5杯目 死中活あり
「ここだな」
上に登る階段広間に真っ直ぐ続く道、その脇の横道、階段広間にはうじゃうじゃと魔物が集まっている。
「なんで動かねーんだよ……」
ダンジョンにはたまに魔物が溜まりやすい地形がある。
空間の四隅に通路が無い場所はその典型だ。
押し出されるように外に出てくる魔物はいるが、どうにも自発的に出てくる魔物が出ない。
グレートボアを倒さなければ俺は脱出できない。
そして、あの魔物の群れをどうにかしないと外に出られない。
今の装備の状態的に、あの魔物の群れを処理するのは不可能だ。
この2つをどうにかしてクリアしないといけない。
そして俺は、その2つをクリアできる可能性に、万が一つの可能性かもしれないが、思いついた。
死と隣り合わせの、馬鹿げた方法。それでも、命をつなぐ唯一無二の蜘蛛の糸に気がついてしまったのだ……
「おらぁ!! グレートボア!! 魔物共!! まとめてかかってこい!!」
通路の先にはグレートボア、背後の部屋には魔物の群れ。
背水の陣どころの話ではない、前門の虎、後門の狼。
俺は、そんな状態で両方を挑発する。
「ギャアアアーーーーーーーーー!!」
グレートボアは前足で地面をかいて、その最大の武器である突進を仕掛ける。
でかい、早い、怖い。
逃げ出したい。
だが、逃げない。
どんどん迫ってくる。
この直線が必要だった。
グレートボアにとって最大の武器である高速タックルを十分に加速させる必要があった。
背後にはすぐ、魔物たちが接近している。
あと数歩、敵の攻撃が俺に当たる。
眼前に急加速したボアが迫ってくる。
「今だぁ!!」
俺は、通路に飛び込んだ!
ビッ
ほんの少しかすった革鎧は何の抵抗もなく弾け飛び、肩に激痛が走った。
しかし、それほど引き付けなければいけなかった。
グチャバキャバキャバキュアグチャア!!
もう、形容しがたい爆音がした。
たぶん折れたであろう肩を支えて、道から顔を出す。
俺の作戦通りだ、魔物たちはグレートボアの突進によって、見るも無惨なぐちゃぐちゃに破壊されていた。
そう、俺に倒す力がないのなら、敵グレートボアにやってもらえば良いっ!
「よっしゃ、ぐぅ!!」
声を出そうとすると肩が痛んだ。
見れば酷い色に変色して腫れ始めている。
激痛に悶えている暇はない。
「最大の、問題が、残ってるんだぜ……!」
血まみれのグレートボアは、まるで怒りに震えているように見える。
魔物の証である赤黒く光る瞳と血まみれの身体がより凶悪さを際立たせていた。
ドスンドスンと眼の前に近づいてくる。もう、逃げることも出来ない。
「へへへ、逃げるかよ……」
俺の言葉が癪に障ったのか、ボアはぐっと頭を下げた。
タイミングを間違えば、死ぬ。
俺は、集中力が極限まで高まっていくのを感じる。
(ここだっ……)
俺は全力で後方に飛ぶ。
眼の前を巨大な牙がかすめていく。
触れていないはずなのに、胸部の鎧が弾け飛び、胸が割かれる。
痛みは感じない、極度の集中と興奮で、そんな痛みも感じねぇんだよ!!
次の動きは知っている。
牙のかち上げで仕留められなければ、大口を開けて、喰らいついてくるんだろ?
「そこだああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
バカでかい口に棍棒を突っ込むっ!!
「喰らあええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!」
口の中に手を突っ込んで収納袋内の全ての香辛料とスライム液を放出する。
スライム液には特性がある。
基材として用いると、溶剤の効力を最大限に引き出すことが出来る。
そして、吸収力を高める。
大量のスライム液と香辛料が混ざり合い、毒液にも似た刺激物に変化する。
それが大量に腹の中、呼吸器に流れ込む。
「ゴボアアァァガアアアァ!!!!!!!!!」
声にならない絶叫の直撃で、俺は気を失いそうになるが、棍棒が今にもへし折れそうなのを見て、正気を取り戻す。
「やばいっ!!」
腕を引く。
しかし、同時に爆ぜるように折れる棒、凄まじいスピードで口が迫る……っ!!
まだ、ある。手に入れたものが。
ガギンと、顎が止まる。
その一瞬で腕を引き抜き、顔を蹴るように後ろへと飛んだ。
とっさに挟み込んだゴブリン産の木製の棍棒は、その一瞬で役目を終えて、破裂した。
どーーーーーんっという凄まじい音と衝撃をあげながら、グレートボアはその身を崩し、ドタンバタンと大暴れした後に、停止した……
「ま、まだ、まだぁ……!!」
俺はナイフを持ち出し、グレートボアの腹に突き立て、一気に腹を割いた。
血が吹き出し、全身に浴びた。
温かい、俺は、その血を浴びながらそんな事を考えていた。
生きている証だ。
俺はグレートボアに尊敬に近い気持ちを持っていた。
顕になった内臓、ナイフはすでに折れている。
俺は、最後の一撃、ナタをその内臓に振り下ろした……
「やって、やった……ぞ……」
そのまま、ボアの身体に突っ伏すように力尽きてしまった。
指一本動く気がしない。
今更肩の痛みが頭に響いてきた。
ズブズブとグレートボアの死体が、ダンジョンへと還っていく……
本当にやったんだ……
俺は虚ろな意識の中で、昔のことを思い出していた。
階位を得て、調子に乗っていた頃、遠い昔の記憶。
裏山に現れたスモールボア相手に死にかけた。
突進の仕草、突き上げの仕草、そして、突き上げからの噛みつき。
戦いの中で相手を観察し、その動きを学んで、九死に一生を得た……
しかし、大切にしていた家族であった、最高の友達だった……
狩猟犬のロッチを失ったあの悲しい、自らの慢心が生んでしまった結果。
苦い苦い思い出が、蘇った。
「ぐあっ!!」
そんな思い出から現実に引き戻されたっ!
肩の痛みじゃない、右足が焼けるように痛い。
霞んだ目線の先にスライムが足にへばりついていた。
左足で蹴飛ばして、どうにか剥がしたが、その目線の先にはさらなる絶望が見えた。
生き残った魔物が、こちらを狙っている。
「うそ、だろ……」
近くにあるナタを拾おうとしたが、手が震えてつかめない。
ずりずりと這うように距離を取ろうとするが、ゴブリンは真っ赤な瞳でこちらを睨みつけながら近づいてくる。
「せ、せっかく……倒したのによぉ……結局、こんな、終わり方か……」
景色が歪む。
もう、本当に、動けない……
俺は、ついに、大の字にダンジョンに寝っ転がる。
ああ、もう、駄目だこりゃ。
本当に、まったく身体が動かねぇや……
にじり寄るゴブリンが、汚い剣を振りかぶる。
足にまた痛みが走るが、もう見る気もない、どうせスライムがへばりついてんだろ、払う力もねぇよ。
「ああ、冒険したかったな」
一筋の涙が、頬を伝って床に落ちた。それと同時に剣が……
バンッ!!
振り下ろされなかった。
「大丈夫ですかっ!!」
ゴブリンの上半身は吹き飛び、内臓が口に飛び込んできた。
「苦ぇえ……」
突き刺すような苦みと悪臭が、俺の記憶の最後だった。
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