型魔物、それをどう倒した?」
じろりと睨まれると、縮み上がる。
この人、戦えば今でも超一線級でそもそも格が違うから圧迫感が半端ない。
俺は、思い出せる限り詳しく当時の立ち回りを話した。
もちろん隠し事なんて出来るはずもない。
話を聞いていたマスターも、4人も時に興奮、時に落ち込みながら、夢中で話を聞いていた。
「はぁ……なんというか、無茶に無謀を重ねて無茶をしたんじゃな……
生きて還ったことは、まさに奇跡の積み重ね……
よく諦めずに、その針の穴を通すがごとく所業を成し遂げたな。
うむ、皆の話とも矛盾はない、マスターの名のもとにきちんと報告をさせてもらう」
「ありがとうございます」
「それでは、こちらの件も」
ケイトが収納袋を机に置く、うおっ、大容量で時間停止までついている! 超高級モデル!
金貨50、いや白金貨級か? 羨ましい……
そしてテーブルの上にアイテムが展開する。
ギシッと机がきしんだが大量のアイテムを支えきった。頑丈な机だ……
ブランディングブターの肉(特級)100キロー
グレートボアーの大牙 2本
グレートボアーの皮 1枚
魔石 大 5個
金貨50枚
それから大量の日用品やら何やら、雑魚のドロップが山積みだ。
「これが貴方の得るべきアイテムです」
「え、いや、ちょっ」
「そしてこれは、我が父からの贈り物だ。
『最愛の娘の命を救ってくださったこと、心から感謝する。
やはり冒険者など止めて家に帰ってくれんかヒロル、頼む、頼むっ!』
とのお言葉だ」
「ちょっと、そのお話は終わってるはずですっ!」
「そうは言ってもな、私も父も母もお前が心配で……」
二人がてんやわんやしているのをキャシィとメルがなだめていたが、俺はそれどころではなかった……その御礼の品は、収納袋大、時間停止機能付きだ……
「こ、こんなもの、受け取れないだろ……」
「いや、それは困る。我がエスタール家の名にかけて絶対に受け取ってもらう。
失礼なことを言うが、貴方に拒否権はない。
娘の命にこの程度の対価を払わないと知れたら父の名に泥を塗る。
何も言わずに受け取ってほしい」
目覚めてすぐで惚けていたのだろう、当然の事を忘れていた。
そうだ、確かに二人共名乗っていた。
ヒロル=エスタール
ケイト=エスタール
この世界で、名字を持つのは貴族、しかもエスタール家は……この街の領主様の家名だ……
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