3杯目 事件

「くそっ! 余計なこと言うんじゃなかった!」


 俺は今、走っている。

 正確には、引きながら、戦っている。

 背後には魔物が列をなしている。

 慣れ親しんだダンジョンの構造を利用して、氾濫した魔物を相手しいる。


「くそっ! 俺の馬鹿野郎っ! くそっ!」


 振り返り、追ってきた魔物の頭を振り抜いて、また走る。


「アイテムも、拾えねぇ!!」


 そう、この戦い方は、大損だ。

 どうしてこんな事になった……

 俺らしくもないことをしたからだ……


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 15階への階段を降りて、しばらく進んだ少し広い空間に柱がある。

 なんというか、この生活も長く続けていると、虫の予感というやつがある。

 15階に降りた時、妙な雰囲気を感じ取って、帰ればよかった……

 その予感が的中したことを、当たってほしくなかったが、柱の部屋に入って知ることになった。


「おいっ、大丈夫か!?」


「はぁ、はぁ、仲間が……先で……」


「結構傷が深いな、それにしても若いな……」


 顔を見て驚いた。まるで子供、若すぎる。


「お前、いくつだ?」


「はぁ、年齢は16、階位は、2です」


 若い。冒険者になれるのは15歳、ルーキーもルーキーだ。

 ダンジョンに入るような年齢じゃない! しかも、15階にルーキーの2は無謀としか言えない。


「パーティは何名だ!」


 俺は、決心してポーションを取り出す。


「3名」


 少なすぎだろ、どうなってんだ!

 苛立ちながらもとりあえずポーションを渡す。


「飲め、そうすれば死にはしないだろう」


「す、すみません」


 ポーションを飲んでしばらくすると、少し呼吸も落ち着いてきた。

 しかし、怪我は表面上は塞がっても、出血が多い、まともには動けないだろう。


「仲間はあっちか!?」


「はい」


「じっとしていろ、絶対に動くな」


 俺は嫌な予感を感じながら奥へと走る。

 そして……


「くそ、今日は悪い予感ばかり当たるっ!」


 二人の戦士が通路で魔物の大群を抑え込んでいた。

 この魔物の量、溢れた、な……


 魔物の氾濫。


 ダンジョンの罠の一つモンスターハウス。

 大量のモンスターが部屋に湧くその現象が複数の部屋で発生し、部屋から溢れ、他のモンハウと混じって、氾濫のようにダンジョンが魔物だらけになる。

 めったに起きないモンハウが、なぜか重なるこの現象は、出会ったら最悪の事故のようなものだ。


「加勢する!!」


 俺は二人の間に割って入り、渾身の力で魔物を吹き飛ばす。背後でガチャリと膝をつく音がする。

 どうする、敵はゴブリンやウルフ、スライムなどそこまで強くはない、通路をうまく使えばなんとか出来る。だが、後ろの二人はもう無理だろう、一度膝をついたということは疲労の限界……

 かーーーーーっ、どうせ若いんだろ! 呼吸の仕方でわかる! 血気盛んで自信あふれる、きっと才気も有るんだろう。だからこそこんな深くまで入ってしまった。


 ああ、俺のお人好し。


 お前のキャラじゃないだろ!

 冒険者は全て自己責任、このまま何事もなく引退して、のんびり余生を野菜や家畜でも育てながら過ごすはずだったろ!


 やめろ、カッコつけるな。


 俺は、収納袋から転移石を取り出し背後に放り投げる。


「こ、これは……」


「さっさとそれで上に戻れ、仲間は大丈夫だ!」


「そ、そんな、あ、貴方は……」


「うるせー! いいからさっさと帰れ!

 お前らが居ると俺もどうにもできねーんだよ!

 もうどうせタゲられているから飛べない! 

 さっさと仲間担いで逃げろ!!

 2フンーしてあの部屋にまだ居たらコイツラ引き連れて行くからな!!

 行けー! 気合を入れて走れー!!」


 転移は敵の標的となっている状態では使用できないというデメリットが有る。

 敵を引き連れて転移石で飛んで、柱の傍がモンハウになってるみたいな事を起こせないようになっている。まぁ、柱の傍に敵がいると上から降りれないんだけどな。

 次から次へと向かってくる敵をとにかく力ずくでぶん殴り続ける。


 俺が武器に棍棒を使っている理由、それは頑丈だからだ。

 棍棒は非常に壊れにくく、そして、低位の魔物相手なら適当に振り回しても強力だ。

 もちろんあ使うだけの力も居るが、まぁ、慣れている。

 力だけでなく技もそれなりに磨いている。

 足りないのは……体力だ。

 全力を出して抑えているのは限界……

 行くぞ、帰ってるよな、行くぞ!


「行くぞー!! 帰ってろよバカヤロー!!」


 俺は魔物と逆に走り出した。


「よっしゃぁ!」


 柱の横を通り抜ける。

 血痕は有るが人影はない。

 アイツラは無事に帰った。


「あとは……俺の問題だ!」


 階段で上の階に移動して迎え撃つって手もある。って考えた矢先、溢れた別の部隊が階段に続く道に出てきた。頭をフル回転させこの階層の地図を頭に描き、敵と自分との位置関係を考え、戦いのルートを導き出す。


「くっそ、らくしたかったぁぁ!」


 階段で戦えば高所を取れる上に相手の足場が悪く、鉄板の氾濫対策だったんだが……

 とにかく、走っては息を整えて魔物を倒し、また走って距離を離す。

 この繰り返しだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はーはー、減る気配もねぇ」


 15階層を目一杯使用して、敵との追いかけっこを繰り広げている。

 いや、しんどい、非常にしんどい。


「うおおおりゃぁあああ!!」


 たまにはぐれた敵が道を塞ぐので、息つく暇もない!


「犬っころ! 足速いんだよ!!」


 動物系の魔物で足の早いやつは追いついてくるので、その都度迎撃する。


「おいおい、やばくないか、これ、やばくないか!」


 人間、本当にやばいときは、はじめは怖くなるが、なんかもう、笑えてくる。

 最後のポーションを深呼吸して一気飲みする。

 手がしびれて自分の腕かもわからないような状態が少しづつ回復していく。

 あれから、どれだけ走り回ったか……ようやくはじめの頃のような津波のような魔物の勢いは収まってきた。


 が、


 どこもかしこも魔物が徘徊している状態は変わっていない。

 こんなに連続して戦ったことは、俺の長い人生でもない。

 そして、最悪なのが、上に行く階段、下に行く階段のある部屋が、ぎっちぎちのモンハウ状態になってしまっている。

 魔物はタゲった獲物が移動しなければ階を移動することはないので、上に溢れるとかの心配は無いのだが、問題は、俺が、帰れない……

 銀貨50枚するポーション、最後の一本も今、無くなった。

 ポーションでパンと干し肉を流し込む日が来るとはな……


「贅沢なランチになったもんだ」


 もう、手が限界で棍棒も握れないで布でくくっていたが、ソレも限界だったから、この判断は間違いない……だが、どうする?

 俺の自慢の棍棒も、曲がり始めて、壊れるのも時間の問題かも知れない……

 ドロップアイテムで武器が出ることもあるんだが、回収できるタイミングでは見当たらない。


 「やばいぞ、どうする……?」


 このままでは、真綿で首を締められるかのように詰んでしまう。


「俺のハッピーリタイアスローライフが……」


 死を前に軽口が叩けるくらいにはいい感じで頭がゆだっている。

 本当に自分に腹が立つ、なんであんな事したんだ。


「仕方ねぇーよなー、わかるからなぁ……」


 俺も、似たようなことをしたこともあった。

 初めて階位が上がったときは皆そうなる可能性がある。

 急激な成長は、自信を増長させ、調子に乗らせる。

 自分の実力にそぐわない場所までバンバン進んで、気がつけば危機。

 運良く俺はここまで生きてこれたが……


 「やっぱ、引退にたどり着ける冒険者が少ないってのは、こういうことなんだろうなぁっ!!」


 空間に入り込んできた魔物に棍棒を叩きつける。

 戦いの気配が周囲の敵を呼び寄せる。


 「ふぅー、結構休憩できたぜっ! もうこうなったらやってやる!!」


 出し惜しみする気も無いが、使えるものはすべて使う。

 虎の子の使い捨ての魔道具も、料理に使う油だって何だって使う。

 ダンジョンに入ってくる存在を排除しようと襲いかかる魔物の習性を利用して、できる限り一度に相手をする数を減らして、そして、潰していく。

 妙に頭が冴えやがる。

 どう動けば良いか、今まで幾度となく繰り返してきた動きが、考えるよりも先に身体が動く状態だ。

 俺、絶好調だな……


「ギャーーーーーーーーーー!!」


「嘘……だろ……」


 絶望の叫び声が聞こえた。


 どうやら俺の命運はここで途絶えたと、思っちまった。


「大型、がこんな浅い層に産まれたってのか……」


 大型魔物、ダンジョンに稀に発生するボスのようなもので、基本的にはダンジョン中間地点階層と最終階層にしか存在しないが、まれに徘徊型の大型魔物が現れることがある。

 俺は、今まで一度も出会ったことはないし、出会った人間に出会うことのほうが少ないと思う。

 それくらいの異常事態と言って良い。


 「氾濫に、大型……どんだけ運が良いんだよ俺は」


 棍棒を持つ手を離してしまいそうになった。

 俺は自分の頭を殴りつける。


「諦めてんじゃねーぞ、ここまでやれたんだ、逃げる、逃げれる」


 大型の魔物を倒せると思うほど楽観的にはなれない、こうなったら、階段への部屋の魔物を引っ張り出して、なんとか別階層に移動するしか助かる手段はない。

 出会ったら、おしまいだ。

 大型魔物からは、逃げられない……


 俺の命を賭けた逃亡劇が開始された。


 


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